ニュースイッチ

選択肢広がる日本のEV市場、懸念される問題と国内メーカーの競争力のカギ

選択肢広がる日本のEV市場、懸念される問題と国内メーカーの競争力のカギ

三菱自は水島製作所(岡山県倉敷市)でガソリン仕様の軽と軽EVを混流生産する

日本の自動車市場で電気自動車(EV)の選択肢が広がってきた。日産自動車三菱自動車は軽自動車のEVを共同開発し、既存の軽と比較可能な価格帯を実現。トヨタ自動車は新型EVの投入を機に新たな販売手法を取り入れた。また中国の比亜迪(BYD)が乗用車市場に参入するなど競争が本格化する。2022年は“EV元年”とも言われる日本市場で、車各社がEVの競争力の礎を築き、普及を後押しできるか注目される。(西沢亮)

国内大手、技術開発進む 走りの質高めて差別化

「日本のEV、軽自動車の歴史に新たな1ページを刻んでいきたい」。日産の内田誠社長は5月、三菱自と共同開発した新型軽EVのオフライン式で、こう意気込みを示した。

日産と三菱自はそれぞれ新型軽EVを「サクラ」、「eKクロスEV」として6月に発売。日産は7日までに約2万5000台、三菱自は7月末までに約5600台を受注した。日産は年間販売目標を公表していないが、約5万台としていた想定台数の半数を既に受注。年1万台の販売目標を掲げた三菱自も半数を超えた。

日産のEV「アリア」の特別仕様車

その要因の一つが価格。国の補助金55万円を活用した場合の実質購入価格は180万円前後から。さらに自治体の補助金の活用も見込まれ、両車とも既存の軽と比べ遜色のない価格帯を実現した。

EVは車両コストの3―4割を占めるとされる電池の価格をいかに下げるかが課題。開発を主導した日産は軽EVの電池容量を20キロワット時、航続距離を最大180キロメートルに設定した。三菱自の調査では軽利用者の1日の走行距離は大半が50キロメートル以下。同社が09年に投入した軽EV「アイ・ミーブ」の経験も生かし、新型車では日産のEV「リーフ」と比べ電池容量を半減して価格を抑えた。

日産は登録車でも新型EV「アリア」の特別仕様車を1月に、2輪駆動(2WD)の標準仕様車「B6」を5月に発売した。ただ、部品不足に伴う生産制約などで7月にB6の受注を停止。日産の星野朝子副社長は「受注が積み上がり納期を回答できない状態が続いている。他のグレードの生産にもシフトしなければならない」と悔しさをにじませる。

アリアは電動化など日産の技術を結集したEVの旗艦モデル。前後のモーターと左右のブレーキを統合制御する4輪駆動(4WD)技術「eフォース」を搭載し、走りの質を高めて差別化も図った。ただ生産制約などで4WD車の投入見通しが立たず、発売時期をうかがう状況が続く。

トヨタとSUBARU(スバル)は5月にそれぞれ初のEV専用車「bZ4X」と同「ソルテラ」を発売した。両社が共同開発したEV専用車台や4WD技術を採用。電力消費の抑制や、電池容量の維持が可能な技術を搭載し、使い勝手にもこだわった。

トヨタ初のEV専用車「bZ4X」

売り方はトヨタがサブスクリプション(定額制)サービスのみで提供し、スバルは店舗で販売する。トヨタは電池の回収モデルやコネクテッド機能を活用した更新サービスなど、EVで新たな販売モデルの確立も目指す。ただ6月にタイヤが脱落する恐れがあるとして、両車種ともリコール(回収・無償修理)を実施。販売停止を余儀なくされ、水を差される格好となった。

他社ではマツダが21年1月に初の量産EV「MX―30EVモデル」を、ホンダが20年10月に同「ホンダe」を発売。21年の販売台数はそれぞれ183台、721台だった。

BYD、3車種国内投入 全国100カ所に販売店網

「選択肢を広く、より多くの皆さまにBYDの乗用EVをお楽しみいただきたい」。BYDオートジャパン(横浜市神奈川区)の東福寺厚樹社長は7月、BYDの日本の乗用車市場参入への意気込みをこう述べた。

BYDは23年1月から順次、EV3車種を発売。25年末までに全国100カ所に販売代理店網を構築し、対面販売やアフターサービスにも力を入れる。

BYDが23年に投入する3車種

BYDはEVなど新エネルギー車の22年1―6月期の販売台数が前年同期比3倍超の64万台と、世界最大手となった。躍進の一因がEVのコア技術となる電池の開発力だ。1995年に電池メーカーとして創業し、技術を蓄積。車載向けではリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)の開発を強化し、モーター、制御装置、車台など基幹部品も一貫して開発、製造する。日系自動車メーカー幹部は他の中国メーカーとの違いを「車載電池だけでなく、EVに仕上げる総合力に優れる」と分析する。

23年半ばに投入予定の小型EV「ドルフィン」。中国で21年8月に発売し、毎月約1万台を販売する売れ筋車種となっている。日産のリーフとサクラの間に位置するモデルとみられ、価格設定を含め日本でどう受け入れられるか注目される。

韓国の現代自動車も12年ぶりに日本の乗用車市場への再参入を決めた。5月に発売したEV「アイオニック5」は22年の「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。完成度が高く評価され米国などで販売を伸ばす。

現代自が日本に投入したEV「アイオニック5」

既存の輸入車メーカーでは米テスラがスポーツ多目的車(SUV)「モデルY」の受注を開始するなど品ぞろえを拡充。販売台数は公表していないが、輸入車メーカーのEV販売で最大手とみられる。独メルセデス・ベンツグループは7月に日本で第3弾となるEV「EQB」を発売。独フォルクスワーゲン(VW)は22年内に主力EV「ID.シリーズ」を投入する。

1-7月期EV販売2.3倍、相次ぐ新車投入追い風

相次ぐ新型車の投入もあり、国内ではEVの販売が伸びる。日本自動車販売協会連合会(自販連)と全国軽自動車協会連合会(全軽自協)によると、22年1―7月期の乗用車のEV販売は前年同期比2・3倍の約2万4000台だった。メーカー別では日産が同3・1倍の約1万6000台で最多。輸入車は同41%増の約5600台だった。

懸念されるのがEV購入時に国から支給される補助金の問題だ。次世代自動車振興センター(東京都中央区)は2日、EV向けなどの補助金の予算消化が進展し、10月末にも受け付けが終了する見込みだと公表した。EV購入補助金は22年3月末から最大85万円と、従来の同40万円から2倍以上に増額され、販売を後押しする。ある自動車メーカー幹部は「電池のコスト負担が重くEVの販売価格を下げられない。補助金が切れると正直しんどい」と、受注ペースの鈍化を予想する。

今後の販売見通しについてコンサルティング会社のアリックスパートナーズは、日本のEVシェアが21年の1%から35年に34%に拡大すると予測。同社の鈴木智之マネージング・ディレクターはEVの普及には「LFP採用などによる車両価格の低減、充電網の拡大、修理体制の拡充などが必要」とみる。

一方、BYDやテスラなど海外勢との競争が本格化する中、鈴木氏は「日本の完成車メーカーが保有するマス市場や顧客をいかにスムーズにEVへ移行させられるかがポイントになる」と指摘。そのためにはEV専用車台開発によるモデル数の拡大や、原材料調達から製造まで一気通貫で電池のバリューチェーンを確立することによるコスト削減など、「手に届くEVの早期開発が重要になる」(同氏)と強調する。

日刊工業新聞2022年8月12日

編集部のおすすめ