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【ノーベル化学賞・吉野彰氏インタビュー】電池の未来、データ社会の未来、研究者の未来

環境問題へ関心が高まった2019年の流れを引き継ぎ、20年は「何を実行するのか」が問われる年となる。リチウムイオン電池の研究で19年のノーベル化学賞を受賞した旭化成の吉野彰名誉フェローは授賞式を終え、どう思いを新たにしたのか。精力的な活動の原動力である研究の最新事情やおもしろさについて聞いた。

―スウェーデンでのノーベル賞の授賞式を終え、心境に変化はありましたか。
「約10日間の現地滞在で、一番大事にしていたのはノーベルレクチャー(記念講演)だ。環境問題に対して一つの解決シナリオを含めメッセージとして出した。この内容を現地の子どもたちに話した時の反応が印象的だった。『大人が解決の道筋を見せないといけない』と、受賞者として一層の責務を感じた」

―子どもの反応は、大人と違うのですか。
「無人で走行・充電する電気自動車(EV)を社会で共有する『AIEV』のシナリオを話すと、子どもの感想は『ほっとした』『安心した』だった。AIEVは個人の費用負担を減らし、再生可能エネルギーを有効利用する考えだ。環境問題は突き詰めると、人間が存在することで生じる。大人は本音と建前で環境問題をみるが、子どもは純粋に『自分が生まれたこと』と直接結び付けて考える。環境問題が心の重荷になっていた」

―未来に対し、責任は重大ですね。
「ノーベル賞受賞の理由は、モバイル社会への貢献と地球環境問題の解決への役割だ。前者は実現したところだが、後者はこれから。受賞によって私の一言にも重みが増す。さまざまな場で、しっかり発言していく。答えの出ない、堂々巡りの環境問題の議論は止めなければいけない」

クラウドの世界と「モノ」がつながり社会課題を解決する

―シェアリングによって、解決を目指すのですね。
「リチウムイオン電池だけではなく、人工知能(AI)や第5世代通信(5G)と融合して答えを出す。今のITの世界では、昔レコードで聴いた音楽がクラウドの世界に入り、データとして共有化されている。データの次は『モノ(実物)』がクラウドの世界へ入り、所有のあり方が変わる」

―シェアリングは、電池の研究開発にどう影響しますか。
「電池特性の改善は曲がり角に来る。現在のEVの課題は値段と走行距離であり、『安価で』『容量が大きく』『長期信頼性』のある電池が求められる。3点をバランス良く高めるのは難しい。だがシェアリングすれば、高価で蓄電容量の大きくない電池であっても個人の費用負担を減らせる。長期信頼性だけを改善するのであれば、いとも簡単にできる」

―車以外で、モノがクラウドの世界に入るとどうなりますか。
「例えば、キャベツがAIやIoT(モノのインターネット)とつながれば、フードロス問題を解決できる。いつ・どこで・どれだけ収穫できるかデータを集め、必要な時、必要な量のキャベツが必要な場所へ自動で移動すれば、廃棄をなくせる。これは無人で実現できないとダメだ」

教科書を書き直すような新データ相次ぐ

―リチウムイオン電池の研究で、一番ホットな話題は何ですか。
「全固体電池において、従来の教科書では説明しきれないデータがたくさん出てきている。教科書を書き直さないといけない」

―以前に「リチウムイオンとは何ぞやに立ち戻る必要がある」と言及されました。
「電池の中のリチウムイオンは、周りに5―6個の溶媒分子がくっついた『溶媒和』の状態で動く前提で考えられている。そうでなければイオン伝導性は出ないため、必要なことだ。そもそも周りに溶媒のない“裸のリチウムイオン”は、存在が証明されていない。ただ、裸のリチウムイオンがあれば、もっと速く動ける」

「全固体電池の研究で、『完全に裸ではないが、溶媒和よりも小さい状態で存在している』と思われるデータが出てきている。イオンの移動スピードが速い。全固体電池の研究が進むことで、サイエンス的にどのようなものが出てくるのか、非常に興味深い。とてもわくわくしている」

―裸のリチウムイオンに近い状態を電解液の中で作れれば、イオンの移動が非常に速い電池もできますか。
「そういった可能性もある」

研究者としてどう生きるか 壁の先にゴールがある

―独創的な研究を行うため、研究者には何が必要ですか。
「製品を使う立場に立って客観的に見ること、つまり評価能力が必要だ。私の場合、最初は電池の素人で、電池の常識にとらわれずに研究できたことがよかったと思う。部外者の視点で挑戦する。こうした状態をつくるには、専門テーマと別の楔(くさび)を自分の中に打ち込むといい。異分野との融合を企業やグループ間だけではなく、1人の研究者の内部でもやるべきだ」

―若手研究者とは、どのような話をしますか。
「技術的な中身をとことん議論することに加え、モチベーションの維持などを質問される。進んだ先のどこかに『ゴールは必ずある』と自信を持てれば、モチベーションは維持できる。目の前に乗り越えるべき壁がどんどん出てくるほど、ゴールに近づいている」

日刊工業新聞2020年1月23日
梶原洵子
梶原洵子 Kajiwara Junko 編集局第二産業部 記者
<取材後記> 温室効果ガス排出量の抜本的な削減に向けた国際研究センター「ゼロエミッション国際共同研究センター」のトップに吉野名誉フェローが就任することが17日に発表された。環境問題の解決に向けた日本の推進役として、ますます期待が高まる。 日本は19年、環境団体の国際ネットワーク組織が温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」を2週間で2回も受賞した。個々の企業や団体は研究などにコツコツと取り組んできたが、国として未来に対して約束する責任に尻込みした結果だ。 明るい人柄で魅力的な吉野名誉フェローだが、未来への道筋をつけるべく、政治や産業界などに向けた厳しい発言にも期待したい。

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