世界と伍する研究を推進する大学新制度、学術界から異論噴出のワケ
世界と伍(ご)する研究を推進する国際卓越研究大学制度に学術界から異論が出ている。反発の柱は大学の経営と教学を分離するガバナンス改革と、それに伴い学問の自由が損なわれるのではないかという懸念だ。国立大学で教授会の力が低下し、稼げる研究へと大学がシフトしている背景もある。法案は2月末に閣議決定し、18日に参院本会議で可決、成立した。水面下では新経営体制へ準備が進む。新体制にはこれまで以上に説明責任が求められる。(小寺貴之)
「憲法で保障された学問の自由は大学の自治を含む。ここに政府や財界の意向を反映させる仕組みだ」と、暁法律事務所(東京都新宿区)の指宿昭一弁護士は国際卓越研究大学制度を批判する。新制度では経営と教学を分離するために経営を担う合議体を設置する。現在の学長は教学執行責任者となり、組織経営や学長の選考は合議体が担う。この合議体は学外の人材が過半を占め、人口の多い産業界出身の経営者が選ばれると想定される。
国際卓越研究大学の認定や計画認可では文部科学大臣は政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の意見を聞かなければならないと法案に明記された。明治学院大学の石原俊教授は「トップダウン化一辺倒で進められてきたガバナンス改革の弊害が一層進む」と懸念する。
背景には各地の国立大学の学長選で教授会の選考と合わない選出例が出てきたことにある。不透明な選考を経て、霞が関に従順な人材が選ばれたと不満がくすぶる。京都大学の駒込武教授は「大学の〝私物化〟が進むのではないか」と危機感を募らせる。
国際卓越研究大学に手を挙げるかどうかは大学の判断に任されている。そのインセンティブは10兆円の大学ファンドだ。大学にとって数百億円の予算は魅力的だ。だが3%の事業成長を求められる。そのため北海道大学の光本滋准教授は「稼げる大学へと改革が進む」と懸念する。人文社会学や教育学の教員の不安を招いている。
一方で、いわゆる稼げている大学は日本には存在しない。国立大も私立大も研究開発を公的資金に依存している。東京大学でさえ2020年度の民間企業などとの共同研究収益が143億円と運営費交付金や病院収益を含めた経常収益全体2412億円の6%に留まる。新制度は研究開発で稼いでいける大学が日本に生まれるかどうかの試金石になる。
そして人文社会学や教育学の立て直しも急務だ。脱炭素や海洋プラスチック問題、巨大IT企業などへのガバナンスでは日本は海外発の奔流に流されてきた。利害関係をひもとき、国際合意に至るには根源的な哲学まで立ち戻る必要がある。京大の稲谷龍彦教授は「国際的な場で説得力を持たせるナラティブ(物語性)が日本は弱い」と指摘する。哲学や法学などへの研究投資が抑えられてきたことが背景にある。
新制度を巡って教員からリスクが発信されることは組織に多様性があり、健全であることの指標でもある。発信が止まれば社会は不可逆な変化に気付く。国際卓越研究大学の経営を担う合議体は多様な声と山積した課題に応えていけるか正念場にある。