80年の蓄積でグーグルに対抗、トヨタ「ウーブン・シティ」は革新都市を実現できるか
トヨタ自動車が建設を進める次世代技術の実証都市「ウーブン・シティ」が、2月に着工から1年の節目を迎える。同社傘下のウーブン・プラネット・ホールディングス(HD、東京都中央区)が、仮想現実を駆使するソフトウエア主体の先進手法で開発を主導する。一方、実際に人が住む街であるだけに、各種設備に関しリアルな使い勝手を開発段階から追求している。ウーブンのソフトの知見と、トヨタが車づくりで培ってきたリアルの知見を融合し、革新都市の実現を目指す。(名古屋・政年佐貴恵)
開発先行“分身の街”で検証
ウーブン・シティの開発でベースとなるのは、ソフト開発を先行し、その仕様などを踏まえてハードの設計を検討していく「ソフトウエア・ファースト」の考え方だ。サービス開発などを手がける大石耕太氏は「一度作ってしまうと、なかなか取り返しがつかないものを、まずはソフトから作る」と説明する。
大きなポイントは二つ。街の中のあらゆるデータを一括で利用できるプラットフォーム(基盤)の構築と、実世界に近い高精度なシミュレーション環境を構築して検証するデジタルツインの活用だ。
プラットフォームの構築では、街の中のあらゆるデバイスをネットワークでつなげた上で、API(応用プログラムインターフェース)経由でさまざまなデータやアプリケーション(応用ソフト)を活用できるようにすることを想定している。
例えばこれまでは特定メーカーの製品でしか使えなかった機能が、新たに開発したウエアラブルデバイスでも使える、といったイメージだ。大石氏は「(米グーグルが提供するクラウドサービス)『グーグル・クラウド・プラットフォーム』のリアル版を構築できれば」と展望を語る。
二つ目のデジタルツインは、精緻な“街の分身”をデジタル空間に作り、建物の配置といった街の設計や、開発したサービスなどを検証するシミュレーション技術だ。リアルでは一度作ったら簡単には壊せないビルや橋も、デジタル空間上ならやり直しできる。大石氏は「デジタルツインを使えば試作回数を減らせるほか、例えば巨大台風のようなリアルで再現できない所を検証できる」と話す。
仕分け実作業からデータ
そんなソフト主体で進む開発の現場で異彩を放つのが、東京・日本橋のオフィス内に設置された、赤・黄・緑の3色の信号灯を備えるコンベヤー。ウーブン・シティでは、届いた荷物を各戸に配送したりする物流システムを構築する計画で、まるで工場にあるようなその搬送ラインでは従業員らが各戸に届ける宅配物の仕分け作業をデモしている。物流サービスを手がける政田盛拓氏は「実動作で一連の作業にかかる時間や人手などの『原単位』をチェックし、シミュレーションに反映させる」と説明する。
作業のしにくさや負担、作業員の疲労による効率低下などは、実際にやってみなければ分からない。作業デモで出たデータを入れてデジタルツインでシミュレーションし、これを元に人が作業ラインなどの改善提案をして再度試作ラインで検証する。「まさにデジタルツインとトヨタ生産方式(TPS)の融合を図ろうとしている」(政田氏)。
創業以来、80年以上蓄積してきたハードの知見がトヨタの強みだ。ウーブン・シティでは過去の良さを生かしつつ、先進技術を組み合わせることで「これまでになかった都市」を作ろうとしている。生産面では常に改善を続けるTPS、そしてハードを安くコンパクトに作るノウハウもふんだんに都市開発に盛り込む。大石氏は「ソフトだけでは今からグーグルなどには絶対に勝てない。ハードの強みを生かしてユニークさを作りたい」と言い切る。
新たな都市プラットフォームの確立が、ウーブン・シティの一里塚。これまでにない規模の実証プロジェクトが、いよいよ具現化に向けて動きだす。
未来の乗り物、試走路設置 住環境で自動運転
ウーブン・シティはトヨタ自動車東日本の東富士工場(静岡県裾野市)の跡地に建設する実証都市。「人中心」「実証実験」「未完成」をコンセプトに企画開発を進めており、自動運転やMaaS(乗り物のサービス化)、ロボット物流など「未来のモビリティー用のテストコース」(豊田章男社長)だ。米グーグルの新本社の設計にも携わったデンマーク出身の建築家、ビャルケ・インゲルス氏が都市設計を担う。
街は地上には自動運転車用、人と小型モビリティー用、歩行者用の3種類、地下には自動運転車やロボットなどによる物流用の道が設置される予定。実際に人が住む環境でさまざまなサービスの実用化検証などが行われる。サービスはモビリティー、エネルギー、IoT(モノのインターネット)など12領域が対象となっている。21年9月時点で4900件程度の個人・法人がパートナーに応募しているという。22年は建築工事に着手する計画だ。