「生活にBGMを添える」 ながら聞きイヤホンに学ぶ付加価値の設計
コロナ禍により人と会う環境が制限された生活ではウェブ会議やオンライン授業が日常の一部になった。これに伴い需要が拡大したのがスピーカーやマイクなどの音声機器だ。中でも長時間使用する機会が増えたイヤホンには「ずっと耳をふさいでいる状態に疲れてしまう」「周囲の呼びかけに気づかない」といったストレスへの配慮が求められつつある。
こうした変化の中「生活にBGMを添える」をコンセプトに掲げ、耳をふさがないイヤホンの新たな価値を築いているのがambie(アンビー・東京都港区)の『ambie sound earcuffs(以下、ambie)』シリーズだ。従来、機能や音質を追求した製品が多いイヤホン市場の中で「ながら聞き」が提供する価値とは何か。製品の設計思想はどのような背景から生まれたのか。
日常生活に音楽を「添える」
ambieはイヤーカフのように耳のくぼみに挟み込んで装着するオープンイヤー型の音響デバイスだ。眼鏡や髪に干渉せず使用でき、マスクをしていても着脱しやすい。特殊な構造と音響技術を組み合わせて音を伝え、骨伝導式のイヤホンより音漏れに強い。
同シリーズは2017年2月に有線モデル、18年4月にネックバンド型のブルートゥース対応モデル(※1)を発売した。
21年9月には約4年かけて開発した完全ワイヤレスモデルを発売。本体は片方約4.2グラム、カバーには肌なじみの良いシリコン素材を採用するなど日常生活に溶け込む装着感への工夫も随所に光る。
購入者は20〜30代が中心、全体の約56%は女性だ(※2)。「耳をふさがない」という特徴に加え、丸みを帯びた有機的なフォルムと明るいトーンの色展開が若年層や女性の利用者の獲得につながった。オーディオ製品のデザインは白、黒、シルバーといったコントラストの強い配色が多い傾向にある中、水色やベージュなどの中間色を取り入れることで服やマスクの色に合わせたコーディネートを楽しみたいというニーズに応えた。
「ambieが目指すのは日々の生活に音を添える存在。開発過程ではイヤホンとしての機能を担保しつつ、自然と身につけたくなるポジティブなデザインを目指し試作を重ねた」(ambieCEO兼ハードウェアエンジニアの三原氏)。
人と音の関係変化の中で見えた「ながら聞き」の価値
ambieの原点は三原CEOが在籍していたソニー社内でのハッカソンだ。サービスや製品のアイデアを磨く中で、ベンチャーキャピタルであるWiLとソニーの共同出資によりジョイントベンチャーとして事業体制を整えた。
製品が世に出た17年はSpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスが音楽市場に導入された時期にあたる。これらはプレイリストと呼ばれるテーマ別のキュレーションや、利用者の嗜好を学習したレコメンド機能から、知っている楽曲かを問わずコンテンツに触れられるのが特徴だ。三原CEOは「パーティーやリラックスなど、生活シーンや感情を軸に音楽と出会うサービスの登場が『人と音の関係』に変化を与えている実感があった。こうした動きの中で、消費者がなりたい気分・ありたい自分に合わせて音楽を“使う”文化が生まれていくと仮説を立てた」と当時を振り返る。
従来の音楽市場はアーティストやアルバムを軸に楽曲を楽しむコンテンツ主体の世界。他方、ストリーミングサービスが浸透し、生活の一部として音楽に触れる文化が広がる中で、ambieは「多様な音が聞こえる環境」に注目した。
「耳を塞ぎ楽曲の世界に入り込むための製品開発と違い、ながら聞きイヤホンは日常を楽しむ付加価値として新しい音楽体験を提供できると考えた。この気付きが製品コンセプトの『生活にBGMを添える』につながった」(三原CEO)。
利用者の間では「赤ちゃんの声を聞き逃さず音楽を楽しむ環境が欲しい」「スピーカーが使用禁止のキャンプ場で焚き火の音と一緒に音楽を聴きたい」といった環境面での課題をもとにした購入事例も増えているという。耳をふさがない状態だけでなく「ながら聞き」だからこそ実現できる活用シーンの広がりは、機能を追求する世界とは別の新たな市場の可能性を感じさせる。
「足の長い開発」と「付加価値のデザイン」を両立する
多様な価値観が広がる社会の中では、市場や生活環境の変化を取り入れられる仕組み作りも重要だ。三原CEOは製品開発について「自分自身がハードウェア製作を理解しているからこそ、コミュニケーション戦略では大規模な開発工程を巻き込まず、マーケティングの判断が進めやすい設計にこだわった」と力を込める。
完全ワイヤレスモデルの開発では本体にシリコンカバーを被せた仕様を取り入れることで色の種類やコラボレーション施策での意思決定を柔軟にした。22年2月にはカバー単体(ambie socks)の販売を開始。手持ちの製品の着せ替えを可能にすることで既存ユーザーも含めた利用者の体験価値を高めた。
さらに同社は実際の製品に触れられる「タッチポイント」として家電量販店やBEAMSなどのセレクトショップと協力体制を築いている。店舗ごとのSNS投稿やスタッフによるレビューは認知拡大に加え、使い手のリアルな感想を知る役割も担う。パートナー企業の存在や利用者の声は、限定モデルや新色を検討する際のヒントにもつながったという。最近では本体の表面加工やカスタマイズ部品を望む声も増えており、今後は製造技術や素材から体験価値を上げる提携先の拡大にも力を入れていく考えだ。
消費者の声と作り手として届けたいコンセプトのバランスは時に意思決定を複雑にする。しかし三原CEOは「ハードウェア製品として担保すべき品質や評価のもとになる『足の長い開発』とマーケティングの観点で素早い判断ができる『付加価値のデザイン』を両立した設計がambieの強み。プロダクトとして日常に寄り添う姿勢を忘れず、音との関わりが人の生活を豊かにする体験を作り続けたい」と強調する。堅実さとしなやかさを持ち合わせたモノづくりは、製品の先にある体験の礎になる。
※1:ネックバンド型は2021年1月に終売
※2:2022年4月現在
写真・画像提供:ambie
インタビュー写真撮影時以外はマスクを着用して取材実施