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あえてレッドオーシャンに漕ぎだした「ボタニスト」 シンプルなボトルにした理由

大手企業がしのぎを削るレッドオーシャンであるヘアケア市場に、2015年に参入したI-ne。同社のヘアケアブランド「BOTANIST(ボタニスト)」は21年に102.8億円の売上となった。
 従来ドラックストアのヘアケア売り場を賑わせてきた商品たちとは全く異なるアプローチで、独自の地位を切り開いてきたカギは、いち早くSNSを活用したマーケティングと、デザイン思考にある。

幸せの連鎖を大きくする

同社は、全従業員のうち約20%がデザイン・クリエイター職であり、商品の立ち上げから一貫してブランドに携わる。「デザイン、クリエイティブの重要性を経営者が理解しているから」だと、同社取締役ブランディング本部長の今井新氏は話す。もともとEC事業からスタートした同社は、媒体ごとの特性を理解し、顧客の反応をビビットに反映していくためにはデザインを内製化することが不可欠だと実感していた。
 そのEC上では美容関係のブランドが好調だった。特にヘアアイロン「サロニア」が拡大する兆しが見えた中で、「髪型がコンプレックスで学校に行けなかった子がサロニアによって自信がついて学校へ行けるようになった」という商品レビューが経営陣の目に留まった。「我々が目指すのは『商品を通じて幸せの連鎖を作り、大きくする』こと。そのためにはニッチな市場ではなく、より大きな市場にチャレンジすることが必要だと考えた」(今井氏)。こうしてレッドオーシャンであるヘアケア市場に漕ぎだすため、ブランド「ボタニスト」をスタートした。

華やかなボトルでない理由

へアケア市場はマス広告がメイン。売り場での競争も激しい。そんな中で後発のボタニストは生活に寄り添うような「ライフスタイルブランド」として、立ち上げからデザイナーを含めて開発を進めた。
 国内外で注目が高まっていた「スローライフ」「ナチュラル」といった動きをうけ植物由来の成分を取り入れつつも、ヘアサロンで使用されている製品と同等のクオリティを目指しOEMメーカーと開発を進めた。価格もドラックストアで販売されている1000円以下の低価格帯製品と、3000円台以上の高価格帯が多いヘアサロン専売製品の間である1500円あたりの中価格帯に設定した。

「当時、ヘアケア売り場は華やかなボトルデザインが多かったのですが、自分たちをはじめ消費者の生活を観察した際、それを求めている人ばかりではないのでは?と実感しました」(今井氏)。そこでボタニストでは生活に溶け込むように、手書き風のフォントや透明なボトルといったシンプルなデザインに統一。従来のマーケティングデータから着想すると店頭での目立ち方などを重視した展開になっていた可能性があるが、消費者の生活を基にしたデザイン思考では、結果的に逆張りのブランドづくりになったと今井氏は振り返る。

また、当時日本のヘアケアブランドではあまり行われていなかった、インスタグラムやインフルエンサーを活用したマーケティングを積極的に取り入れた。EC事業を通して顧客の情報接点がデジタルへと変化していることを実感し、デジタルマーケティングを実店舗の拡販にもつなげた。「当時実店舗での大きな販路を持っていなかったのですが、デジタル上での消費者の発信や盛り上がりを見て、実店舗バイヤーからの声掛けが増え、ドラックストアなどへの販路拡大につながりました」(今井氏)。

さらに、ライフスタイルブランドを体現する空間として、旗艦店を東京・表参道にオープンした。ここでは顧客とリアルでの対話や反応を得ることを重視。デジタルとリアル、両輪での顧客接点でブランドを進化させていった。

製品を通じて社会課題解決

ブランドの世界観やデザインを、プロダクトそのものだけでなく顧客体験全体に通底させるため、同社ではブランドチーム制を採用している。営業、マーケティング、ECなどのメンバーが製品開発のスタート時から参加し話し合いを重ねていく。この体制で動いていくにあたり特に重要視しているのが「パーパスドリブン」という考え方だ。なぜこのブランドを行っているのかを言語化し、常に意識をしチーム全体が体現していく仕事をすることで、プロダクトやコンテンツ発信に一貫性を持たせることにつながっている。社内発表資料の冒頭やチーム内のチャットなどに必ずパーパスを掲げるなど、周知の徹底にこだわっているという。

同社取締役ブランディング本部長クリエイティブディレクター 今井新氏

「デザイン経営宣言が経産省から発表されたとき、自分たちが重視してきた取組みを言語化してくれたという感覚がありました。」(今井氏)。大量の情報が溢れる時代において、消費者に認知され、体験につなげ、さらに持続するためには経営からプロダクトまで一貫してブランディングに取り組むことが不可欠だ。さらに、ボタニストの開発プロセスに見られるように、消費者視点で必要とされるポイントを考察し商品に落とし込み、市場の反応を多面的に見ながら改善していく取組みは、結果的にデザイン思考に近いものになっていたのではと今井氏は振り返る。

消費行動がライフスタイルを体現するものへと変化している現在、ボタニストの在り方である「ライフスタイルブランド」に共感する消費者の動きはますます強まっている。
 商品を通じて顧客、ひいては世の中をポジティブにしていくことを目指す同社では、その中で社会課題の解決は経営課題の1つと捉えている。ボタニストはそもそも植物の力を生かしたプロダクトであり環境負荷にも配慮していたが、21年により一層サステナブルに貢献するプロダクトにリニューアル。同年グッドデザイン賞を受賞した。「消費財という枠組みを超え、社会課題解決にまで貢献できるような『ソーシャルプロダクツ』にまでアップデートしていきたい」と今井氏は意気込む。

昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
ボタニスト以降、同様の中価格帯の製品がドラックストアに並ぶことが増えたように感じます。一つの市場を切り開いたのではないかと思っています。

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