「物価高倒産」に歯止めかけられるか、価格転嫁支援で政府があの手この手
首相、負担軽減で追加対策指示
原材料やエネルギー価格の上昇が、中小企業の収益を圧迫している。経済産業省は物価高対策として電力料金の負担軽減を図る仕組みを導入するほか、9月に実施する「価格交渉促進月間」の周知を徹底し、発注側に対してコスト上昇分の適切な価格転嫁を促す。ウクライナ侵攻の長期化に円安の急進が加わり、製造業を含めて幅広い産業で厳しい事業環境が続いている。物価高や価格転嫁対策を強化し、中小の事業継続を下支えする。(下氏香菜子)
原材料の仕入れ価格やエネルギー価格の上昇など物価高の影響による倒産が増えている。帝国データバンクの調査によると、原材料などの仕入れ価格の上昇や取引先からの値下げ圧力で価格転嫁できず収益が悪化し倒産した「物価高倒産」は2022年1―7月で116件となり、18年の調査開始以降最多となった21年の138件を大幅に上回るペースで推移。倒産した約8割が負債5億円未満の中小だった。
政府は7月に物価高対策として22年度の新型コロナウイルス感染症・物価高対応の予備費から新たに2571億円の拠出を決めた。経済産業省は1月から実施している石油元売りへの補助金を通じて燃料価格の上昇を抑える措置に加え、電力料金の負担軽減を図るため「節電プログラム促進事業」を始めた。電力小売り各社の節電事業に協力した企業に特典を付与する。
15日には政府の「物価・賃金・生活総合対策本部」が開かれ、岸田文雄首相が輸入小麦の売り渡し価格の据え置きや10月以降の燃料価格抑制策など追加対策を関係閣僚に指示した。岸田首相は「切れ目なく大胆な措置を講じる」と述べた。
他方、価格転嫁対策では毎年3月と9月の年2回に設定している「価格交渉促進月間」を通じ受発注間の価格交渉を促し、コスト上昇分の適切な価格転嫁を働きかける。
経済産業省・中小企業庁は月間終了後、前回に続いて下請け中小約15万社を対象にした価格交渉・転嫁に関するフォローアップ調査を実施し、業種ごとに取引実態を把握するほか協議・達成状況を点数で示し、順位付けする。
調査結果を踏まえ、下請けから価格転嫁要請があったにもかかわらず、一方的に価格を据え置くなど問題のある発注側に行政指導する。同スキームに基づき行政指導を受けた発注側のうち、経営者が下請けとの価格交渉を担う調達部門に改善を指示する事例が出ているという。
ただ企業庁が5月上旬―6月上旬にかけて実施した前回調査では下請け中小のうち直近6カ月のコスト上昇分を「全て価格転嫁できた」企業の割合は13・8%にとどまり「1―3割」程度が最多の22・9%だった。さらに「全く価格転嫁できていない」企業は22・6%に達した。政府が対策を強化する一方、価格転嫁が十分に進んでいるとは言い難い状況だ。
企業間取引で価格転嫁が進まない本質的な理由について、ある経産省幹部は「“原価低減こそ日本の製造業の産業競争力の源泉”という思想が根強い」と指摘。経産省が7月に改訂した「コーポレート・ガバナンス・システム(CGS)に関する実務指針」で発注側の経営者が取引適正化を宣言する制度「パートナーシップ構築宣言」を位置付けた例を示しながら「価格転嫁に応じる企業の評価が高まる社会にしていかなければならない」と強調した。
経済情勢が変化し、サプライチェーン(供給網)の下流にいる企業の負担で上流にいる企業の競争力を維持する時代ではなくなった。物価高や価格転嫁対策に加え、サプライチェーン全体の付加価値を高めて利益を適正に分配する経営への転換を発注側に促す政策も今後の重要なテーマになりそうだ。
「パートナーシップ」好事例発信 振興基準順守の優良企業を表彰
事業環境の変化が激しく、産業競争力を維持する上で下請け企業が本来得るべき利益を得られる環境整備の重要性が増している。政府が対策として重視するのがCGS指針にも位置付けられた制度「パートナーシップ構築宣言」だ。サプライチェーン全体の付加価値向上に向けた下請け企業との連携策や下請中小企業振興法に基づく「振興基準」の順守について発注側の経営者名で宣言してもらい、対外公表する。
8月5日時点での宣言企業は1万2200社超。今秋には宣言企業のうち、優良な取り組みを実践し成果を上げた企業を表彰するシンポジウムを初開催する予定。好事例を広く発信し、他の宣言企業の参考にしてもらう。
宣言企業への追跡調査など宣言の実効性を確保する取り組みや、中小と比べて宣言者が820社程度と少ない大企業に対し、参加を働きかける取り組みも徹底する。