ニュースイッチ

帝人が富士フイルムから再生医療を買収した理由「5年後、10年後に向けた先行投資」

帝人が富士フイルムから再生医療を買収した理由「5年後、10年後に向けた先行投資」

帝人がマテリアル事業の知見を融合し共同開発した心・血管修復パッチ(帝人提供)

TOBに賛同

帝人が再生医療事業を強化する。富士フイルム子会社で再生医療製品を開発、製造販売するジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J―TEC)に株式公開買い付け(TOB)を実施、3月に連結子会社化する方針だ。再生医療はアンメットメディカルニーズ(未充足の医療ニーズ)の解決策として期待されている。将来の市場拡大をにらみ、各社の戦略も活発化してきた。(江上佑美子、安川結野、名古屋・永原尚大)

帝人 将来の収益源 先行投資

富士フイルムは2020年9月末時点でJ―TEC株の50・13%を保有する。バイオ医療領域の事業ポートフォリオ見直しに当たりJ―TECの売却検討を20年8月下旬にJ―TECに通達。帝人に株式譲渡に関する入札への参加を打診した。

帝人は自社の化学合成やエンジニアリングなどの基盤と、J―TECの技術を掛け合わせることで成長が見込めると判断、TOBを決めた。買い付け総額は最大約216億円で、買い付け期間は3月2日までを予定している。J―TECはTOBに賛同しており、TOB後も上場は維持される予定だ。

帝人はヘルスケア事業で高尿酸血症や痛風治療剤といった医薬品や在宅医療機器を展開。マテリアルとヘルスケアの知見を融合し心・血管修復パッチや骨接合材の開発にも取り組む。再生医療分野では、JCRファーマと急性期脳梗塞治療向けのヒト歯髄由来幹細胞を原材料とした製品の開発を進めている。帝人は20年度からの3カ年中期経営計画でヘルスケア事業に前中計期間実績比3・2倍となる1600億円のM&A(合併・買収)・設備投資枠を設定。今回のTOBは「将来の収益源育成」という位置付け。再生医療は短期の投資回収が難しく収益化のリスクは高い。J―TECの業績も21年3月期予想で3期連続の営業損失を見込む。園部芳久代表取締役専務執行役員は「短期的にこの事業自体で収益を大きく上げるということではない。5年後、10年後に向けた先行投資」と強調する。

J―TECの再生医療製品の製造工程(J―TEC提供)

整形外科領域で帝人は、子会社に人工関節を手がける帝人ナカシマメディカル(岡山市東区)を持つ。J―TECとの協業で「ラインアップの強化ができる」(園部専務執行役員)。マテリアル事業での材料・ケミカルの知見を再生医療に活用し、新規事業となる再生医療等製品の開発・製造受託(CDMO)においても、既存の顧客チャネルの活用が可能だとしている。

富士フ 創薬支援を加速

一方、富士フイルムもヘルスケアを重点分野の一つに位置付ける。15年にiPS細胞(人工多能性幹細胞)の開発や製造を手がける米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(現フジフイルム・セルラー・ダイナミクス〈FCDI〉、ウィスコンシン州)を子会社化するなど、積極的なM&Aで着々と事業を拡大してきた。

再生医療領域で存在感が増す中、J―TEC株売却を決めたのはなぜか。富士フイルムの助野健児社長は「我々の技術が生きる分野に経営資源を注力する。J―TECの成長を加速するには親和性のある会社と組む方が相乗効果がある。帝人が最適なパートナーと判断した」と説明する。医薬品事業部長を務める富士フイルムの岡田淳二取締役常務執行役員は「(組織再生による)治療分野よりも創薬支援やCDMOに投資を集中させたい」と強調する。

富士フイルムは再生医療領域でも、特にiPS細胞を使った事業展開に力を注いでいる。19年に子会社の米FCDIが米ベンチャーキャピタル(VC)と組み、新会社センチュリー・セラピューティクスを設立。独製薬大手バイエルと提携し、他家iPS細胞を使ったがん免疫治療薬の開発を目指している。

さらにFCDIの細胞製造技術を生かし、ヒトiPS細胞を活用した創薬支援業務の受託を日本国内で26日開始する。医薬品の候補化合物によって起きる致死性の不整脈の発生リスクを、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を使って高精度に予測し、創薬を支援する。自社の強みを最大化できるものとして、iPS細胞を使った事業展開を強力に進める。

市場拡大 50年38兆円

再生医療の市場規模は50年に国内市場が2兆5000億円、世界市場が38兆円に成長すると見込まれている。再生医療は細胞を培養する培地や試薬、培養容器などの消耗品や、細胞培養装置、細胞加工施設、試験評価機器などの設備、関連サービスなど多様な産業が支えており、企業の開発が活発化している。

再生医療には、機能が低下した組織や損傷した組織を再生する「組織再生」や、疾患を治療する性質を持つ細胞を投与する「細胞治療」がある。患者自身のT細胞に遺伝子導入して投与するキメラ抗原受容体T細胞(CAR―T細胞)療法も、がん領域で近年実用化が進む細胞治療だ。

細胞の移植や投与を受けた際、免疫による拒絶が起きにくい自分の細胞「自家細胞」を使う製品の開発が先行したが、製造にかかる時間や費用の面から現在は他人の細胞「他家細胞」を使った製品の開発も盛んだ。特に、iPS細胞のように、臓器や血液細胞などに分化できる分化能や増殖能がある細胞は応用の幅が広く、注目を集める。

先駆者・J-TEC 「自家」医療製品に特色

J―TECは「再生医療の先駆者」と呼ばれる。1999年にティッシュエンジニアリング技術をベースにした再生医療を事業化する企業として設立。2009年に、国内開発初の再生医療製品である自家培養表皮「ジェイス」を皮切りに、13年に自家培養軟骨「ジャック」、20年に自家培養角膜上皮「ネピック」を市場投入した。国内で再生医療製品として承認されたものは10製品あるが、そのうち最多の3種類がJ―TEC製だ。

自家培養表皮「ジェイス」(J―TEC提供)

同社が得意とするのは患者から採取した細胞を培養し製造する「自家」の再生医療製品だ。同社製品は皮膚や軟骨など体内組織として患者に移植するが、保険適用症は重症熱傷など患者数が少ない希少疾病に限られている。そのため、年間の提供患者数は数百人規模とみられる。

畠賢一郎社長は「(適用症を拡大し)年間数万人の患者に提供できるようになれば、手作業での生産を自動化できコストを大幅に下げられる」としており、市場拡大へのアプローチを模索している。

同社はまた、名古屋大学と共同で第4のがん治療と期待される自家CAR―T細胞治療の製品実用化も進めている。がん領域の開発競争は国際的に激化しており、同社の開発動向には今後も目が離せない。

日刊工業新聞2021年2月26日

編集部のおすすめ