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コロナ禍で深刻化する差別コメント、誹謗中傷。ネット炎上の病理と防止策とは?

会員制交流サイト(SNS)の普及に新型コロナウイルス感染症に関する社会的状況が重なり、インターネット上の書き込みによる被害が深刻化している。今年もオンラインによる在宅勤務や在宅学習は続くと考えられ、ネットの総人口は一層増えるだろう。サイバー空間とはいえ、物理空間をしのぐ影響力と破壊力を持つネット。利用するあらゆる世代が避けては通れない問題だ。(藤木信穂)

社会不安・ストレスが引き金

コロナ禍が世界を覆った2020年、SNSは以前にも増して人々の重要なコミュニケーションツールになった一方で、一部の人による心ない書き込みが多くの人を苦しめたことは看過できない。コロナ感染者に対する差別的なコメントは今もネット上にあふれ、有名人に対する誹謗(ひぼう)中傷の数も近年増大している印象が強い。

デジタル・クライシス総合研究所の調査によると、20年4月のネット炎上件数は前年同月比約3・4倍に急増した。青少年から高齢者までネットの利用世代が広がり、炎上件数が増加傾向にあるところにコロナ禍が直撃した。社会が不安に覆われると人々は強いストレスを感じる。在宅が日常となりネットの利用時間が増え、批判を書き込む頻度も高まったと考えられる。

こうした状況を踏まえ、総務省は9月にネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージを公表した。そこでは、ネットリテラシー向上のための啓発活動やプラットフォーム事業者の透明性の確保、発信者情報の開示、相談対応の充実といった取り組みの必要性が示されている。

情報通信における安心安全推進協議会は12月上旬、「他人を傷つけるネット書き込み被害の防止に向けて」と題したシンポジウムをオンラインで開いた。同協議会はポスター製作などを通じて、「名誉毀損(きそん)やプライバシー侵害、差別的表現などの発信がネット上で行われないよう、利用者のマナーやモラル向上に向けた啓発運動を行っている」(中山明ネット社会の健全な発展部会長)団体だ。

マスメディアが“拡声器”に

ネットは誰でも自由に発言できる場であり、それが情報社会の発展を支えてきた。しかし、「世論とネット世論は決定的に違う」と国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は指摘する。従来の世論はメディアや政府などの調査に対して受動的に述べた意見が反映されているのに対し、「ネット世論」には能動的な意見しか反映されない。その上、「極端で否定的な意見ほど多く投稿される」というネットの根源的な特徴がある。

山口准教授は計量経済学が専門。ネットメディア論や情報経済論の研究分野で論文を発表し、『炎上とクチコミの経済学』などの著書がある。山口准教授はネット炎上を「ある人や企業の行為・発言・書き込みに対して、ネット上で多数の批判や誹謗中傷が行われること」と定義する。

最近の統計的なデータ分析結果から「過去1年以内に炎上に参加した人は全体の約0・5%」とわずかであり、属性として「主任・係長以上の世帯年収が比較的高い男性」が炎上に参加しやすいことが分かった。

炎上1件当たりの推計では、参加者は0・0015%と7万人に1人くらいの割合だという。学生など時間に余裕のある若者による行為ではない。ごく普通に見える社会人が炎上に加担するのは、知識豊富で自分の信念を持つ人が「正義感で人を裁いている」(山口准教授)のが実態なのだ。

昨今のコロナ差別やネット暴力が起こる背景について、山口准教授はまた「マスメディアが誹謗中傷を加速させている」とみる。例えば感染者へのネット上の誹謗中傷を報じたテレビ番組から情報を得た視聴者が、さらにネット上でたたくという構図だ。メディアが“炎上の拡声器”になっている側面がある。

被害どう防ぐ? 情報の発・受信作法知る

こうしたネット被害を防ぐためにどうすべきか。表現の自由は保障されるべきだが、批判的なコメントは本人が攻撃的だと気づいていないことも多い。ネット上での言葉遣いも良識に従い、差別表現や過剰な誹謗中傷は自制する。感情のままに発信するのではなく、一呼吸置くことも重要だ。山口准教授は被害者に寄り添う法律の必要性も訴えている。

一方の受信側も過度に萎縮すべきではない。ネット上の意見は多くが偏っており、ある問題に対して賛成派の人たちはわざわざ書き込むことはしないだろう。見たくないモノを見ない自由もある。そのためには情報発信と受信の両方の作法を知っておくことだ。

感染症のまん延が長期化し、ネット活動はこれまで以上に盛んになるに違いない。若者に限った話ではないというより、大人こそが再教育されるべきかもしれない。新年のスタートを機に、ネットリテラシーを身につける心構えを持ちたい。

日刊工業新聞2021年1月6日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「悪者」を見つけてSNSなどでたたくことで、快楽物質のドーパミンが出ることが専門家の研究から明らかになっている。昨年は新型コロナが社会を混乱に陥れ、人々にはこれまで経験したことのない不安感が長くつきまとった。こうした状況がネット炎上の増大を引き起こしたことは想像に難くない。しかし、ネットは本来、誰とでも瞬時につながれる素晴らしい空間だ。人類はそれを使って、幸せをつむぐ好循環を作ることができる。

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