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厨房ロボが熱い!食材、調理、AIと融合して異次元の味覚へ

日本厨房工業会谷口一郎会長インタビュー
厨房ロボが熱い!食材、調理、AIと融合して異次元の味覚へ

タニコーとコネクテッドロボティクスの食洗機ロボ

深刻な人手不足が厨房(ちゅうぼう)へのロボット導入を促している。設備投資の目的が作業の効率化から店を維持するための自動化にシフトしている。ロボットメーカーにとっては宿泊・飲食サービス業は69万6396事業所(2016年時点)の巨大市場だ。ただ1企業あたり設備投資額は16年で146万円と製造業の3988万円を大きく下回る。厨房はそこで働く人に最適化された現場だ。中途半端なロボット導入は、むしろ流れを阻害してしまう。日本厨房工業会の会長を務めるタニコー(東京都品川区)の谷口一郎会長に課題を聞いた。

─スタッフが集まらず、自動化ニーズは高まっています。業界の動向は。

「飲食業の担当者はレジ周りの軽減税率対応に追われていた。店舗の受動喫煙対策も4月1日の全面施行に向けて進んでいる。外国人スタッフへの訓練やマニュアル化もある。これらが落ち着いた春には厨房について腰を据えて検討できるようになる。また人手不足が続き、飲食業では作業を効率化してパフォーマンスを維持してきた。ただギリギリの人数で運営していると、急な欠勤が致命的になる。サービスが落ち、お客が離れ、スタッフを雇えなくなる。この悪循環を断ち切ろうとロボット技術への期待は高い。業界団体などの会合ではユーザーから『一日千秋の思いで待っている』と言葉を頂く。従来は人件費換算の費用対効果が導入の判断基準だったが、いくらかけてでも自動化したいというニーズがある」

─導入に向けた課題は。

「厨房にはその店のヒト・モノ・エネルギーの流れが集中する。厨房内は料理人や食材の動線、ホールを含めて料理や器、来店客の流れを最適化して効率を高めている。ここにロボットを導入する難しさがある。人と厨房機器、ロボットを含めたインテグレーションが必要だ。宿泊・飲食店は業態の数だけ厨房レイアウトのパターンがある。そして季節によって器やメニューが変わる。夏は涼しげなグラス、秋には紅葉、春には桜をイメージした小皿など、日本の飲食業の細やかさは強みだが、これを扱うロボットにとっては難題だ。画像認識用のデータを集めたり、認識モデルを更新したりといったサポートが必要になる。汎用的なロボットなら、どんな厨房でも働けるということはないだろう」

クレープロボ「Q」は1枚の生地で3色・3味・3食感をだせる

─ロボット各社が協働ロボットを製品化するなど、選択肢は広がっています。推進要因は。

「厨房では料理人とロボットが共存するため協働ロボットの選択肢が広がることは追い風だ。またケーブル類を内蔵して丸洗いできる機体も出てきている。飲食では衛生管理や異物混入対策が徹底される。蒸気や油煙、酢などの酸に対応する機器が充実するとよい。ロボット用の衛生服やカバーなど、手間のかからない仕組みが求められる。またロボットアームと同様にカメラやセンサーも衛生対応する必要がある。厨房ごとに特徴があり、変化も早い現場だが、給食やホテルなどの特定の作業を繰り返す場面から導入が進むだろう」

「例えば副菜の小鉢を大量に作る場面がある。椀の盛り付けは人がやり、見栄えをチェックするが、椀のふたやラップがけは自動化したいというニーズがある。一つひとつふたを置いていく作業に人手がとられている。単純な作業だが器を選ばずにふたをおけると助かる。ラップも一度に広くかけてから一椀一椀に切り分ける。刃物は欠けて異物混入のリスクになるため使いたくない。レーザーなどで対応できれば安心だ。自動化への逼迫(ひっぱく)度が増し、我々も発掘し切れていないニーズが多々ある」

─高価なロボット技術を使わなくても解消できる自動化も少なくないはずです。IoT(モノのインターネット)など、センサーとネットワーク化で対応できるニーズは。

「厨房機器各社の知恵の出しどころだ。例えばボイラーは自動制御機能で認定をとると自動起動ができるようになった。加熱調理機も業務用は火力が強いため厳しい安全対策が求められてきた。監視機能で自動起動が規制緩和されると現場の負担は軽くなる。点火スイッチを入れるためだけに朝早く店に出てこなくてもよくなる。フライヤーでは重量を量り、過剰投入を防ぐシステムがある。油の温度が下がると、火の通りが変わるためだ。水分の蒸発量を計り、揚げすぎを防ぐシステムもある。装置の故障予測や診断も難しくないはずだ。厨房が止まる前にサポートできる」

