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東電・川村会長が退任へ、ラストマンが語った危機との向き合い方

「民の声をつくるのも政治家の仕事」

東京電力ホールディングスの川村隆会長(80)が退任する方向で調整に入ったことが分かった。これまでに高齢を理由に退く意向を示していた。6月の株主総会を経て退任する。川村氏が兼務する取締役会議長の後任には、社外取締役の槍田松瑩元三井物産社長(77)を起用する案が浮上している。

東電会長については、実質的な筆頭株主の国が複数の企業トップらに就任を打診してきたものの、現時点で調整はついていないもようだ。後任は空席となる可能性がある。

川村氏はリーマン・ショックで苦境に陥っていた日立製作所をV字回復させた実績を買われ、2017年6月にJFEホールディングス出身の数土文夫氏の後任として東電会長に就任。11年の東日本大震災による原子力発電所の事故で経営難に陥った東電の社内改革と収益改善に向けたリーダーシップが期待された。

ただ、福島第一原発の汚染水対策や、経営再建に向け「収益の柱」(幹部)と位置付ける柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)の再稼働をめぐる地元調整は難航。再稼働の見通しは立たず、異業種参入が進む電力小売り自由化では顧客流出などの課題に直面している。

日刊工業新聞2020年4月30日

「危機はどこかで来る。備えをするべきだ」

東京電力ホールディングスの川村隆会長は、日立製作所が2008年度に当時製造業として史上最大の当期赤字を計上した後、会長兼社長として再建に奮闘した。日本は景気拡大が続く一方、世界経済リスクがくすぶる。今こそ必要な危機対策の本質を聞いた。※川村氏の「隆」は旧字体(右側"生"の上に"一")

日刊工業新聞2019年2月20日の記事に加筆

今が危機対策の時

 -日立と東電の再建に携わってきました。
 「日立は次に金融危機が来れば倒産するまで状況が悪化していた。1991-08年頃まで虚弱事業の見直しをサボっていたためで、本来は企業統治や経営トップの決意で防げる。大きな反省事項だ。今、日本企業は政策で保護され、働きが悪くてもそこそこ稼げる。余裕のある時こそ、非常時を想定した体質の健全化が必要だ。そうすれば、非常時に多くの人を救えるだろう」

 -日立はITバブルが崩壊した01年度も大赤字を出しました。
 「営業赤字となり、相当に致命的だった。その時は全体で人員を減らし、痛みを薄く分け合うという手を打った。だが、弱い事業が残ったため、数年後に火を噴いた。本当の対策は、伸びない事業をちゃんと潰し、伸びる事業に資源を移すこと。今の世の中の情勢を見ると、大金融危機はどこかで来る。備えをするべきだ」

稼ぐことが企業の使命、2倍稼げ

 -再建や企業改革のポイントは何ですか。
 「経験で言えば、英国や米国など欧米の空気を吸った人間や外国人、あるいは社外を経験した人間を会社に多く入れるといい。このままでは日本はダメだと思う人間。日立の再建時はそうした。小事は『情』でいいが、倒産危機ぐらいの大事は『理』で考え、実行しなければならない。海外で働いた人間は情と理のバランスがわかる」

 -米国に比べ日本企業の稼ぐ力の弱さが指摘されています。
 「企業は稼ぎ、社会に還元することが使命。国に保護された“ぬるま湯”に浸り、甘えたまま、少ない稼ぎで社会分配も少ないのは怠慢だ。この20年、日本企業は本当の変革への挑戦が決定的に足りなかった。企業は本気でイノベーションを考え、そして今の2倍稼がなければならない。日本は健康寿命の長い良い社会のため、稼げる国になれば世界の模範になれる」

“ラストマン”は小集団から生まれる

 -東京電力で生かせた日立時代の経験は。
 「イノベーションの重要さを社内に広めている。最初は小集団活動がわかりやすい。例えば、火力発電所の定期検査の短縮を目標にすると、加工期間の短い材料への切り替えや、試運転の改善などの案が出てくる。稼働日が増えれば、長さによっては例えば数億円を稼ぐこともできる。そこでよくやった人間を『君は意思決定して結果を出した“ラストマン”だ』と褒める。小さな組織で練習すれば、大きな組織でもやれる。そんな人間が出てきている」

東京電力HD・川村隆会長

 「こういった活動を重ね、既存事業を筋肉質化している。効率化によって浮いた人員で、再生可能エネルギー発電などの新事業をやりたい。既存事業と新事業で利益を出し、国から借りた資金を返す。普通の電力会社より稼げる会社にする。そこに、自分たちで考え、意思決定しながら会社を直す企業の風土が役に立つ」

LNGは誰かが買ってくれるものじゃない

 -エネルギー問題は次の世代への大きな宿題となります。
 「エネルギー問題は日本の大問題だ。失敗すると国力を低下させる。国が政策を出す前に、もっと国民討議が必要だ。石炭や液化天然ガス(LNG)を使い続けると、未来の資源を費やすことになる。また、日本の人口減少に伴う将来の国力低下を考えると、LNGを輸入する力は減っていく。日本には多くの電力を使う工場もあるため、原子力をベースに残し、再エネの発電量の変動の大きさを火力や水力で平準化させる形は考えられるのではないか。全てのエネルギーに長所と短所がある。長所だけではなく、それぞれの短所もしっかり比較し、国民の考えを収斂(しゅうれん)させなければならない」

 -政治の力が問われそうです。
 「今、子孫にツケを回すような問題が相当ある。後回しにして、今をぬるく生きようというのは卑怯だ。政治家は民の声を聞くのが大事だと言うが、民の声をつくるのも政治家の仕事。普通の民は『LNGは誰かが買ってきてくれる』と思っているが、皆が頑張らないと続かない。政治家は皆が言う事と違っても、正しい事なら納得させなければいけない」

本気でイノベーションを

 -今後、経営層になる50代の成長に必要なことは。
 「自分で考え、自分の意思決定で稼いだ実感を持っている人間があまりいない。会社の歯車として働いてきた人が多い。その状況を変えるため、孫会社などの小さな会社の社長にして、経営を経験させるのは一つの方法だ。本当は海外の孫会社の社長をやり、厳しい経験を積んだ方がいい。最終意思決定者ではない副社長ではダメだ」

 -大手企業からベンチャー企業への転職する若者など、働き方が変わり始めました。
 「イノベーション創出の担い手として、ベンチャーに期待している。大企業だけでは、なかなか社内に波風を立てて変革することまではできない。成功した起業家の話を聞き、日本を飛び出す若者が増えてほしい。語学力よりも、本気でイノベーションをやる気概の問題だ。また、ずっと1社に勤務する働き方も変わるかもしれない。小集団でラストマンを経験すれば、プロを目指して転職や学び直しを選択する人が必ず出てくる。もっと波にもまれてほしい」
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
日立と東電時代に何度もお会いして話をさせてもらった。読書家の川村さん。以前、取材で「日本が第二次世界大戦になぜ突っ走ってしまったのか。『敗戦真相記』は、“大リーダー”が10年にわたっていなかったことだと結論付けている。日常の仕事をきっちりこなす優秀な文官はたくさんいたし、国力を比較する情報も入ってきていたはず。方向を転換するたった1人の大物がいなかった。次に危機が訪れる場面では強いリーダーが必要で、多様性のある社会から、そのような人材は出てくると思う」と語っていた。会長を退いて落ち着いたら、大好きな歴史から「アフターコロナ」の時代について伺ってみたい。

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