日本語研究の第一人者が考える絶対失敗しない「オンライン会議」の運営
新型コロナウイルス感染拡大によりリモートワークが広がり、多くの企業でオンライン会議やチャットによる議論、情報伝達が活発になっている。場所を選ばず効率的に交流できるメリットがある一方で、対面に比べて相手の存在を感じにくいデメリットも指摘される。そこで『リモートワークの日本語-最新オンライン仕事術』や『日本語は「空気」が決める-社会言語学入門』などの著作を持ち、日本語研究の第一人者である国立国語研究所日本語研究領域の石黒圭教授にオンライン会議やチャットにおける有効な伝え方などを聞いた。(聞き手・葭本隆太)
独特の空気を理解しよう
-著書『日本語は「空気」が決める』では日本語はその場の「空気」を的確につかみ、言葉を選ぶことが重要と指摘されています。オンライン会議にも特有の「空気」はあるのでしょうか。
あります。空気を決める一つ目の要素は、発言権です。リアルの会議の場合は発言権が明確ではなく、お互いに譲り合ったり取り合ったりして揺れ、ひそひそ声の対話も発生します。それに対して、例えば(オンライン会議システムの)Zoom(ズーム)では発話者が黄色の枠で示され、それ以外の他者は静かに聞く、発言者中心の体制になります。
二つ目の要素は、参加者の対等性です。オンライン会議の画面には、参加者それぞれの顔が役職に依存せずランダムに同じ大きさで並びます。ホストが極端に強い権限を持ちますが、参加者同士は対等です。ズームの挙手機能などを使えば発言権は先着順で決まり、一旦発言権を得ると言いたいことを最後まで言えます。リアルの会議の場合、上座下座のように座る位置で発言権の強さが決まりやすいです。議長の権限が最も強く、その側から順番に偉い人が座り、席順によって偉い人に意見を求めるような忖度が生まれがちです。
三つ目の要素は、他者存在の希薄さです。他の参加者の存在を忘れてしまいやすいことは独特の空気といえるでしょう。オンライン会議は、バーチャルな空間なので、画面の向こうの参加者への配慮が欠けがちです。とりわけ、人数の多い会議では、一人ひとりの存在を意識しにくくなります。
-そうした特有の空気を持つオンライン会議の運営で大切なことは。
オンラインの良さを生かす考えを持つことです。オンライン会議の長所である参加者の対等な発言権を生かし、会議を多様な意見の共有の場とすることです。一方で、他者存在の希薄さを担保することも必要です。
-オンライン会議のメリットは。
会議時間が短くなる点です。主流の会話が明確に示され、発言権を持つ人は責任を持って話さなくてはいけなくなるので、余計な発言が減ります。また、参加者は冷静に考えてから発言するので、誰かの発言が火だねとなって売り言葉に買い言葉のようなやりとりも起こりにくい。リアルでは主流の会話に伴って雑談が生まれますが、オンラインではそれがなくなります。
-雑談がなくなるのは良いことでしょうか。
一つの議題を意思決定する会議であれば雑談はなくていいでしょう。ただ、雑談は互いの距離を近づけ、信頼関係を醸成する効果があるので、会議とは別の場所でその効果を補う必要があります。そもそも会議は普段の信頼関係で成り立っています。信頼関係があるからこそ、率直な意見が言い合え、よい会議になります。雑談がなく、堅くなりやすいオンライン会議は、最終的な意思決定には向いていますが、人間関係の形成や回復には向いていません。自由な発言がしにくく、決まったことしか話しにくいため、参加者の本音が見えづらいのです。このため、回数を重ねるたびに信頼関係を食い潰していき、互いの距離を遠ざけていくことが懸念されます。
-どのような場所で雑談の効果を補えばよいでしょうか。
個人間で誘い合ってオンライン会議システムの前後に小さいグループで顔を合わせるのもいいでしょう。可能であれば、健康上のリスクを極力避けつつ直接会うことも大事です。
配慮を欠いた一言が出やすい
-参加者の存在を忘れやすくなるオンライン会議の空気はトラブルの種になりそうです。
目の前に他者がいるリアルの会議に比べてオンラインは(その言葉を発言すべきか否かを判定する)言葉のフィルターの目が粗くなりがちです。それは自分の意見を率直に言えるという良い面とも捉えられますが、悪い方に働くことがあります。配慮を欠いた余計な一言はリアルの会議よりも出やすいように思います。自分の意見を伝える際には、画面の向こう側を強く意識しないとトラブルになりやすいです。
