日本で技術革新を起こすなら“竹槍”は捨てリスクマネーに挑む必要がある
金融緩和による「金余り」を背景に、世界を変えうる破壊的イノベーションにつながる技術には基礎段階でも数百億円規模の投資が集まるようになった。ベンチャーにカネもヒトも集めてビジネスにする。日本は国の研究開発事業として追いかける。ひと桁から三桁小さな研究資金を大学などに提供し技術開発を先導することを促す。産業界にとっては大学などの優秀な研究者を通して技術の真価を見極めキャッチアップする機会になっている。(小寺貴之)
「ムーンショットはムーンちょっと。関係者にはこんなふうに言われているんだよ」―。ある東京大学教授は冗談を聞いて背筋を凍らせた。内閣府の「ムーンショット型研究開発事業」は欧米や中国が日本と桁違いの投資規模でハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を強力に推進している現状をかんがみて企画された。
例えば大気中の二酸化炭素(CO2)を回収する直接大気捕集(DAC)ではスイス・クライムワークスが1億スイスフラン(約126億円)を集めて世界最大の試験プラントを立ち上げた。市民向けにはCO2貯留を1キログラム1ユーロ(約130円)で販売している。これはCO2貯留1トン13万円に相当し、日本の省エネ由来クレジットの1トン当たり1518円と比べるとはるかに高い。
ムーンショット事業で同じ方式のDACを開発する研究者からは採算が合うのか懐疑的な意見が多い。それでもクライムワークスは金融機関と数千トン規模の長期契約を結び、世界的な脱炭素の潮流に乗せて金融商品を送り出している。
光量子コンピューター分野では米・サイクオンタムが6億6500万ドル(約770億円)を調達した。ムーンショット事業で光量子コンピューターを開発する古沢明東大教授は「頭脳では負けていない。開発競争も負けるつもりはない」と断言する。光量子計算はまだ概念実証(POC)の段階だ。それでも破壊的なイノベーションが期待され、海外では桁違いの投資を集めている。
日本のベンチャー投資は米国や中国に比べ一桁二桁小さく、投資家に基礎研究を事業に育てる力はない。ITやSaaS(サービスとしてのソフトウエア)など手離れのいいビジネスに投資が集まっている。国の研究開発投資は破壊的イノベーションを掲げて予算を確保するものの、リスク管理のために細分化して分散投資する。研究者は海外のリスクマネーにアクセスせず、国の科学技術振興を訴える。
海外のリスクマネーはどこかが資金調達に成功すると、別の投資家が競合を立てて競わせる。数百億円規模を集めるのは数社だが、この数社に入らないと競争にならない。研究投資から事業投資の転換点さえ捉えられない。それでも日本の産業界にとっては国プロが海外で叫ばれる破壊的イノベーションの真価を見極め、既存事業が破壊されないことを確認する手段として機能している。日本でイノベーションを起こしたければ国から支給される竹槍は捨て、リスクマネーに挑戦する必要がある。