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経産官僚が挑むデジタルガバメントへの道。「行政組織は非効率」という常識を打ち破る

【インタビュー】吉田 泰己氏「壁はレガシー化した自然言語のルール」
経産官僚が挑むデジタルガバメントへの道。「行政組織は非効率」という常識を打ち破る

経済産業省商務情報政策局情報プロジェクト室長兼デジタル庁企画官  吉田 泰己氏

デジタル技術を利用した新しいサービスが既存のビジネスモデルを陳腐化させ、あらゆる産業構造を変え始めている。コロナ禍では、日本の行政組織のデジタル化が極めて遅れていることが露呈した。行政サービスは、誰もが利用するという点で国内で最も多いユーザーを持つ。行政のアップデートが進めば、社会全体の変革に繋がる。経済産業省のデジタル化に最前線で取り組み、「行政をハックしよう」の著者でもある経済産業省商務情報政策局情報プロジェクト室長兼デジタル庁企画官の吉田泰己氏に、行政デジタルサービスの開発経緯や、行政組織がどう変わるべきかなどを聞いた。

データの集計と可視化ができない!

―「行政組織は非効率で提供するサービスも不便」というのが多くの日本人の常識になっています。

「常識とは人々が当たり前と考えるものの最大公約数であり、特定の社会で共有される偏見でもあります。しかしその常識が海外でも通用するわけではありません。例えばシンガポールでは、行政サービスへの満足度は非常に高く、世界の常識は当然違います。日本の行政官の多くも中央官庁や自治体に入った時、国民や市民の役に立ちたいと思っていたはずです。しかし組織のルールを変えられない、前例踏襲により、さまざまなしがらみの中で変わらないことに慣れてしまい、その結果として行政の仕組みが『レガシー化』しているのです」

「私も10年以上行政官として経産省で働いてきましたが、業務の中で非効率だと感じる場面が何度もありました。特に大変だったのが、データの集計と可視化です。東日本大震災の発生時、私は内閣官房で各電力会社の供給能力と電力需要のデータを集計し、そのギャップがどのくらいあるのかを整理する役割を担っていました。当時、自分は様々な形式で送られてくるデータを集計するのに非常に多くの時間を割いており、こうしたデータがいつでも利用しやすい形で整備されていれば、もっと効率的に作業ができるのにと思いました。このほかにもまだ紙を利用した業務プロセスや、紙をただ電子化しただけの業務が多くあります。こうした非効率な業務環境が続けば、ますます行政官になりたいと思う人がいなくなるのではと感じています」

シンガポール・米国留学で学んだ社会的使命

―それでも吉田さんが辞めずにここまで行政官を続けてきた理由はなんでしょう。

「2017年から経産省の情報プロジェクト室で行政サービスのデジタル化に取り組んでいるのですが、その直前の2年間、シンガポールと米国への留学を経験し、新しい考え方を学んで、行政組織のフレームから外れて客観的に日本の行政のあり方を見直すことができたのが大きかったです」

「シンガポールの行政官は英語と中国語が公用語で、東洋と西洋の技術トレンドやコンセプトを翻訳なく直接理解し、自国に合わせて実行に移す俊敏性を持っていました。米国留学の際、マサチューセッツ工科大学(MIT)の案内ツアーに参加する機会があり、学生が案内してくれたのですが、自分たちがテクノロジーを活用して社会を前進させるために貢献する「ハック」のカルチャーがあるという説明をしていて、その姿勢にも感銘を受けました。そのような社会的使命は行政組織に求められているものと同じです」

「もともと留学前は日本のスタートアップをアジアのエコシステムに接続させてグローバル化を後押しするような政策も意義があると考えていましたが、自分のこれまでの経験や思いを振り返った時に、デジタルガバメントの取組みを進めることで行政という業界をディスラプトすることに力を注いだ方が、社会へより大きなインパクトを与えられるのではないかと考えました」

「自分の生意気な主張を受け止め、チャンスを与えてくれた先輩たちの後押しと、同じ熱量で働いてくれる仲間がいたことは取組を進める大きな原動力となりました。経産省は前向きに取り組む行政官に対して、足を引っ張るのではなく、応援するカルチャーがあります。一方で、もちろん行政のあり方を変えていくのは簡単なことではありません。民間企業でも同じでしょうが、さまざまなステークホルダーがいる中で、目的を達成する方法を考え、施策を次々と実行しなければ現状は変わりません。素早くプランを立て実行の意思決定をしてやってみる、結果がまずければその理由を探る、それに対する解決策を実行するということを繰り返す。重要なのは諦めずに取組みを続けることです。時機が悪い場合はそのチャンスが来るまで様子を伺い、チャンスが訪れたタイミングで仕掛けることもできます」