-オンライン会議は、発言者は感情を伝えにくく、聞き手の反応も受け取りにくくなる弱みも指摘されます。
発言者は少々大げさでもジェスチャーを併用して意思を伝える必要があります。聞き手の反応も大事です。オンライン会議では、発言者は自分の言葉が届いているか不安になります。一般に発言者以外はミュートにしているため、声による相づちは打てませんから、参加者はうなずきや視線を使って、発言者が話しやすい環境を作る必要があります。
-会議空間との距離によって会議に入り込めない参加者が出やすいと感じますが、そうしたケースにはどう対応すべきでしょうか。
参加者を会議に巻き込むのはホストの役割です。ホストには主体的な参加を引き出すために、参加者一人ひとりの顔を思い浮かべて(どのような意見を求めるかといった)それぞれの役割を決めておく準備が求められます。
さらに、会議中は自らホストの権限を小さくしていくべきです。オンライン会議ではホストの権限が極端に強く、ホストが一人で長く話す状態に陥りやすい点が大きな問題となります。ホストは参加者に頻繁に疑問を投げかけたりこまめに意見を募ったりして、自らの話す時間を減らし、出席者の主体的な参加を促すのが得策です。
チャットは受け手の捉え方に注意
-社内の仕事の連絡や相談、議論をチャットツールで行う企業が増えています。チャットで伝える際に注意すべきことはありますか。
記録に残り、言質を取られるおそれのある点です。極端な例で言うと、ハラスメント発言をした場合に訴えられる証拠になります。特にチャットはメール以上にやりとりのスピードが早いので、言葉を選ぶフィルターが粗くなるため注意が必要です。また、文字コミュニケーションの場合、受け手によって文面をきちんと読まずに読み飛ばす人も、書いてあること以上に深読みする人もいることにも注意が必要です。
-感情は文字では伝わりづらい分、感情を伝えようとすると書き込みすぎて、深読みする人の誤解を招く懸念があるように感じます。そこで誤解を招かない伝え方はありますか。
とても難しいですね。常に感情を入れずに、ビジネスライクな発信しかせず、そうしたタイプの人だと思わせるほうが楽でしょう。普段は丁寧に発信する人がビジネスライクな発信をすると冷たいと思われますが、普段からビジネスライクなキャラの人が丁寧な発信をすると評価が上がります。あとはなるべく否定的な言葉を避け、ポジティブな言葉を使うことです。ただ結局、(チャットによる仕事のやりとりでトラブルが起きるか否かは)互いの信頼関係に帰着します。やはりどこかで信頼関係を増強することが重要になります。
-信頼関係を構築しにくい外部の方とメールなどの文字コミュニケーションでやりとりする場合の注意点はありますか。
特に初めて連絡する際は注意が必要です。人は会ったことのない人の仕事の力量をまず文面で判断します。書いた日本語が駄目だと中身まで駄目な人という烙印を押されてしまいます。日本語の正確さは、仕事する上での有力な武器です。私はここ数年、クラウドソーシングのサイトに掲載される仕事依頼の文書を集中的に研究してきて、そのことを強く感じています。
-どのような研究結果だったのですか。
発注文書の日本語の質が、受注を集められるか否かに強い影響を及ぼすことがわかりました。敬語の使い方が不適切だったり、仕事を発注してやっているといった上から目線の文言を使用していたり。そういう文書は誤字脱字も多く、受注者の応募が少なかったですね。
-駄目な人の烙印を押されない文書を書く方法を教えてください。
提出・送付をする前に他者に読んでもらうのが理想です。メールを受け取ったら相手がどう思うのか指摘してもらうのがよいでしょう。自分が受け取った印象のよいメールを真似るとか、嫌だったメールを反面教師にすることも有効です。よい文章は、読み手の立場に立って考え抜かれた文章です。もちろん、文章に唯一の正解はないので、他者の目や他人からのメールを参考にしながら自分らしさを模索することが必要です。
【略歴】石黒圭(いしぐろ・けい)国立国語研究所教授、研究情報発信センター長、一橋大学大学院言語社会研究科連携教授。早大院文学研究科修了後、一橋大にて16年間日本語教育の現場に携わる。15年4月に国立国語研究所に移り、日本語教育を研究するかたわら、一橋大で大学院生の指導を行う。著書に『大人のための言い換え力』(NHK出版新書)、『日本語は「空気」が決める-社会言語学入門』(光文社新書)、『リモートワークの日本語-最新オンライン仕事術』(小学館新書)など多数。51歳。