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【ディープテックを追え】“価値観”で実現。デジタル世界に「私の分身」

#52 オルツ

「話し合いの結果、エンジニアを2人増やすことにしましょう」―。ある問題について人が集まって議論し、結論を出す。どこの企業でも行われる普遍的な行為だ。ただ一つ違うのは、この結果は人の価値観を反映した人工知能(AI)が導いたことだ。オルツ(東京都港区)はこの“未来”の実現に向けて「デジタルクローン」を開発するスタートアップだ。個々人のさまざまな価値観を反映するAIやそこから生まれる未来について探った。

デジタルクローンとは?

「私たち自身の意思をデジタル化したAIを作る。それらがクラウド空間でデジタルの作業を行うこと(がAIの使い道)だ」。オルツの米倉豪志副社長は開発するAIの用途をこう説明する。

同社は価値観を反映した対話AIの開発を行う。これまでの対話AIといえば、チャットボットのようなものが代表的だ。それらはメールなどのテキストを学習させたモデルを作成する。

一方、オルツのAIは実在する人間のテキストや写真、音声などさまざまなライフログを教師データにする。それら「価値観」を反映したデータから個人のAIモデルを作成する。喋る内容だけでなく表情や声質、しぐさまで再現できるデジタルクローンの実現を目指している。自然言語処理や映像処理、音声処理などの技術を組み合わせて実現する。

画面に映る映像は二人ともデジタルクローン

また、クローンのモデルになる人間がいない架空のデジタルクローンの作成にも取り組む。直前の質問に答える「一問一答」ではなく会話全体を考慮し、回答することで一貫性の高い会話などを行えるという。

要素技術からサービス創出

現在はデジタルクローン研究開発の過程から生まれた要素技術を使い、サービスを創出する。その一つが「AI通訳」。言語を認識する自然言語処理と口元の動きを変化させる映像処理を用いたサービスだ。30カ国語以上の言語をリアルタイムに翻訳できる。

AI通訳

また、マーケティング向けサービス「Nulltitude(ナルティテュード)」も推進している。AIが自動でアンケートに回答するシステムで、すでにビデオリサーチと共同でアンケートモニターをデジタルクローン技術で再現する実証を行った。ビデオリサーチが所有するモニターデータからデジタルクローンを作成。それらに対しアンケートを行うことで、簡単に調査を行えるようになるという。

さらに、今までは実現できなかったような調査を行うことも視野に入れる。例えば同じ質問を1万回するといったものだ。米倉副社長は「生身の人間であれば、嫌がられてできないような調査も行えるようになる」と話す。環境が全く異なる空間にクローンを配置し、回答の変化を分析するなど多様な使い方を想定する。同社は価値観の異なる1億通りのデジタルクローンの作成を目標に掲げる。

「新しい価値を生む存在」

米倉副社長(取材はオンラインで実施)

他方、人間のクローンであるAIと聞くと私たちの存在自体も代替可能になってしまうのではないか、という疑問が付きまとう。この懸念に対し、米倉副社長は「AIはコストカットの要素ではなく、新しい価値を生む存在だ」と説明する。

ナルティテュードであれば人間を対象にしていたアンケートではできない検証を実施できる。この技術を拡張し、より個別に最適化されたマーケティングもできるのではないか、という。「1000冊の本をデジタルクローンに読ませる。その中からクローンが楽しんだものだけを現実世界の自分が楽しむ世界も実現できる」(米倉副社長)。

ほかにもクローン同士にコミュニケーションをさせることで、出会っていない人との相性を観察することもできる。脳や時間を拡張するように、無限に人や本と出合える。これがオルツの目指す世界観だ。

米倉副社長は「自分のデジタルクローンを見ることで、自分自身を客観視できるのではないか。それによって人の思考に影響を及ぼしたい」と構想する。

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ニュースイッチオリジナル
小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
最近だと脳科学者の茂木健一郎さんのデジタルクローンが話題になりました。コミュニケーションを広げるというのは、まさに人類の可能性を広げるものです。本文中にも書きましたが、デジタルクローンも技術なので「どう使うか」次第です。

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