厳しい意見にも「パワーをもらった」。メタウォーター社長がSDGs懇親会で得たものとは
メタウォーターの中村靖社長は2020年10月29日、SDGsへの取り組みを一般の企業人や学生と語り合うイベントをニュースイッチラボと共同で開催した。メタウォーターは水・環境インフラ事業をグローバルに展開する企業で、事業そのものでSDGsの達成に貢献するという考えのもと、積極的にSDGsに取り組んでいる。多様な人から評価や助言を聞くことでメタウォーターのSDGsに対する考え方や取り組みを自己満足で終わらせず、レベルアップさせたいという思いからイベントにのぞんだ。
このイベントでは参加者からの意見を素早く収集できるツールを使い、中村社長が自身の言葉で思いを伝え、オンライン・オフライン問わず対話の機会を多く設けた。
中には覚悟をただす厳しい意見もあったが、中村社長は「現状把握になった」と振り返り、「活動を続けるパワーを得た」という。
また、中村社長が感銘を受けたエッセーの執筆者である井上直美さん(CSR&Sustainabilityコンサルタント)を招き、開発途上国支援についても意見を交わした。
▽参加
メタウォーター株式会社 代表取締役社長 中村靖さん
CSR&Sustainabilityコンサルタント 井上直美さん
日刊工業新聞・記者(編集委員)松木喬
「すべての人」は難易度の高い目標
中村 当社グループは上下水道インフラの設計・建設・維持管理等を通じてSDG6(※1)の達成に貢献できる事業を展開していますが、これが(2030年の)達成に向けて貢献しているのか、もう一歩なのか、それとももっとよい方法があるのか、率直な意見をいただきたいと思います。
私たちは水にかかわる仕事をやり続ける以上、困難な目標であっても、私たちが求められる役割を果たすことで寄与できるのではないかと考え、悩みながらも走り続けています。
しかし、私たちのような水を専門としている者からすると、SDG6の「すべての人(For All)」の達成は本当に大変なことだと思います。日本でも水道の普及率は98%と、100%に達していないのに、世界中のすべての人に水を届けることは正直、難しいと思うのです。
※1 SDGsのゴール6「安全な水とトイレを世界中に」(すべての人に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する)シエラレオネから見えるSDGsとは
中村 SDGsについて調べている時、偶然『SDGsは誰のため?:シエラレオネで考えた』(※2)というエッセーと出会いました。シエラレオネは西アフリカにある世界最貧国の一つです。それを読むまで「誰のため?」という視点はなく、自分の視点ばかりで考えていました。
私は最近、生まれたばかりの孫の衛生面を考え、水道水をたくさん使いました。感染症対策が求められる状況において、愛する者と接する時に上下水道がないシエラレオネの人々はどういう暮らしをしているのだろうかと、心をもっていかれました。
SDGsはシエラレオネの人からどう見えるのでしょうか。私は日本から何ができるのでしょうか。シエラレオネの市民には何が重要なのでしょうか。
SDGsはシエラレオネの人たちに希望を与えられるものなのかを考えないといけません。シエラレオネの人たちは、いつの日か衛生的な水にアクセスできることが想像できれば希望を持つことができます。逆に想像すらできないと絶望するはずです。だからこそSDGsはあえて「すべての人に」という言葉を使っているではないのでしょうか。
「すべて人に」は建前ではなく、我々は目標としてしっかりと持たなくてはいけないのでしょう。そこで当社が考えるSDG6の答えの1つが移動可能な浄水場です。
※2 井上さんのエッセー。大規模な地滑りに遭遇したシエラレオネの被災民キャンプを訪ね、災害を社会・経済・環境的な原因から報告。出典は日本貿易振興機構・アジア経済研究所。社会インフラ施設を移動可能にする
CPCM(Container(コンテナ)、Package(パッケージ)、Ceramic(セラミック)、Mobile(モバイル))(※3)は、水を浄化するセラミック膜ろ過設備をコンテナに収納し、トラック移送ができる移動式の小型浄水装置ですが、CPCMがSDG6の答えになりえるのか、皆さんのご意見をお聞きしたいです。CPCMは、中古の鉄道車両が他国で活用されていることにヒントを得ました。車両は運べ、移動ができます。浄水場や下水処理場は移動できないものと決めつけていましたが、移動できるとなると新しい世界が開けると考えました。
大都市で使用したセラミック膜は、日本の小さな町や開発途上国で二次利用してもらおうと考えています。大都市では浄水場の一部として配備し、非常用としても活用できます。装置の減価償却が終わると他の場所で使うという新しい仕組みを作りたいのです。
CPCMについて質問や意見をお願いします
★=視聴者からの質問・意見
★価格はどれくらいになるのでしょうか中村 トラックも含めると数千万円になるため、購入するとなると開発途上国にはハードルが高いと思います。
★一日にどれくらいの水が作れるのでしょうか中村 約50万リットルです。日本では1人1日約300リットル使うと言われているので約1,600人分、災害時だと1人1日3リットルが必要最低量なので、約16万人分の水を作ることができます。
★ODAに頼らず、自ら開発途上国へ営業することは検討していないのでしょうか中村 それは大事な視点ですが、販売を前提とすると当社が営業しても価格がネックになります。かといって、寄付のように無償で設備を提供するだけではダメだと思います。その場しのぎにしかならず、根本的な解決になりません。
開発途上国でも首都では浄水場や下水処理場が整備されているところはあります。都市化から取り残された地域にCPCMを展開できる「流れ」を作りたいのです。
CPCMを開発途上国へ届ける覚悟は?
