情通機構トップが語る、日本がAI・ICT開発で世界に示すべきモノ
徳田英幸理事長インタビュー
情報通信研究機構は民間からデータを集めて人工知能(AI)を育て、企業にAIを返す産学連携を進める。金融機関の不正取引検出や専門用語の翻訳など、国研がデータのハブ(中核)になり、個社でのAI開発よりも性能を上げる。徳田英幸理事長に2019年度の方針を聞いた。
-運営費交付金が削減されました。
「予算については強いメッセージを出したい。世界中、どの国もAIや情報通信技術(ICT)に集中投資し、技術で社会変革をけん引していこうとしている。米国の巨大IT企業などが利益を追求するための技術開発と、中国などの個人のプライバシーを尊重しない、国のための技術開発が拡大している。日本はドイツやフランスと連携し第三極として、民主主義や自由主義の国としての技術や価値観を示していく必要がある。会員制交流サイト(SNS)で広告配信のフィルターは大きな社会問題になったが、社会に埋め込まれたフィルターやバイアスはなかなか見えない。AIやICTは社会のあらゆる部分を支えている。投資の効率化は必要だが、投資を絞れば社会の成熟度が相対的に下がってしまう」
-情通機構がデータのハブになることでAIの開発効率を高めてきました。
「『翻訳バンク』として日本語と英語などの対訳データを民間から集めている。情通機構で作成してきたデータや民間のデータをAIに学習させ、ベースの翻訳精度を高める。そして専門領域ごとにAIを追加で学習しより精度を上げる。アストラゼネカから医薬業界の対訳データを頂きAIに学習させた。翻訳の作業が4週間から2週間になるなど、専門性の高い分野でも下訳に使えることを実証できた。他にも特許庁との技術文書の翻訳実績があり、金融機関とはオレオレ詐欺のような不正取引検出のAI開発を進めている。業界横断的に連携することでデータ量を増やし、AIの精度を高められる」
-データホルダーがデータを公開してAI開発を競わせる例もあります。
「オープンチャレンジとしてコンペティションを開く。我々が持つデータセットを提供してAI研究を活性化したい。米巨大IT企業も持っていないデータとして脳研究のデータやサイバーセキュリティー、航空機観測、太陽フレアの観測データなどがある。データに加えて、学習済みモデルも提供できる点で差別化できる。太陽フレアは黒点の移動データがあり、AIで8割以上の精度で予測できるようになった。電波環境シミュレーションと組み合わせると、衛星測位システムへのフレアの影響や測位誤差を予報できるようになるだろう。例えば高層ビル街では自動運転車の測位誤差が何センチメートルに広がるといった予報ができる。現在は太陽フレアで影響があるか、ないかという予報だが、電波環境シミュレーションが進歩し、3D空間で定量的に影響を見せられるようになる。説得力のある予報サービスになるだろう」
-法改正で出資が解禁され、民間とジョイントベンチャーを作るなどより柔軟な連携が可能になりました。
「現在は出資にむけた体制整備は検討していない。総務省の研究機関ということもあり、技術でもうけようという発想がなかった。研究成果が社会に還元することを加速できるならば検討する。また出資に伴う責任は重い。出資審査には客観的な目を入れる必要があるだろう。我々は起業家甲子園などでスタートアップを支援してきた。起業支援の蓄積を活用していくことになる。優先順位が高い研究は、翻訳バンクなどの業界横断で取り組むテーマになる。コーパス(言語データ)などを協力して整備しプラットフォームをつくる。大学発ベンチャーや個人が立ち上げるベンチャーには難しい、社会基盤を強くする事業は国研発ベンチャーならではの役割になるだろう。我々には成功例がある。法改正が産業活力につながれば理想だ」
-19年の注目研究は。
「あと1年でチップスケールの原子時計が実現するだろう。原子特有の周波数を利用して、高精度の時刻同期ができるようになる。二点で精密に時間差を計れると距離が測れる。これが半導体チップになると応用が急拡大する。またAIは演算素子の進歩で第四次ブームがくるだろう。現行の画像処理半導体(GPU)はエネルギーを使いすぎる。IoT(モノのインターネット)など、無数のコンピューターがネットワークでつながりサービスを提供するためには消費電力を抑えないといけない。ニューロモーフィックチップ(神経回路模倣素子)やブレーンインスパイアードチップ(脳型演算素子)で二桁三桁、消費電力が下がる。我々は素子開発はしていないが、脳研究やディープラーニング(深層学習)研究の知見を提供できる」
-サイバー攻撃に悪用されるおそれのあるIoT機器の調査も注目度が高いです。
「政府が無差別侵入と報じられ注目を集めた。調査と注意喚起を粛々と進める。IoT機器は侵入されてサイバー攻撃の踏み台にされると、従来のウィンドウズ系サーバーを乗っ取るよりも大規模なDDoS攻撃(複数の機器から一斉にアクセスを仕掛けるサイバー攻撃)を仕掛けられる。理想はIoT機器のパスワードを変えて鍵をかけることだが徹底されない。注意喚起で対策を広げていきたい。ナショナルサイバートレーニングセンターでは公的機関のセキュリティー人材を養成している。20年の東京五輪・パラリンピックはハッカーにとっては世界に腕を見せつけるコンテストになる。準備してもしきれない面はあるが、社会として備えていきたい」
