巨大市場「厨房」、ロボットがこじ開けるか
飲食店やホテルなどの厨房(ちゅうぼう)がロボットの進出先として注目されている。厨房はその店のエネルギーや人材、食材、情報が集中する場だ。オーブンや飲料ディスペンサー、食器洗浄機などの専用機器をスタッフが使いこなし、徹底的に効率が高められてきた。ここにロボットアームをただ導入しても費用対効果で勝てない。そこで厨房機器メーカーとロボットベンチャーが組み、現実的な導入シーンを模索している。厨房という巨大市場をこじ開けられるか。(取材=小寺貴之)
■動線の最適化につなげる 食洗機から食器片付け
「厨房は人や食材、器などの動線をきれいに設計しないと効率が上がらない。一つの作業の自動化ではなく、人とロボ、厨房機器を含めた全体を最適化する必要がある」。タニコー(東京都品川区)の谷口一郎会長(日本厨房工業会会長)はロボット導入の難しさをこう説明する。厨房は専用機と熟練スタッフの組み合わせで高い生産性を維持してきた。トヨタ自動車出身の但馬竜介TechMagic(同港区)取締役は「製造業の工場がカラクリと職人で生産性を高めてきたように、厨房には専用機とベテランの文化が根付いている」と指摘する。それらの専用機は3四半世紀に渡る価格競争に鍛えられてきた。
人間が担ってきた作業をそのままロボットアームに置き換えるのは容易ではない。厨房では人間とロボが共存するため稼働速度を上げることも難しい。食材の認識やハンドリングにも時間がかかる。フジマックの熊谷光治社長は「すでにレイアウトが最適化されている所に後からイレギュラーなロボを入れても機能しない」と説く。あるシステムインテグレーターはアーム1本で数百万円するシステムを導入するなら「働き手の給料を上げた方が報われる」と参入しない理由を明かす。
但馬TechMagic取締役は「適用先を選ばないと、何らニーズのないシステムを作ってしまう」と説明する。TechMagicはフジマックと業務用食洗機から食器を回収するシステムを開発する。航空会社向けのケータリングやホテル、病院などの大型厨房を想定する。2台の産業用ロボで作業を高速化した。処理能力は1時間当たり1200枚が目標だ。
従来は3―5人が衛生服を着こみ、蒸気や熱気にさらされながらベルトコンベヤーで排出される食器を黙々と片付けていた。深刻な人手不足を受けて、人が集まらなくなっている。熊谷フジマック社長は「航空会社向けサービスでは食洗機ラインが止まると飛行機を止めることになる。逼迫(ひっぱく)したニーズを受けて開発を決めた」と明かす。
タニコーはコネクテッドロボティクス(東京都小金井市)と食洗機からの片付けロボを開発する。ロボットアームが洗浄ラックに食器を並べ、バッジ式の業務用食洗機に投入する。洗浄後は食器を分類して並べる。2本のアームは通常の食洗機レイアウトを壊さずそのまま導入できる。
厨房機器各社は製品をそろえて総合販社の側面を強めてきた。そのため厨房全体を設計するシステムインテグレーターとして機能している。装置の配置に加え、料理人の動線やホールを含めた料理の動線も最適化する。谷口タニコー会長は「これまでは人件費と比べ費用対効果を計ってきたが、飲食店からは人手不足でも店を開けるための自動化が求められている。一刻も早く完成させる」と力を込める。
専用機とロボットの相乗効果も重要だ。例えばフジマックの食洗機は排熱が少なく、周囲が高温にならない。ロボットのセンサーが蒸気や熱で誤作動しにくく、装置の近くにロボットを配置してスペースを節約できる。
伊藤工機(三重県四日市市)はIH(電磁誘導加熱)式加熱調理機を製造する。IHは周囲に熱が逃げにくいためロボットを隣に置ける。デンソーウェーブ(愛知県阿久比町)の小型ロボ「コボッタ」を据え付け、調味料や具材を投入させる。熊﨑珠起部長は「調味料を注ぐ速さや動きを細やかに再現できる。順番やタイミングはタイマー式の方が現場は扱いやすい」と説明する。チャーハンなどメニューごとにコボッタの動きを作る。
厨房機器メーカーは配膳ロボも手がける。ホシザキは協栄産業などと料理の運搬ロボを開発する。料理を届けてもテーブルに移せないため、来店客に取り上げてもらうよう案内する必要がある。接客や客寄せの要素が重要になるため外見をキャラクターにした。250万円程度の販売価格に収めるため、床に貼った反射テープとRFIDマーカーを読み取る番地走行方式を採用した。
ソフトバンク傘下のアスラテック(東京都千代田区)は香港RiceRobotics製の「RICE」を今春に発売する計画だ。ホテルやショッピングモールなどでの施設内配送を担う。飲食向けはフードコートやマンションのシェアキッチンから各戸への配送を想定する。一般に人や障害物を回避できる運搬ロボも、混雑して囲まれると身動きできなくなってしまう。道を空けたり、助けを求めるなどのコミュニケーション機能が必要になるため、やさしい表情にした。事業開発担当の水口キリコ氏は「社会がロボとの共存に慣れるまでは、ロボのデザインが大切になる」という。
■ハードル高い「調理」 “壊れない”クレープ焼き
調理のロボット化も難題だ。モリロボ(浜松市中区)はクレープ焼きを自動化した。森啓史社長は「アームやセンサーを使う選択肢はなかった。壊れて現場が直せない装置は信用されない」と指摘する。クレープロボット「Q」は3種の生地を混ぜて3色・3味・3食感の生地を焼く。写真映えし、食べるにつれ味が変わる。
Qは回転する加熱鉄板にクレープ生地を垂らし、ブレードでならして厚み1ミリメートルに対して誤差をプラスマイナス0・2ミリメートルに焼き上げる。アームだと位置誤差がプラスマイナス0・2ミリメートル以上あり、補正にセンサーを使うとコストに跳ね返る。そこですべて機構で実現した。信頼性を高めるためにバネさえ削減している。生地を止める栓機構は自重で閉じる。森社長はスズキの生産技術出身で「太陽と重力はタダと教えられ育った」と振り返る。
TechMagicも自動調理ロボを開発する。炒める・ゆでるなどの工程をモジュール化し、料理に応じて組み合わせる。機構を随所に使ってコストを抑えた。大手飲食チェーン向けに一連の調理を自動化し、現在は速度向上へ設計を見直している。但馬取締役は「ロボットでそこそこの料理をリーズナブルに提供できれば、飲食店には後戻りできないほどのインパクトがある。世の中を変え得る」と展望する。
【追記】Zumeピザのレイオフ報道で、やはり調理ロボットは難しいと思った人は少なくないはずです。ソフトバンクビジョンファンドなどから出資を集めていましたが、資金力で解決できる問題は限定的なのかもしれません。日本でもロボットアームが厨房を占有している例をみると、運用性をどう説明するつもりなのかと思います。人と機械を含めた、システムインテグレーションの研究としては、厨房はいつまでも最先端で、課題の尽きない現場だと思います。一方、市販のロボットアームに頼らず、カラクリを駆使してコストを下げていくと、姿がだんだん専用機になっていきます。専用機に回帰すると、夢がないと評価されるそうです。モリロボの森社長は「なぜロボットや最新技術を使わないのか」と銀行やベンチャーキャピタルに問われてきたそうです。なんだか難しい問題です。こういう相手からの投資を受けてしまうと、IPOに向けてレールを敷かれて、何が何でも走らさせられるのでとても大変です。宿泊・飲食サービス業などのCVCから投資を受けられるといいように思います。
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