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見ているようで実は観ていない-アイトラッキングの落とし穴-(その2)

おすすめ本の抜粋「よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント」

前回、“change blindness”について少し触れましたが、私の研究室では、この“change blindness”の課題をデザインの評価に利用しています。今回は、パッケージデザインにおける応用例を取り上げ、それについて詳しく説明します。

一言でパッケージといっても、その種類にはさまざまなものがあります。しかし、どのようなパッケージでも(市販製品であれば)、購買者にとって他の競合他社製品より目立ちやすく、しかもよい印象を与えようとしていることは間違いないでしょう。そのために、デザイナーは商品名、ロゴマーク、キャッチ・コピー等のデザイン要素に工夫を凝らすわけです。そのような場合、デザイナーは暗黙のうちに、パッケージを見る購買者は、どのようなデザイン要素にも等しく眼を向けるものと考えています。つまり、デザイナー自身が作成したデザインは購買者に細部に至るまで見てもらえるものだと考えているのです。しかし、それは大きな誤解です。実は、人間は見る対象の細部には驚くほど無頓着なのです。

前回紹介した“change blindness”の課題では、交互に呈示される2つの画像には違いがあることが事前に教示されているのですが、それでもその違いをなかなか見つけることができません。ですから、そのような教示が何もないままに漫然と見るだけだとしたら、多くの人はその違いにはほとんど気付かないでしょう。

それでは、なぜこの“change blindness”の課題がパッケージデザインの評価に役立つのでしょうか? パッケージは、上記のとおりさまざまなデザイン要素(商品名、ロゴマーク、キャッチ・コピー等)から構成されています。ですから、もしそれらのデザイン要素の重要度(購買者がそのデザイン要素に注目する度合い)が明らかになれば、それはパッケージ・デザインを行う際のガイドラインにもなりうるわけです。“change blindness”の課題はデザイナーにとっては非常に有益なツールとして利用できるのです。

この点について、具体的な例を挙げてもう少し詳しく説明してみましょう(図参照)。このパッケージを一見しただけでは、そこにあるデザイン要素の中で、何が購買者の注意を最も惹くのかを正確に判断することはできません。そこで、この“change blindness”の課題を利用するのです。つまり、調べたいデザイン要素を選択し、そのデザイン要素だけに変化を加えた画像(商品名だけ、ロゴマークだけ、キャッチ・コピーだけなどひとつの要素に変化を加えた画像)を作成して“change blindness”の課題を行い、その変化に気付くまでの時間(反応時間)を測定するのです。その結果、たとえばキャッチ・コピーに変化を加えた画像における反応時間が最も短ければ、その場合はキャッチ・コピーが最も購買者の眼を惹くデザイン要素であるということが科学的に判断できるのです。

図 “change blindness”の実験用刺激の作成方法

◎前回の図の答:歩いている男性のジャケットの襟えりのデザインが異なります。

(「よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント」p.32-33より一部抜粋)

書籍紹介

心理学は記憶、学習、思考などを含めた人間の行動全般を科学的に扱います。「どういうデザインが好まれるのか」「何がストレスになるのか」「どうすれば注意を引きやすいのか」といった商品開発時に発生するデザインの課題解決に心理学の手法を用いるのが、デザイン心理学です。形あるものだけでなく、サービスやシステムのような目に見えないものも応用できる対象となります。本書では、科学的な根拠をもとにしたデザインとは何か、どのように導くのかなどについて具体例とともに紹介します。

書名: よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント
 監修者名: 日比野 治雄
 著者名: BB STONEデザイン心理学研究所
 判型:A5判
 総頁数:156頁
 税込み価格:2,420円

販売サイト

Amazon
 Rakutenブックス
 日刊工業新聞ブックストア

<監修者>

日比野 治雄(ひびの はるお)
 千葉大学大学院工学研究院 教授(日本で唯一のデザイン心理学研究室)
 株式会社BB STONEデザイン心理学研究所(特許第5854411号を基盤とする千葉大学発ベンチャー) 技術顧問

●専門分野
 デザイン心理学、色彩科学、デザインに関する認知科学、エモーショナル・デザイン

著者

株式会社BB STONEデザイン心理学研究所
 科学的なデザイン・コンサルティング手法で特許を取得した千葉大学工学部デザイン心理学研究室発のベンチャー企業。
 人間の行動、言葉で語れない部分を、実験心理学の手法を応用し、紐解いていくという、今までにない科学的なアプローチによるコンサルティングを行っている。心理学的視点を用いることで、従来のアンケートや主観的な評価では得られなかった、消費者の本音、嗜好、意思決定のプロセスを明らかにすることを可能とした。
 デザインの見やすさ、わかりやすさ、印象だけではなく、企業の抱えるさまざまな問題解決も独自の実験手法にて行っている。その顧客の9割以上が一部上場企業であり、金融機関、官公庁、大手メーカーなど多岐にわたる。
「デザイン心理学で顧客の言葉にならない声を紐解き未来を予測 新たなマーケティングを科学する」企業である。
 株式会社BB STONEデザイン心理学研究所の公式ホームページはこちら

目次(一部抜粋)

【第1章】「デザイン心理学」とは
 デザインと心理学の関係/デザイン心理学の目指すこと/デザインと人間/デザイナーはユーザの選択をデザインすべし!?/[開発ストーリー]〈株式会社イプサ〉/人間はなぜカッコいいデザインに惹かれるのか?/デザインの価値

【第2章】デザインへのヒント―人間の特性を知る
 人間の知覚特性-人間は機械ではない-/見ているようで実は観ていない-アイトラッキングの落とし穴-/人間は皆、他人に厳しく、自分に甘い?/物事には限度が…-感覚遮断の恐怖!?-/人間の知覚特性-錯視-

【第3章】シニア向け商品をデザインする
 シニアを対象とした製品・サービスを扱うには…/シニア向けの製品の功罪/身近にあるデザインの事例-家電のリモコン-/[開発ストーリー]〈ダイキン工業株式会社〉/シニアとデザイン

【第4章】ノートをデザインする、文字をデザインする
 身近にあるデザインの事例-ノートの罫線-/勉強がはかどるノートは作れる?/製品の性能を比較するには-ノート罫線の例-/身近にあるデザインの事例-書体とフォント-

【第5章】空間をデザインする
 人間にとって快適なデザイン/照明は天井から?-既成概念の打破-/照明による視覚的ストレス-『21世紀のあかり』プロジェクトへの参画-/人間の知覚特性

【第6章】色とデザイン
 虹の7色の起源はニュートン!?/押してもだめなら引いてみな!?-逆転の発想-/人間は皆同じ?-色覚の個人差-/色の好悪を知ることの難しさ/色を使うとき知っておくべき色の効果

【第7章】科学的根拠が求められる理由
 これからのデザインに必要な条件-科学的根拠-/データとは何か?-データの種類/そのデザインを知らざれば、それを使う人を視よ!?/「人を測る」とは?/[開発ストーリー]〈株式会社電通〉/順位付けの科学-正規化順位法-/短時間呈示法によるデザインの評価

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