(聞き手・小寺貴之)
-運営費交付金が削減されました。
「予算については強いメッセージを出したい。世界中、どの国もAIや情報通信技術(ICT)に集中投資し、技術で社会変革をけん引していこうとしている。米国の巨大IT企業などが利益を追求するための技術開発と、中国などの個人のプライバシーを尊重しない、国のための技術開発が拡大している。日本はドイツやフランスと連携し第三極として、民主主義や自由主義の国としての技術や価値観を示していく必要がある。会員制交流サイト(SNS)で広告配信のフィルターは大きな社会問題になったが、社会に埋め込まれたフィルターやバイアスはなかなか見えない。AIやICTは社会のあらゆる部分を支えている。投資の効率化は必要だが、投資を絞れば社会の成熟度が相対的に下がってしまう」
-情通機構がデータのハブになることでAIの開発効率を高めてきました。
「『翻訳バンク』として日本語と英語などの対訳データを民間から集めている。情通機構で作成してきたデータや民間のデータをAIに学習させ、ベースの翻訳精度を高める。そして専門領域ごとにAIを追加で学習しより精度を上げる。アストラゼネカから医薬業界の対訳データを頂きAIに学習させた。翻訳の作業が4週間から2週間になるなど、専門性の高い分野でも下訳に使えることを実証できた。他にも特許庁との技術文書の翻訳実績があり、金融機関とはオレオレ詐欺のような不正取引検出のAI開発を進めている。業界横断的に連携することでデータ量を増やし、AIの精度を高められる」
-データホルダーがデータを公開してAI開発を競わせる例もあります。
「オープンチャレンジとしてコンペティションを開く。我々が持つデータセットを提供してAI研究を活性化したい。米巨大IT企業も持っていないデータとして脳研究のデータやサイバーセキュリティー、航空機観測、太陽フレアの観測データなどがある。データに加えて、学習済みモデルも提供できる点で差別化できる。太陽フレアは黒点の移動データがあり、AIで8割以上の精度で予測できるようになった。電波環境シミュレーションと組み合わせると、衛星測位システムへのフレアの影響や測位誤差を予報できるようになるだろう。例えば高層ビル街では自動運転車の測位誤差が何センチメートルに広がるといった予報ができる。現在は太陽フレアで影響があるか、ないかという予報だが、電波環境シミュレーションが進歩し、3D空間で定量的に影響を見せられるようになる。説得力のある予報サービスになるだろう」
-法改正で出資が解禁され、民間とジョイントベンチャーを作るなどより柔軟な連携が可能になりました。
「現在は出資にむけた体制整備は検討していない。総務省の研究機関ということもあり、技術でもうけようという発想がなかった。研究成果が社会に還元することを加速できるならば検討する。また出資に伴う責任は重い。出資審査には客観的な目を入れる必要があるだろう。我々は起業家甲子園などでスタートアップを支援してきた。起業支援の蓄積を活用していくことになる。優先順位が高い研究は、翻訳バンクなどの業界横断で取り組むテーマになる。コーパス(言語データ)などを協力して整備しプラットフォームをつくる。大学発ベンチャーや個人が立ち上げるベンチャーには難しい、社会基盤を強くする事業は国研発ベンチャーならではの役割になるだろう。我々には成功例がある。法改正が産業活力につながれば理想だ」
-19年の注目研究は。
「あと1年でチップスケールの原子時計が実現するだろう。原子特有の周波数を利用して、高精度の時刻同期ができるようになる。二点で精密に時間差を計れると距離が測れる。これが半導体チップになると応用が急拡大する。またAIは演算素子の進歩で第四次ブームがくるだろう。現行の画像処理半導体(GPU)はエネルギーを使いすぎる。IoT(モノのインターネット)など、無数のコンピューターがネットワークでつながりサービスを提供するためには消費電力を抑えないといけない。ニューロモーフィックチップ(神経回路模倣素子)やブレーンインスパイアードチップ(脳型演算素子)で二桁三桁、消費電力が下がる。我々は素子開発はしていないが、脳研究やディープラーニング(深層学習)研究の知見を提供できる」
-サイバー攻撃に悪用されるおそれのあるIoT機器の調査も注目度が高いです。
「政府が無差別侵入と報じられ注目を集めた。調査と注意喚起を粛々と進める。IoT機器は侵入されてサイバー攻撃の踏み台にされると、従来のウィンドウズ系サーバーを乗っ取るよりも大規模なDDoS攻撃(複数の機器から一斉にアクセスを仕掛けるサイバー攻撃)を仕掛けられる。理想はIoT機器のパスワードを変えて鍵をかけることだが徹底されない。注意喚起で対策を広げていきたい。ナショナルサイバートレーニングセンターでは公的機関のセキュリティー人材を養成している。20年の東京五輪・パラリンピックはハッカーにとっては世界に腕を見せつけるコンテストになる。準備してもしきれない面はあるが、社会として備えていきたい」
(聞き手・小寺貴之)
とくだ・ひでゆき 77年(昭52)慶大院工学研究科修了。83年加ウォータールー大院計算機科学科博士課程修了。96年慶大環境情報学部教授。07年環境情報学部長。17年4月より現職。工学博士。東京都出身、66歳。
日刊工業新聞2019年4月9日