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スマホは貧困層のライフライン?iPhoneが孤立と対立をもたらした

セカチューの片山恭一オリジナルエッセイ #4

去年、大連に行った。中国製造2025と一帯一路の現在を視察して勉強する、というのが一応の名目である。地元の大学の先生方がアテンドしてくださった。最終日に観光を兼ねて一行で旅順を訪れた。ここには有名な203高地がある。正しくは東鶏冠山北堡塁、日露戦争の激戦地であり、一説によると1万5000人の兵士の命が失われたという。いくらか重い気持ちで帰路についた。

大連へ戻る途中、道路わきにたくさんの露店が出ている。このあたりはサクランボの産地で、ちょうど実りの季節だった。地元の農家の人たちが売っているサクランボは、笊に一杯が1000円ほどである。日本に比べると嘘みたいに安いので、買って帰ってホテルでワインでも飲みながら食べようということになった。

お金を払おうとすると、日焼けした農家のおばさんが人民元は受け取れないと言う。そこで取り出したのがスマホである。これで決済しろというらしい。しかしぼくたちは決済代行の手続きをしていないからモバイル決済はできない。仕方がないので、案内をしていただいた地元のスタッフに建て替えてもらった。

中国がキャッシュレス社会だとは聞いていた。北京でも上海でも大連でも、露天商を含めて多くの店が人民元を受け取ってくれない。VISAやアメックスやダイナースなどのクレジットカードも、空港やホテル以外では使えないところが多い。だからといって、わざわざ銀聯を準備していくのも面倒である。というわけで、ぼくたちのお買い物はずいぶん制約されてしまうのである。

それにしても旅順の道端で売られているサクランボまでが、QRコードによるモバイル決済とは思わなかった。もはや中国全土、スマートフォンで決済できないシーンはないと言っていいかもしれない。

モバイル決済の利点の一つは社会的コストの削減だろう。現金大国である日本の場合、現金決済インフラを維持するために、年間1兆円を超えるコストが発生していると言われる。もう一つの利点は、迅速な送金によって無駄な時間が減り、生活効率が良くなることだ。14億の人口を抱える中国では、これらが大きな意味をもつことは理解できる。

一方で、無料で便利なモバイル決済の代償として、利用者は個人情報を提出しなければならない。収集した個人データによって、プラットフォーム企業などが収益を上げるというビジネス・モデルが出来上がっている。

中国で見られるように、現金やクレジットカードを使えるのは一部の富裕層であり、それ以外の多くの人たちはモバイル決算に依らなければ生活できなくなっている。つまり貧困層にとってスマートフォンは必要不可欠のライフラインになりつつあるのだ。

中国だけではない。シリア難民にとって、それは生死にかかわる生活インフラになっている。白旗を掲げた4WDで無人の砂漠地帯を航行する家族の写真を見たことがある。内戦を逃れて隣国をめざす彼らにとって、スマホに搭載されたGPSは文字通りの命綱である。

あるいはテロを決行するISの戦士たちにとっても、スマホは必携のものになっている。同志たちと連絡を取り合うのもスマホだろう。末端の兵隊たちにとっては、コーランよりも必須アイテムと言えるかもしれない。

さまざまな犯罪にもスマホが使われる。あの手この手の詐欺やカード情報などの抜き取り。SNSやネットを使った性犯罪。なりすまし投稿による誹謗中傷。個人や学校などにたいする脅迫。LINEでのいじめや仲間外れ。そんなことが身近に起こっている。

どうやらコモディティ化したスマホは地球規模で貧困と不幸の指標になっているようだ。世界的に見てスマートフォンを必要不可欠のアイテムとして、身体の一部分のように手放せなくなっているのは貧困層であり、困窮している人たちであり、虐げられた人たちである。さらに社会的に疎外され、不平や不満を募らせている人たちである。つまり貧しくて不幸せな人ほど、スマートフォンへの依存度が高いということになる。

2007年にスティーブ・ジョブズが「3分間で100億円を生む」と言われたプレゼンテーションで華々しく発表したiPhoneは、いまでは70億の人類に深刻な孤立と対立をもたらしているように見える。それが意味するところは弱肉強食による生存競争の復活である。力のない者は虐げられ、貧困化していき、難民になったり犯罪者になったりテロリストになったりしている。

この世界をどう考えればいいのか、ぼくは大連のホテルでサクランボを食べながら深く考え込んでしまった。

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