「法人デジタルプラットフォーム」の意義

―帰国後、「行政のデジタル化」で経産省が取り組むテーマをどのように絞っていったのでしょうか。 

「2017年当時、マイナンバーカードの普及が進みはじめ、事業者向けサービスが経産省がフォーカスすべき領域ではないかと考えました。経産省の支援や手続きのメインカスタマーは事業者です。事業者に対していかにサービスを届けるのか。それも省内で閉じたものではなく、政府全体の最適化を前提とした設計でシステム化をすることが重要だと考えました」

「そこで掲げたのが『法人デジタルプラットフォーム』です。プラットフォーム構築の要諦と考えたのが、(1)デジタルIDの整備(2)データ交換基盤の整備(3)それに接続するサービス群の整備、です。クラウドの活用により、データベースやサービスの機能を組み合わせてサービス開発しやすくなったこともプラットフォーム構想を後押ししました。これまでのシステムは大手ITベンダーがサーバを構築し、独自仕様の『密結合』で他のシステムとの連携も困難でした。私たちが目指したのはI Tスタートアップなどが当たり前のように実現している、インターネットを通じさまざまなパーツをAPI(アプリケーションインターフェース)で組み合わせてサービスを開発する『疎結合』のシステムです」

「こうした開発環境のもと、経産省の法人向け行政サービスを汎用的なパーツを組み合わせて構築できるようにしたのが、『GビズID』、『Gビズコネクト』、『Jグランツ』などです。GビスIDは、法人向け認証サービスで、1つのIDでさまざまな行政手続きを行えるものです。経産省だけでなく厚生労働省や農林水産省でも活用され始めています。Jグランツはさまざまな省庁や自治体の補助金申請をワンストップで行えるようにするサービスです。シンガポールの事例を参考にしました。Gビスコネクトはシステム間のデータをセキュアに連携するための仕組みで、ユーザーは一度行政に提出したデータを再度入力せずに済むようになります。データをやりとりする際の接続方法を標準化しているため、行政側もコスト削減につながります。エストニアのシステムから着想を得ました」

トップダウンとボトムアップの両輪で

―省庁や自治体単位では組織だけでなく意識も縦割りなので、簡単に他の行政機関が利用するのは難しいのではないですか。

「法人デジタルプラットフォーム事業の取組では、GビズIDとJグランツをフラッグシップのプロジェクトとして掲げ、内閣府の規制改革推進会議と連携して行政手続のデジタル化を推進しました。一方でトップダウンだけでは実際の利用は進みません。いかに現場の方に導入するメリットを分かってもらうかが重要です。行政組織向けに営業・マーケティングする気持ちで、何度も説明会を開催し、自治体にも訪問して説明してまわりました」

「経済産業省内のデジタル化でまずターゲットにしたのは、すでに電子化の取り組みを進めている部署や、ユーザーとの関係でデジタル化を求めている部署です。こうした部局は現場の職員のモチベーションも高く、産業保安の部署や中小企業庁などのサポートを進めました」

「一方でシステムの全体最適を図るには、組織全体のサービス開発が同じ考えて開発されるガバナンスが重要です。そうでなければ各部門が勝手に別のサービス開発を進めてしまうからです。ユーザーから見てもサービスが雑多になり、使い勝手が悪くなります。そのような事態を避けるため、システムは疎結合であってもガバナンスは中央集権である必要があります。経産省では2018年8月に従来のIT部門の情報システム厚生課、業務改革を推進する政策評価広報課、我々の情報プロジェクト室の3つの部門でバーチャルな部署としてDX室を立ち上げました。当初は官房長をDX室長に据え、駆動役になってもらいました。ただ組織やコミュニケーションのあり方は現在も試行錯誤しています」

行政官にも必要な2つの思考

―IT人材が行政組織に少ないのも課題ですね。

「デジタルガバメント先進国は、クラウドの普及にあわせて行政組織によるIT人材の採用と、組織内でのサービス開発・運用の内製化を進めています。日本の行政ITプロジェクトで失敗したものの多くは、行政職員にプロジェクトマネジメントの能力が乏しいことが影響しています。情報プロジェクト室では民間ITサービスでプロジェクトマネジメントを経験した人材を中心に採用を進め、各プロジェクトのマネジメントを担当してもらうことでそのギャップを埋めています」

「一方で行政官のデジタルリテラシー、データリテラシーの向上はまだまだこれからです。プログラミングができるといったことよりも、どんなサービスを、どんなユーザーに対して届けるためにプロジェクトを行うのか、またそれをどのように進めるのかといった知見を行政官が身につけることが重要です。そのためには、サービスデザイン思考とアーキテクチャ思考の2つの思考を行政官も身に付けていく必要があると思っています」