コネクテクテッドロボティクスとタニコーが開発したとハンバーグ調理ロボ

─製造業では工場に多数のカメラを配置して、人工知能(AI)技術で作業者の動線や作業時間などを分析する例が増えています。

「厨房とAIカメラの相性は良いだろう。注文データと照合すれば料理人がどの料理を作っているか推定できる。メニューごとに時間や動線を計り、どんな時に効率が落ちるのか洗い出して最適化できる。帽子やマスクに認識用コードを描けば一人ひとりの調理の習熟具合を計れるだろう。厨房の状態を可視化し継続的に改善していける。もし来店客の理解が得られるならば、料理を食べ進むスピードを計り、厨房で次の料理を作り始めるタイミングを調整することも可能になる。スマホで料理を撮る様子をカウントできれば、料理の見栄えへの評価を推し量れる。参加交流型サイト(SNS)への投稿は広告につながる。必ずしもハイテクを使う必要はないが、お客の笑顔を厨房に届けると料理人は苦労が報われる」

─ロボットやAIなど、幅広い人材を惹きつけられますか。

「工業会の課題だ。もちろん新技術だけでなく調理プロセスも科学的な解析が進んでいる。例えば炭火焼きがなぜおいしいのか。1000分の超長時間低温加熱で食材がどう変化するのか。人手ではできなかった精密な温度管理が可能になり、さまざまな分析が進んでいる。また葉物野菜の品種改良で、芯を切ると葉がばらけ、人間がほぐさなくてもいい品種が売れている。こうした農作物の変化は調理機器をも変化させる。厨房は食材や調理、ロボット、AIなどの異分野の知恵が融合する場だ。幅広い人材を求めている」

日本厨房工業会会長の谷口一郎氏

【追加コメント】

 

厨房ロボットは高層マンションや高齢者共同住宅などのシェアキッチンへの導入がターゲットの一つです。住宅向けは作業の費用対効果よりも客寄せ効果などを狙って、レンタルやサブスクで提供しやすいです。ロボットでソフトクリームを巻いたり、ビールを注いでもいいかもしれません。また搬送ロボもシェアキッチンから各戸への配膳を担えます。搬送ロボはショッピングモールやオフィスなどの施設内物流に提案されることが多いですが、人間が走り回っている場にロボットをいれても、費用対効果を厳しく求められてしまいます。営業努力を重ねていった結果、本来請け負わないはずの作業も現場が負担していることは多々あります。

高層マンションでは若い共働き夫婦を狙ってコンセプトをつくる例があり、千葉ではドローンの着陸ポート付きのタワーマンションが構想されました。ドローンでなくてもエレベーターと連携すれば搬送ロボで十分だったりします。両親が子どものご飯を作れない日も、シェアキッチンに家事代行さんを呼んで、複数世帯のご飯をまとめて作ることも可能です。仮に200戸のマンションで20世帯の料理を作ると人手では配送してられません。一部をロボットで料理を各戸に届け、子どもには普段からロボットの働く姿をみせておく。テクノロジーを好み教育熱心な世帯が集まると、併設する店舗や教室の賃料も適切なものにできます。ロボ代を共同管理費から捻出できるのか、数は出るのか難しいですが、飲食店や商業施設などの費用対効果とはまた違った提案ができると思います。


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日刊工業新聞2020年3月4日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
料理人を輝かせるため、厨房機器は黒子に徹してきました。ただ人手が足りないのは飲食業も厨房機器メーカも同じで、さらに厨房各社は新しい技術の獲得も進めないといけません。工業会は異分野への発信を増やして広く人材を求めています。日本の「食」の裏方を支える仕事は面白いでしょうか。技術者視点では少し前の先端技術で解ける課題が多々あって人手不足で採算がとりやすくなりました。研究者視点では研究課題は尽きることがなく、得意分野に引き込めば異分野融合を先導できそうです。産学連携や社会実装には困らないと思います。

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