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【ディープテックを追え】中性子でがん治療装置、次世代半導体材料「SiC」で小型化

#93 福島SiC応用技研

中性子を使ったがん治療、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)。がん細胞のみを選択的に攻撃する画期的な治療法だ。発明当時は中性子発生源に原子炉を使い、近年は加速器が用いられる。この治療装置の小型化に挑むスタートアップがいる。福島SiC応用技研(福島県双葉郡)だ。実現のカギを握るのは次世代パワー半導体材料の一つ、炭化ケイ素(SiC)だ。

「がん治療の主役になる」

「Ⅹ線から陽子線、その次はBNCTが、がん治療の主役になる」。BNCT装置を開発する福島SiC応用技研の石本学代表はがん治療の将来をこう予想する。

BNCTのイメージ

BNCTは中性子とホウ素薬剤を反応させる、がん治療法だ。患者にホウ素薬剤を投与しがん細胞に取り込ませ、そこへ中性子を当てることでがん細胞を破壊する仕組みだ。細胞レベルで選択的にがん細胞を破壊できるため、治療の副作用が少なく済む。

課題は治療装置の大きさだ。現在は住友重機械工業などが開発する加速器が治療に使われる。装置が大型なことに加え、放射線を遮断(しゃだん)するため、専用建屋が必要だ。また、頭部など限られたがんでしか使用できないため、普及が進んでこなかった。

装置を小型化

開発する治療装置(同社提供)

福島SiC応用技研が目指すのは、この治療装置を約3分の1の大きさにすること。カギはSiC半導体だ。SiC半導体は250度C以上の高温で動作し、シリコンよりエネルギー損失が小さいのが特徴の次世代半導体だ。

従来のBNCT装置は高い電圧で加速したイオンを金属にぶつけ、中性子を発生させていた。加速電圧が高いため、大型の装置が必要になっていた。

同社は従来よりも低い電圧で加速したイオンを使って中性子を発生させる。この方法でBNCTを行うには、従来よりも多くの中性子を発生させる必要がある。そのためにはビーム電流を高めることが必要だ。同社は高電圧かつ、大電流を発生できる電源をSiCの性能で実用化した。この電源を使うことで、数メートルある中性子発生源である加速器を、約70センチメートルにまで小型化した。石本代表は「SiCを使った場合、ロスを少なくできるため実現できた」と説明する。

6方向から中性子を照射できるようにする

小型化を生かすため、6方向から中性子を照射できるようにする。1方向からの照射に比べて、より体深部のがんにも治療を適応できると想定する。

加えて、専用の建屋を用意する必要がなくなる。設置コストは約20億円、維持コストは約1億円と従来よりも数分の一に下げられるという。治験は2024年以降を予定する。すでに承認されているホウ素薬剤と組み合わせ、体表部のがんをターゲットにする。

将来はBNCTの治療範囲を拡大するべく、ホウ素薬剤の開発も計画する。すい臓や肝臓など、体深部かつ有力な治療法が少ないがんにBNCTを適用できるようにする。それに合わせて、中性子の照射位置を任意に配置できる機器の開発も目指す。

石本代表

石本代表は「米国や中国などからも問い合わせがある」と国外からの注目も打ち明ける。事業展開を加速するため、23年度中にも資金調達を実施する計画だ。さまざまながんに適応すべく、BNCTの応用研究に力を入れる。

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