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新型コロナで会社の売却を急ぐ中小企業オーナー、「後継者未定」の解決策は?

承継型M&Aに期待
新型コロナで会社の売却を急ぐ中小企業オーナー、「後継者未定」の解決策は?

70歳を超える中小企業経営者は2025年までに約245万人(写真はイメージ)

引退の目安となる70歳を超える中小企業経営者は2025年までに約245万人、うち約半数の約127万人が後継者未定と見込まれている。M&A(合併・買収)助言のレコフ(東京都千代田区)によると、事業承継型のM&Aは年々増加し、19年は616件。ここに来て新型コロナウイルス感染症による環境悪化や将来不安を背景に、会社の売却を急ぐオーナー系中小企業も出始めている。中小企業のM&Aをめぐる現状を追った。

「2、3月に比べて、4月は会社売却の相談件数自体は減ったが、このうち新型コロナ関連の相談は5割くらいを占めた」―。こう明かすのは経営承継支援(東京都千代田区)の笹川敏幸社長。「新型コロナがどうなるか分からないので将来が不安という経営者もいる。早く案件を進めてほしいといった声も上がっている」と話す。

経営承継支援には現在、外食業向けの食品卸や文具卸、ITサービス会社、一戸建て分譲などから売却希望の声が寄せられている。「新型コロナの感染拡大前とは経営者のマインドが変わってきており、事業承継を見つめ直す企業が増えている」(笹川社長)。

日本M&Aセンターも足元の売却相談数は前年同期比横ばいというが、新型コロナ関連では「外食やホテルに加え一番相談が多かったのがエステサロンや整体院だった」(竹賀勇人ダイレクトマーケティング部長)。製造業については「今、相談が増えているということはないが、経済の自粛が明けても需要が戻らなければ、売却相談が増える可能性はある」(竹賀部長)と指摘する。

M&Aによる中小の事業継続について、経済産業省・中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は、社外の第三者に譲渡して存続させることにより、「従業員の職場を残して雇用の受け皿を守ることができる」とし、「地域におけるサプライチェーンの維持にも資する」と指摘。特に、地域の中核企業が何らかの対策も行わず廃業した場合、多くの従業員の雇用が失われると警鐘を鳴らす。

新型コロナの感染拡大による経済危機の深刻化は、中小経営者の事業継続に対する意欲をそぐリスクとなる。そこで、第三者への企業売却は中小企業が事業を継続する有力な選択肢の一つとして見直されつつある。

一方でストライクの荒井邦彦社長は、「コロナ関連の譲渡案件は来てはいる。ただ、現時点では“雪崩を打つように”相談が来ているわけではない」と説明する。仲介会社に相談する以前に、「急激に業況が悪化している飲食、宿泊、インバウンド関連はM&Aを通り越して破産に移行している会社が多いのではないか」と推測する。

もっとも事業拡大を目指す企業にとっては、足元の経済状況を買収の好機とみている向きもある。「2019年版中小企業白書」も、中小のM&Aでは「経営者が気付いていなかったような事業の価値を譲り受け側が高く評価し、中小M&Aの成約に至るケースもある」と指摘。具体的には「中小企業の高い技術力や優良な取引先との人脈・商流、優秀な従業員、地域内・業界内における知名度・ブランド・信用といった無数の要素が評価の対象となり得る」と説明する。

経済危機下であっても、売り手企業の事業縮小が一過性と見なされれば、買い手が買収先の企業価値を高く評価することは可能だ。地域や業界内で一定の存在感がある企業であれば、第三者に買収されることで、事業継続や雇用確保ができる利点もある。

同白書によると、後継者を決定して実際に引き継ぐまでに、約半数が1年以上かけている。新型コロナ感染症の収束が見通せない中では、会社売却を急ぐ企業が出てきてもおかしくはない。ここ数年の変化では比較的低いコストで売り手企業側が活用できるサービスとして、オンラインでのM&Aマッチングサービスの登場がある。人材サービス系の大手企業も同分野には参入しており、中小企業経営者にとって会社売却のハードルが下がってきている状況もある。近年は全国47都道府県にある事業引継ぎ支援センターなど、公的支援機関による相談体制も整備されてきた。

政府の緊急経済対策には、中小企業の資金繰り支援も盛り込まれ、持続化給付金の申し込み受け付けも始まった。公的支援の活用や民間金融機関からの借り入れなど、事業継続の選択肢は複数ある。しかし経営者が高齢化し後継者が見つからない場合は、M&Aにより事業の存続を図る方法も有力な選択肢となりそうだ。

企業庁がガイドライン策定、座長に聞く

企業庁が3月に公表した「中小M&Aガイドライン」。検討会の座長を務めた明治大学商学部教授の山本昌弘氏に、中小企業のM&Aの現状と課題を聞いた。

―3月に公表したガイドラインではタイトルに「M&A」という文字が入りました。
「(前回のガイドラインを議論した)5年前は委員の方ですら、M&Aという言葉を使うのに躊躇(ちゅうちょ)があった。背景には中小企業からの抵抗感があったためで、当時は(インターネットでM&Aを仲介するサービス基盤提供者の)『プラットフォーマー』も登場していなかった。そういう状況からは前進した」

―今回のガイドラインを取りまとめた狙いは。
「趣旨としては民間主導で当事者の参考になるようなガイドラインを策定し、守るべきルールは自主的に守りましょうということだった。民間事業者の中で、最大公約数で合意できる内容にまとめた」

―中小企業のM&Aでは、仲介業者が売り手と買い手双方から報酬を得ますが、利益相反についてはどう考えますか。
「今回もそこは議論になったが、上場企業のM&Aとは違い、株主が少数に限られるなど、同列には論じられない面もある。また、プラットフォームを利用する場合、基本的に売り手は初期コストがかからずにできるといったメリットもある。後継者不足で廃業するくらいなら、M&Aによる事業承継を選択肢として考えるべきであり、利益相反については今後議論すべき論点であると考える」

(取材・宮里秀司)

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