【ズバリ、CPCMはSDG6の答えになっていると思いますか? 足りないものはなんだと思いますか?】★現地の技術力
松木 CPCMは現地の方だけで利用できますか。
中村 誰でも扱えると思います。
どの国でもクルマは修理できます。CPCMを、クルマを修理する人が理解し、クルマの修理道具で扱える設計にする必要があります。
★メタウォーターの知名度の低さが課題です。よくわからない会社が作ったものは売れません。中村 社長として痛感しており、反省しかありません。もっと頑張らないといけないと思っています。
★現地の人が何を求めているのかを聞かせてください。中村 水が必要ということは間違いないことです。ただし、飲み水なのか、生活用水なのか、どの程度まできれいな水が必要なのかを考える必要があります。
★単なる自己満足にならないためには、相手の視点、相手の文化、相手の民族性を理解することが肝要かと思います。その覚悟が果たしてどこまであるか疑問です。中村 私自身、アフリカや東南アジアに行き、行動したことがないので、覚悟が足りないというのは素直に受け入れます。ですが、やろうとしていることを諦めるつもりはありません。社員には実際に現地に行ってもらい、調査や検討をしてもらっていますし、国内のお客様との対話も始めています。
SDGsウォッシュ(SDGsに取り組んでいるように見えて実態が伴っていないこと)を本物に変える
【「誰一人取り残さない」について皆さんが思うこと、感じることについて聞かせてください】★チャレンジングな目標であるが、その意識を持つことが大切だと思います。
★「誰一人取り残さない」のゴール設定は難しいと思いました。
中村 確かにそうだと思います。シエラレオネ視点で我々ができることを皆さんの意見も参考に引き続き考えていきたいです。
★正直、厳しいことだと思います。しかし、貧しい人たちからの視点で見ることが大切だと思いました。★まず、自分の家族を幸せにしなければ、他者への施しなど無理です。働き方を変えることをどこまで本気でやるかだと思います。
松木 「本気」がキーワードだと思います。SDGsのバッジをつけたものの、どこまで本気で「誰一人取り残さない」と考えているのか。その視点が欠けていたことに気づかされました。
中村 SDGs達成に貢献する姿勢を表明することは、言ったからにはと実際に行動を起こし前進するきっかけや原動力にもなりえます。SDGsウォッシュがダメと批判したり、批判を恐れるのではなく、いかに本物に変えていくかを考えていくことが肝要です。
★同じ熱量を持つ人、理解者が多くなければ困難に感じます。松木 中村社長の考えは社員に伝わっているのでしょうか。
中村 努力していますが、全員に伝わっているかは正直よくわかりません。ただし、「社長が言ったことがすべて正しい」という組織はダメだと思うのです。社内でも多様な意見があっていいと思いますし、このような場で意見を交わすことでレベルが上がるのではないでしょうか。
「SDGsの根底は人権」(井上さん)
井上 中村社長がすべての人の希望になるためにはどうすれば?と言っていました。それは「つながり」をみることが重要です。つながりの中でお互いがサポートしているのかをみて、その想像力や共感力が現地パートナーと話すとき時に役立つと思います。
SDGsの根底はすべての人々の人権です。企業の経済力や影響力は、場合によってはシエラレオネの国家予算よりも大きいです。先進国の企業はバリューチェーンの先、海の向こうの国々で暮らす人々にどういう影響を与えているのかを考え、責任ある企業行動をとることが重要です。
松木 CPCMの印象はいかがですか。
井上 役立つと思います。ただし、本当にニーズと合うのか、どれだけアジャストできるのかということがポイントですね。現地の人たちとパートナーを組んでよりニーズに合わせていくというのが重要かと思います。
松木 現地パートナーと一緒であれば、ニーズにあった製品を供給できますか。
井上 必ずしもそうではありませんが、近づけることはできると思います。ケニアで日本企業と韓国企業が遠隔教育を提案したことがありました。日本企業は自分たちの製品が採用されなかったため、そこで話が終わりました。一方、韓国企業は現地の大学と試行錯誤し、プロトタイプを変えていきました。「パートナーと組む」ではなく、「パートナーと一緒に行く」ことでニーズに近づきます。ですから「自分たちがどれだけ変えられるのか」も大切です。
