20年ぶり円安、プラスの業界・マイナスの業界
東京外国為替市場で円相場の下落傾向が鮮明になった。13日には一時1ドル=126円台まで売られ約20年ぶりの安値となり、14日も同125円水準で推移した。日銀は大規模な金融緩和を継続する計画で国内外で金利差が拡大する見通し。当面、円安が進みやすい状況にある。自動車など輸出型企業の業績にはプラスだが、最近の原材料高と併せて、輸入コストが高騰すれば国内景気を冷やしかねない。産業界は対応を迫られる。(特別取材班)
日銀は金融緩和策を継続する方針で、日米金利差拡大や日本の貿易収支悪化を背景に、円安が一段と進む流れにある。今後は130円台を念頭に、市場関係者の間で神経戦が続く方向だ。
鈴木俊一財務相は12日の閣議後の会見で「為替の安定は重要。急激な変動は望ましくない」と述べた。市場関係者の間では、鈴木財務相の発言が円安をけん制したと受けとめられ、円が買われる局面もあったが、米国の10年債の金利上昇を背景に円安が続く。さらに黒田東彦日銀総裁が13日、「現在の強力な金融緩和を粘り強く続けることで、2%の『物価安定の目標』の持続的・安定的な実現を目指す」と発言し、円安に拍車をかけた。
米連邦準備制度理事会(FRB)は3月に政策金利を0・25ポイント引き上げ、0・25―0・5%にするなど、金融引き締めに転じている。FRBのウォーラー理事は13日、さらに積極的な利上げが必要だと表明。FRBの金融引き締めが加速するとの観測が市場関係者の間で広まっている。
130円台を突破すれば、円買い為替介入の観測も浮上するが、先進7カ国(G7)では為替レートは市場で決定されることで一致している。また現在の円安の要因は、日本の成長率の低下など構造的な問題が背景にあり、為替介入を実施しても、効果は限定的になるとみられる。日銀は金融緩和を継続。政府も為替介入という手を打ちにくい。
この20年で日本の製造業の海外への生産拠点の移転が進んだ。大手製造業を中心とする輸出産業が潤い、国内の他の産業や中小企業にプラスの波及効果を及ぼす「トリクルダウン」には、かつてのような期待は掛けられず、円安の恩恵は得られにくい状況になっている。
むしろ足元の輸入コスト増による物価上昇は、企業収益の悪化や家計の所得減少を招きかねない。ウクライナ情勢による資源・物価高に加え、約20年ぶりの円安が日本経済の先行き不透明感を増している。
【車各社】中長期で供給網に痛手
自動車各社は2022年3月期連結業績予想で想定為替レートを1ドル=111―112円に設定している。ドルに対して1円円安になった場合に営業利益に与える感応度は、トヨタ自動車が約400億円、ホンダと日産自動車はともに約120億円。今の円安水準が続けば、23年3月期も前期比で大幅な円安効果が見込まれる。
一方、22年3月期に原材料価格の高騰でトヨタは6300億円、ホンダは2900億円、日産は1750億円の営業利益の押し下げを見込む。足元で原材料価格は下がる気配がみえず、23年3月期でも円安効果を打ち消す形で利益を圧迫しそうだ。
また部品サプライヤーには原材料価格の上昇分をすぐに価格転嫁することが難しい状況が見込まれる。車メーカー幹部は「輸出企業には短期的に為替の円安は良さそうに見えるが、中期的にはサプライチェーン(供給網)が痛むことにつながる。現状の円安は行きすぎている」との認識を示す。
【工作機械・建機】業績にプラス効果
工作機械メーカーにとって、円安の進行は業績にプラス効果をもたらす。アマダは、従来から海外主要地域で現地生産を推進しており、円安の影響が大きなインパクトとはならないものの、「海外売上高が円換算されることでポジティブに働く」。「日本製の機械は価格競争力が高まり、受注にも有利」(牧野フライス製作所経営企画室)に働く。
ただ各社で海外生産体制の増強が進み、「海外からの輸出が逆にマイナスになる部分もある」(大手メーカー役員)という。海外輸送がドル建てであることやコンテナ不足で価格が高騰しており、「ダイレクトに円安の差額が影響するわけではない」(アマダ)との指摘もある。
建機業界でも円安は基本的に追い風となる。ただ鋼材や燃油、電力コストの値上がりといったマイナス影響もあり「急激な乱高下が一番困る。安定推移を願う」(住友建機)との声が挙がる。
【鉄鋼大手】急激な円安、経済影響懸念
鉄鋼大手は外貨建てで原料炭、鉄鉱石などエネルギー・資源を輸入している。日本鉄鋼連盟の橋本英二会長(日本製鉄社長)は「円安は日本が一人負けしている象徴。デフレが克服できない中で円安を容認する政策で良いのか、真剣に議論を」と政府に強く訴える。
鉄鋼業はかつて鋼材の直接輸出も多く、円安でも「メリットとデメリットが相殺される」などとされてきた。しかしJFEスチールは今の円安について「国内製造業のボリューム感が変化しており、急激な円安が経済に及ぼす影響が懸念される」との認識を示す。
電炉で生産する東京製鉄の西本利一社長は「(円安で)輸出環境が良くなっても、当社は国内出荷が8割。マイナスの影響の方が大きい」と語る。コスト上昇分の販価への転嫁、一層の省エネルギー対応を図る。
業界全体では脱炭素を進める上で、海外からの原材料費上昇が競争力を弱めかねないと懸念が広がっている。
【エネルギー業界】燃料調達コストが増加
気候変動や国際情勢の影響で原油価格が高騰している中での円安は、エネルギー業界にとってマイナス材料でしかない。日本は化石燃料の9割を輸入しており調達コスト増に直結する。電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)は「非常に心配し、注意を持って見守っている」とする。電気料金とガス料金には燃料費調整制度があり、一定レベルまでの燃料費上昇分は3カ月遅れで電気代、ガス代に反映される。この期ずれ影響に加え、電力会社の半数は燃調制度の上限に達しており、上限をこえた調達コストの増加は減益要因になる。
石油・ガス上流開発のINPEXは、円安の方が利益は上振れする。ただ上田隆之社長は「それは短期的なこと。中長期的な日本経済へのマイナスの方が影響は大きい」という。出光興産の木藤俊一社長は「急激な円安は歓迎しないが、日本は円高になると内需が落ち込む。ある程度の円安は悪ではない」と少し異なった見方だ。