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傘のシェアリングで社会課題を解決する・27歳起業家の挑戦を導いた転機

【連載】転換点 #6 「アイカサ」・丸川照司代表取締役

毎年日本で消費される約8,000万本のビニール傘。リサイクルが難しく、ほとんどが廃棄されている。この廃棄傘をゼロにするとともに、ユーザーの経済負担を低減することを目指すのが、傘のシェアリングサービス「アイカサ」。運営するNature Innovation Group(東京都渋谷区)の丸川照司代表取締役がソーシャルビジネスに興味を持ったのは10代の頃だ。(聞き手・昆梓紗)

ビジネスで社会を変える

―19歳で「子ども目線の反抗期カウンセラー」というサービスを実施、2018年にはアイカサを立ち上げました。起業家になる転換点となった出来事は。

 まず、児童福祉に興味を持ち、NPO法人フローレンスの駒崎弘樹代表理事の「『社会を変える』を仕事にする: 社会起業家という生き方」を読んだことです。ビジネスを通して社会課題を解決するということがとても魅力に感じました。逆に、多くの社会問題はビジネスから生まれているということも認識し、より一層社会問題を解決するためのビジネスの重要性を実感しましたね。
 また、14年の都知事選に家入一真さんが出馬したことも印象強かったです。起業家としての顔を持つ家入さんが政治の場に出たことで、政治、ビジネスなど、社会をよりよくしていく生き方のバリエーションを知ることができました。

―シェアリングサービスに着目した背景は。

 起業直前までマレーシアに住んでいて、そこでUberなどのシェアリングサービスを日々当たり前に使っていました。また、海外でシェアリングサービスが広がっている中で、メルカリなどが自転車シェアリングを日本でもスタートするというニュースを知って。以前より傘のシェアリングサービスがあればいいなと思っていたことから、傘について調べていると、年間約1.2億本~1.3億本の傘が消費されていることが分かりました。傘のシェアリングサービスがあれば新品の傘を買う出費も、環境負荷も抑えられるのではないかと思い、「アイカサ」を立ち上げました。

マレーシア留学時代

―当時の日本ではまだシェアリングサービスは当たり前ではなかったと思いますが、普及の転機になった要因は何だと思いますか。

 まずAirbnb、Uberなどのサービスが世界中で広く浸透しエコシステムが確立、日本にもその波及効果がありました。さらに、オンライン決済の普及も大きな後押しになっています。アイカサはオフラインのものをオンラインで決済するシステムですが、決済に関するハードルはかなり低くなり、シェアリングサービスが広がったと思っています。

「9割断られる」からスタート

―現在約850カ所、会員数21万人と順調に拡大しているように感じますが、サービス立ち上げから軌道に乗るまでに苦労はありましたか。

 18年12月にアイカサを立ち上げましたが、当初は多くの場所にアイカサを設置してもらうための営業に苦労しました。数百店舗訪問しても9割は断られるという状況が続き、駅に置いてもらうべく鉄道会社に交渉しましたが、なかなかうまくいきませんでした。(創業時の)メンバー4、5名でサービスの説明内容や話し方などをブラッシュアップする日々でした。

―その状況が変わったのは。

 19年4月に京急アクセラレータープログラムに採択されたこと、19年5月に福岡市とLINEグループのまちづくりの取組みと協業したことです。前者では100社ほどの選考から採択され、嬉しかったですね。後者の実証ではメインの通りに約30カ所設置でき、認知度が向上。利用者も桁が変わるくらい増えました。同時期に上野エリア約50カ所でも実証を開始し、梅雨に重なったこともあり、反響が大きく取材も多く受けました。

福岡市とLINEグループとの協業
 スタートして半年後くらいから駅への設置にフォーカスしはじめました。やはり駅は利用者数も利用シーンも多く、導入駅が増えればターミナル駅で借りて家の最寄り駅で返す、というように利便性を高められます。利用者からもポジティブな反応が多かったです。
 現在は19年比で利用者は約10倍、設置駅は3駅ほどから約300駅、10沿線に増えました。

―21年6月には、丸井グループと共同で16~22歳を対象にアイカサ利用が0円になるプランをスタートしました。

 自分自身が学生時代にすごくお金を節約していた経験が、このプランの元になっています。アルバイトに明け暮れて、傘を買う数百円の出費ですら厳しい学生は多い。それなら、どんどんアイカサを利用してもらい習慣化することで、将来顧客になってくれればいいなと思っています。サービス開始前後で利用頻、利用者数とも数10%増加しました。  また、サステナビリティ意識を持ってもらうきっかけとしても期待しています。

―サステナブルや環境負荷低減の意識からサービスを利用する人も多いですか。

 利用開始時は急な雨などで必要に迫られてという理由が圧倒的です。ただ、返却時に「環境負荷低減に貢献できていますよ」というメッセージを表示する取組みを行っています。便利というだけでなく、サステナビリティへの共感があることにより顧客のロイヤリティが高まっていると感じています。また、リピート率の増加にもつながります。

返却時画面
 サービスの仕組みそのものはサステナブルですが、環境負荷がゼロというわけではないため、サービス全体でより環境負荷低減に貢献できるよう日々アップデートしています。例えば、21年4月より、アイカサの傘が警察に届けられた際にアイカサに返還される仕組みを構築しました。年間30万本の傘が遺失物として届けられますが、99%は返還されず、多くが廃棄される。これを少しでもなくすことが狙いです。民間企業がこのような仕組みを取り入れることは珍しいんじゃないかなと思います。また、1年以内には環境負荷をプラマイゼロにできればと、カーボンニュートラルに対する努力も進めています。

―今後、事業をより前進させるためのポイントは何だと思いますか。

 まず、認知度が導入数や利用に直結するため、首都圏全駅にアイカサが導入されれば大きく変わると思っています。
 さらに、アフターコロナで移動や旅行などが活発になると戦略も大きく変わってきます。現在は住宅街などでの人流に合わせたサービス展開をしていますが、今度のコロナ禍の状況を見て方針を決め、インバウンドなどの準備を進めていきたいです。

【略歴】まるかわ・しょうじ。工学院大学中退後、マレーシア留学中シェア経済に魅了され、18年「アイカサ」を立ち上げる。シンガポール出身、27歳。
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
「傘のシェアリング」というと範囲の狭いサービスのように感じるかもしれませんが、アイカサは傘面に広告を出したり、他サービスや事業者とコラボレーションするなど柔軟に事業を展開しています。その事業スタイルは、社会起業という軸を持ちながら多様な経験を重ねてアイカサを立ち上げた丸川さんに近いものを感じるな、と思いました。 1つひとつの質問に、丁寧にしっかりと言葉を選びながら答えていた姿がとても印象的でした。

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