企業がSDGsの本質を示すべき
【井上さんや中村社長への質問、意見をお願いします】★メタウォーターは自治体相手の会社なので、マーケティングとは縁遠いのかなと思っていましたが、変わっていかなければいけないのかなと感じました。
中村 変えていきます。最近では、若手社員が水道普及率の低い国へ赴き、現地で調達可能な資材で機器を設計するなどのマーケティングも実施しています。
★開発途上国の人は、ODAとSDGsを線引きするのでしょうか? しないならば、今後の活動の差別化は何になるのでしょうか。井上 シエラレオネにもSDGsの看板がありましたが、すべての住民が意味を知っているとは思いません。「線引き」もおそらくできていないでしょう。線引きをするのであれば、企業がSDGsのコンポーネント(構成)や本質を示していくべきだと思います。ODAはツールであり目的ではありません。その理解の構築が必要だと思います。
★社長が夢を語ると厳しい意見が飛んでくるのだなぁとおもいました(笑)。どんどん改善して、同じ熱量の同志を増やしていただきたいと思いました。中村 社長は社内からも「それはもうかりますか?」と聞かれます。逆に「もうけ」のことばかり社員に言っていると「がめつい」と言われます(笑)。段々と失うものがなくなっているので、社長としての影響力のあるうちに何かを残しておけるよう努力します。
松木 若い社員の提案に対し、経営側ができない理由を並べて反対するのが通常と思います。メタウォーターは社長が言ったことに対して周囲が意見を言えており、風通しのよい会社と思いました。
中村社長は、企業がSDGsの取り組みを一方的に発信することが独りよがりではないかと気にとめ、今回の会を開催しました。
中村 このような場で皆さんの思いを素直に発してもらうことで、冷静に現状を把握することができ、また、活動を続けるパワーをいただきました。「覚悟があるのか」という意見が一番心に響きましたね。
松木 今日は参加者と社長から本音の意見を聞けたと思います。ありがとうございました。
《ダイアログを終えて》 松木喬
斬新というと大げさかもしれないが、過去のSDGsイベントにない要素が盛りだくさんだった。
まず社長が一人で登壇し、参加者の質問に答えたということ。スタッフが書いた原稿を読んだり、想定問答の通りに回答したりする場面はなかった(そもそも原稿も想定問答も用意していなかった)。
応募してきた不特定多数との意見交換も新鮮だ。経営者がSDGsを語る発表会が増えたとはいえ、聴講するのは招待したサステナビリティの専門家、アナリスト、メディア関係者だ。相手の属性が分かるので、発表者の意図が伝わりやすい。
今回は参加者を募り、他社の社員や学生が申し込んできた。不特定多数に中村社長の思いが伝わったのなら、もっと多くの多様な人にも届くはずだ。そうなればメタウォーターのSDGsの取り組みは「独りよがり」でなくなる。
ちなみに今回の参加者50人のうち、女性が55%、20~24歳が30%。通常の企業向けSDGsセミナーに比べて女性と若者が多かった。
そして今回、もっとも前代未聞だったポイントが対話だ。通常なら講演がメインというセミナーやシンポジウムが多い。今回は対話がメインであり、参加者から質問や意見を聞く場面が合計7回あった。感染症対策としてオンラインで参加した方からも含め、多くの質問を受け付け、できる限り回答したつもりだ。 参加者も経営者に意見を言える貴重な場となったと思う。それに「気づき」や「学び」も得られたのではないだろうか。私自身は「誰一人取り残さない」が困難な目標であることを再認識させられた。そして井上さんのエッセーから「SDGsは誰のため?」という問いに気づき、中村社長の発言からSDGsを達成できないと絶望に陥る人がいることを想像できた。これで軽々しく「SDGsはビジネスチャンス」とはいえない。 質問や意見を何回も書き込んでいただいた参加者のおかげで中村社長、メタウォーター、そして私にも有意義な会となりました。本当にありがとうございました。 関連記事:「メタウォーターのSDGs」を議論