アマゾンのジェフ・ベゾスに学んだ伝え方の極意
巨大IT企業「GAFA」の一角を占める米アマゾン・ドット・コム。創業者で最高経営責任者(CEO)のジェフ・ベゾス氏について、アマゾンジャパンで黎明期から長く広報の責任者を務め、同氏の言葉を直接聞いてきたAStory(東京都港区)の小西みさを代表は「希代のストーリーテラー」と表現する。小西代表にベゾス氏に学んだ伝え方などを聞いた。(聞き手・葭本隆太)
思わず人に伝えたくなるストーリー
-ジェフ・ベゾス氏の伝え方の特徴を教えてください。
わかりやすいストーリーにして伝えられますね。難しそうな話を簡単にするというか。聞き手の頭の中に情景が浮かぶような伝え方をするのが上手です。私自身、彼が話した素晴らしいストーリーが心に残っています。
-小西さんが特に記憶に残っているベゾス氏のストーリーを使った伝え方はありますか。
アマゾンの社員はメカニズムを作れと日常的に言われます。間違いが起きた場合は必ず原因があるはずで、それを分析して、(二度と)起こらない仕組みを作ろうということです。ベゾス氏はこれを伝える際に、トヨタの元従業員の方を物流センターに招いてカイゼンに取り組んだ時の話をします。「私がある部屋にたまっていたほこりをホウキで清掃していたところ、トヨタの元従業員の方に『なぜホウキで掃いているのですか、どうして汚れの基を取り除かないのですか』と指摘された」と。こうしたストーリーを聞くと理解が深まりますよね。
-ベゾス氏はストーリーで伝える習慣をお持ちなのですか。
きっとそうだと思います。ご自身では言わないですけどね。とても読書家で、それが影響しているのかストーリー仕立て(の伝え方)を頭の中で常に練っていらっしゃるのでしょう。
-なぜ伝え方としてストーリーが有効なのでしょうか。
思わず人に伝えたくなるからでしょう。特にPR(広報・宣伝)の観点で企業はそうしたストーリーを作っていけると強いです。(情報伝達ツールの)オンライン化が進む中で、拡散が期待できます。
-企業がストーリーを活用して自社をPRするにはどうすればよいですか。
まず自分たちの存在意義や強みを理解して、それが誰の役に立つのか顧客を特定することです。(その上で)アマゾンでは「逆算する」という言葉を使っていましたが、(存在意義を果たすといった)あるべき姿から逆算して自分たちが今何をしているのかを伝えることが大切です。
企画提案はプレスリリース資料を使う
-アマゾンジャパンの方に取材させていただくと、アマゾンのあるべき姿である「地球上で最も豊富な品揃えを提供する」というキーワードをみなさんが一様に説明されるのが印象的です。
アマゾン(のPR活動)は経営理念や企業としての存在意義を伝えることを柱に据えています。そのため、新しいサービスを開発した際も、「今回は経営理念のこの部分に貢献できる新サービスを作りました」や「新サービスによって顧客の生活がこう変わる。だから我々が存在する意味がある」という立て付けで紹介します。(社会とコミュニケーションしていく上では)経営理念を繰り返し、伝えていくということは長い目で見るととても大事です。
それに、経営理念は社内の人間が語れないと外には伝わりません。社内に浸透させること自体も大切です。「こうした存在意義を持つ会社、だからこうした事業を行う」ということを理解していないと社員は腹落ちして仕事ができないのではないでしょうか。ですから、経営理念などの浸透は社内コミュニケーションの上でも大切です。
-アマゾンの社内コミュニケーションとしては、企画提案をプレスリリース方式の資料で行うことも有名ですね。
新規事業の立ち上げ時には顧客を主語にしたプレスリリースやQ&A集を作り、それを読んで経営層が判断します。プレスリリースは伝えたいことや伝えるべきことが、その背景を含めて中途半端なままだとよくわからない文面になる一方、しっかり書き込めているものは1枚で理解できるよい素材です。パワーポイントの資料は(口頭で補足するので)、後で読み返すと内容がよくわからなくなります。リリースはそうならないですし、短時間で作成できます。
強みで攻める
-小西さんはまだアマゾンジャパンが黎明期の2003年に入社されましたが、企業としての認知度が高くない中でどのようにPR活動を展開されたのでしょうか。
アマゾンは「品揃え」「低価格」「利便性」という3つの柱をイノベーションで強化していった会社です。それを当初の強みであった「書籍」というカテゴリーを通して表現していきました。例えば、特に「ビジネス書」の品揃えが充実していたので、ビジネス書のランキングを作るといった取り組みを通して「ビジネス書を買うならアマゾンしかない」というイメージ作りをしました。当時の上司には「アマゾンは総合オンラインストアだから本屋と言われるな」とは言われましたけどね(笑)。
また、物流センターを初めて公開したことは大きかったと思います。当時は「いずれ日本から撤退するのでは」とも囁かれる中で、大きな施設を持ち、1000人単位の雇用を創出しているといった地に足の付いた姿を紹介しました。
-アマゾンは売上高などの数字は公表しないスタンスですが、それはメディアとコミュニケーションする上で大きな難点になりませんでしたか。
それはもう(なりました)。入社時は従業員数すら言えず、企業の規模感や成長の状況を伝えられなかったですから。(アマゾンは顧客に関係ないため基本的には数字の話はしない考え方があるのですが、)メディアの方はあきれていました。その中で、規模感などを伝わるように工夫してきました。例えば、毎年発行しているアニュアルレポートをくまなく探してみると、日本国内の売り上げの目安が書いてありました。全世界の売り上げの10%以上を占めていると。公表している数字ならよいだろうと、その数字などを使ってメディアとコミュニケーションしていました。
-黎明期のご苦労があった中で、「消費者が選ぶブランド価値が高い企業」に関わる民間の15年調査で初めてトップに輝きました。
PRだけでなく、ビジネスの長年の積み重ねによって得られた成果です。ベゾス氏は「今ある成功はかつて努力した人がいたからある」と言っていて、私はその言葉をずっと信じていました。自分が微力ながらコツコツやってきた作業が実を結んだのはとてもうれしいことでした。
-その後、17年に独立されます。
「もっと多様な企業をサポートしたい」と「広報の認知を日本で高めたい」という目的で独立しました。特に(後者に関連して)広報がこれからより大事になる(時代がくる)気配を感じていました。これまでは良いものを大量に作って市場に投入すれば、そこそこ売れました。ただ、今ではモノはあふれており、消費者には選択肢がたくさんあります。企業は自社製品が選ばれるとは限らない時代になりました。(だからこそ選ばれる可能性を高める手段として)広報人材を増やすべきだと感じています。
-AStoryの今後の展望を教えてください。
顧客企業からはPR活動だけでなく、事業開発から入ってほしいという言葉をもらっており、そうした部分はとても挑戦したいです。すでにできあがった製品やサービスをPRで手伝おうと思っても正直、(その内容によっては)難しい商品があります。そのため、前段階で私の視点でインプットさせてもらえれば、アウトプットもより効率的にできると考えています。
【略歴】小西みさを/ソフトバンクやセガなど複数の企業で10年以上の広報経験を経て03年にアマゾンジャパンの広報責任者に就任。「Amazon.co.jp」の黎明期から急成長した13年間の広報活動の中で多様なPR手法を活用してアマゾンをブランディングした。17年にPR活動のサポートなどを行うAStoryを設立し、代表に就任。著書に「アマゾンで学んだ!伝え方はストーリーが9割」。