「ビヨンド5G」に300億円、情通機構が計画するオールジャパン戦略の中身
情報通信研究機構の第5期中長期計画が始まった。次世代通信基盤「ビヨンド5G(6G)」と量子ネットワークのホワイトペーパー(技術概念)をまとめ、開発ロードマップを示した。国際標準化やサービスの社会実装に向けて技術開発をリードする役割が求められる。第3世代通信(3G)「FOMA」は日本が強かったが、4G、5Gと世代が上がるにつれて競争力が後退している。徳田英幸理事長に情通機構の役割や方針を聞いた。
-新中長期計画がスタートしました。
「戦略的に進める研究領域としてビヨンド5Gと人工知能(AI)、量子情報通信、サイバーセキュリティーを挙げた。我々は研究開発に加え、公的サービスを提供している点が特徴だ。戦略4領域の研究とサービスの相乗効果を出す。まずビヨンド5Gでは約200億円をかけてテストベッドを整備する。4GではIoT(モノのインターネット)、5Gで高速低遅延の多数同時接続になり、自動車や産業機器など携帯電話以外の領域で通信サービスが使われようになった。つまり通信ネットワークとサービスが密接に連携してビジネスが組み立てられる。ビヨンド5Gも同様だ。マルチコア光ファイバーやテラヘルツ帯(テラは1兆)通信などの要素技術とネットワーク、サービスを1カ所で検証できる環境を整える」
-ビヨンド5Gは研究開発資金として300億円を充てる計画です。
「運営費交付金よりも大きな予算を確保した。基金化して競争的研究資金として公募が始まっている。情通機構がハブとなり大学や企業とオールジャパンで進めたい。研究開発プロジェクトを行いテストベッドで確かめる。研究資金と設備の両方がそろった状態で開発を進められる」
-米中の次世代通信技術に関する投資額は桁違いに多いです。
「限られたリソースの中で世界と競争する戦略を考える。技術としてはスマートフォンに入る原子時計に期待している。時刻同期の精度が上がると位置計測にブレークスルーが起きる。時間だけでなく空間も同時制御する基盤技術になる。パケット通信の電波で端末にエネルギーを供給する技術もある。通信を超えた電波利用が広がっている。新しいアプリケーション(用途)開発が重要で、ビヨンド5Gで新しい産業セクターを生み出していく」
-戦略領域のAIはいかがですか。
「113億円を投じてスーパーコンピューターを整備する。AIは学習モデルが巨大になり、大規模な計算機がないと研究が難しくなってきている。多言語翻訳や音声認識、同時通訳などのAI開発に利用する。情通機構は日本で最大の音声コーパス(研究用データベース)を持っている。2025年の大阪・関西万博でのデモが目標だ。また、ビジネスシーンで使えるレベルの同時通訳AIを目指している。翻訳AIはサービスを通してフィードバック集め、技術を磨いてきた。翻訳バンクとして製薬会社などから対訳データをもらい、専門用語の分かる翻訳エンジンを開発した。同時通訳も事業者との連携が重要になる」
-人材育成に力を入れています。
「量子分野では79億円を投じて量子セキュリティー拠点を整備する。そして量子ICT人材を育成プログラムで拡充する。量子ネーティブな開発者を育てたい。コンピューティングを0と1のビットで習い発想が限定されてしまう前に、自由に発想できる人材を増やしたい。真空管からトランジスタに移ったころ、熱暴走でトランジスタの0/1が反転してデータが飛ぶことがあった。かつてのコンピューターはフラジャイル(もろい、不安定な)だった。現在は0か1のどちらかが当たり前になったが、量子コンピューティングもまだフラジャイルで黎明期にある。より広い発想で新しいコンピューティングを考えられる人材が必要だ」
-自治体などのセキュリティー人材を養成しています。
「年間3000人規模でトレーニングしてきた。毎年、サイバー攻撃が変わるためカリキュラムも更新し続ける必要がある。日本のサイバーセキュリティーではデータ負けが起きている。どんな攻撃があったかの情報を収集・蓄積し、分析していくことが重要だ。この収集にAIを活用する。災害時に災害に関するトラブルなどを会員制交流サイト(SNS)から自動収集する技術だ。サイバー攻撃に応用してデータを整える。現在は各社がバラバラに集めている。企業や大学と連携して情報を整理し、実環境に沿ったワイルドテストができる環境を整えたい」
【プロフィール】 とくだ・ひでゆき 83年(昭58)カナダ・ウォータールー大院計算機科学科博士課程修了。96年慶大環境情報学部教授。07年環境情報学部長。18年慶大名誉教授。17年4月より現職。博士(計算機科学)。東京都出身、68歳。