「サービスデザイン思考は、利用者の立場に立った時にどのような使い勝手だったらよいかを検証して形にしていくものです。行政のデジタル化を進める目的は、突き詰めて考えると、『市民の行政サービスの満足度を高める』ことです。行政官自身も、個人としては日常生活で利便性のよい民間のオンラインサービスを活用しているにもかかわらず、行政官の立場になった瞬間、自分たちのサービスの質を省みることをしません。こうした利用者の視点を持って自分たちの政策を届けて行くことが重要だと思います。またそのサービスの開発過程においては利用者によるテストを通じた試行錯誤が必要であり、経験から学ぶという姿勢も大事です」

「サービスデザイン思考がユーザー体験の向上で重要である一方で、行政デジタルサービス全体を考えた場合、総体として行政システムが効率的に設計されているか、という視点が欠かせません。それがアーキテクチャ思考です。ポイントは、ネットワーク、サーバ、開発環境、ソフトウエアといった物理からバーチャルまでのレイヤー構造を理解し、自分たちは今、どのレイヤーについて議論しているのかを関係者で共有できるようにすることです。物理ネットワークやサーバなどのコンピューティング技術を第1層とするなら、バーチャルなソフトウエアのレイヤーは第2層。そして第3層は、自然言語によるルールのレイヤーです。現在の日本はこの自然言語によるルールのレイヤーがレガシー化して、ソフトウエアに制約が生じています。法令による行政手続きの規定がデジタルテクノロジーの活用を前提にしていないため、本当はソフトウェアで実現可能な機能もルール制約上実装できないといったことが起こるのです。このため、サービスをデジタル化する上では、ルールもそれに合わせて改変することが求められます」

「例えば書面や対面での多くの手続きはいまだ紙の様式を前提に行われています。これは規定で様式に従って申請を行うことが定められているからです。これを、デジタルを前提としたルールに置き換えると『申請様式』という概念がなくなり、『申請フォーム』に変わります。前者はデータ項目を自由に記載可能なのに対し、後者は決められた形式で入力規則に従ってデータを入力することが求められます。誤った入力であれば再入力を求められ、データが一定のルールに従った形で管理可能です。この結果、ヒューマンエラーも排除され、処理時間も大幅に短縮できます。また既に入力されたデータを他の手続等にも再利用することが可能になり効率化に寄与するほか、データを通じて利用者の傾向等を分析することも可能になります」

「行政のデジタル化でよりよいサービスを市民や事業者に届けるには、3つのフェーズがあると考えています。まず第1フェーズは、利用者が使いやすいデジタルサービスを提供すること。これによって利用者はサービスを利用し、その結果として利用者の申請データを蓄積することができます。第2フェーズは、この申請データを蓄積してデータを分析することです。データ分析を通じて利用者の傾向や、サービスの問題点を発見することが可能となります。そして第3フェーズがその分析から得られた発見に基づいてサービスの改善や政策立案を行うことです。この第1フェーズから第3フェーズを繰り返すことでデータに基づいた継続的なサービス改善が可能となるのです」

ガブテックで変わる行政官の役割

―新型コロナウイルス対策で「シビックテック」と呼ばれる市民コミュニティによる市民向けデジタルサービスも出始めました。今後、公共サービスへのアプローチにも変化が訪れるかもしれません。

「シビックテックやガブテックの活動は、自治体や中央官庁の行政のみで達成できない課題を解決していくポテンシャルがあります。また、これまで行政サービスとして提供していたもので、民間サービスを通じて提供した方が利便性や経済性が高くなる領域も増えてくるのではないかと思います。行政が保有するデータを標準化し、オープン化できれば市民やスタートアップ等がそれを活用し、さらに社会的な付加価値を生み出すサービスにつなげられるかもしれません。『行政サービス』という言葉を『公共サービス』に置き換え、みんなで良いものにしていくという流れは、行政という概念の転換につながっていくかもしれません。デジタルトランスフォーメーションによって、これまで権威的だった行政を『Government as a Service』というプラットフォームに導くことができれば、行政官の役割はルール形成やコミュニティ形成がより重要になってくると思われます」

(聞き手=明豊、昆梓紗)
【略歴】
1983年生まれ、東京大学公共政策大学院修了。2008年経済産業省入省。法人税制、エネルギー政策などを担当後、シンガポール国立大学で経営学修士(MBA)取得、ハーバードケネディスクールで各国のデジタルガバメントの取り組みを学ぶ。2017年に帰国後、省内外のデジタル化を推進。著書に「行政をハックしよう」(ぎょうせい)。
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