柚子から精油を抽出する高知の特殊車両メーカー
柚子やすだち、いよかんといった柑橘類の産地である四国地方。なかでも柚子は高知県が生産量全国一位を誇る。これら果汁は飲料などに利用されているが、問題は搾汁後の果皮。芳香成分である精油が多く含まれており、活用しない手はない。柚子製品の製造過程で排出される果皮から精油を効率的に取り出すことができる装置を開発したのが、兼松エンジニアリング。環境関連の特殊車両で培った技術力が、地域の産業の多角化を下支えすると同時に、同社にとっても新たな事業領域を切り拓く原動力となっている。
強力吸引作業車や高圧洗浄車のトップメーカー
兼松エンジニアリングは、強力吸引作業車や高圧洗浄車、ビルメンテナンス用清掃車といった特殊車両の製造販売を手がけ、強力吸引作業車や高圧洗浄車は国内トップシェアを誇る。1971年の創業当初は「クール・スパウト」という冷却装置を製造していたが、造船所や製鉄所といった納入企業から、「鉄粉や破片を吸い込む装置がほしい」との要望に応え定置型吸引機を開発。現在の強力吸引作業車の源流にあたる。以来、半世紀にわたり、特殊車両の開発、製造技術を蓄積してきた。
高い市場占有率に裏打ちされた安定した事業基盤を確立しつつも、さらなる成長を目指し、新規事業の育成に取り組んでいた2000年代初頭、吸引車のユーザーから「収集運搬する汚泥を脱水して減容化したい」という声を受け、高知県工業技術センターと共同で、マイクロ波を利用した汚泥の真空乾燥装置の基礎研究に着手。1年あまりで技術開発にめどがつくも費用対効果などで従来の蒸気ボイラ式との差別化が困難で頓挫しかける。
農業分野が装置を求めていた
ところが、思いもよらぬ世界が同社の技術を求めていた。
地元、高知県内の農業協同組合では、柚子製品の製造過程で排出される大量の果皮の活用に頭を悩ませていた。ほとんどが畑の堆肥になるか廃棄処分せざるを得ない状況だったという。こうした中、馬路村農協組合長がとりわけ新技術への関心が高く、工業技術センター長と懇意だったことなどもきっかけとなり、マイクロ波を用いた濃縮装置を研究していた兼松エンジニアリングとの間で、搾汁後の果皮から高品質の精油を効率的に取り出す研究開発プロジェクトが始動。経済産業省の「地域イノベーション創出研究開発事業」としても地域の関係者が一体となって進められ、成果につながった。
これまでの精油抽出では水蒸気蒸留法が一般的だが、蒸溜時間が長く抽出時の温度管理も困難なことや大量の水分を含んだ残渣の処分といった課題を抱えていた。馬路村農協と高知県工業技術センターとともに、同社が開発した「マイクロ波精油抽出装置」の最大の特徴は、無添加、低温、低運転コストで抽出できるところにある。この結果、抽出効率の向上と水分を含んだ残渣の処分というふたつの課題を克服した。
仕組みはこうだ。マイクロ波で食品の水分子にエネルギーを与えて加熱する電子レンジの仕組みを応用し、マイクロ波を蒸留タンク内に照射し、柚子の果皮にある油胞内を直接加熱、膨張、破壊することで効率よく精油を抽出する。
蒸留タンクの中を減圧すれば沸点温度が下がる。柑橘に含まれる香り成分は熱に弱く、温度が60度以上になると熱劣化を起こすが、同社が開発した装置は常温に近い40度で抽出することに成功。有効成分を逃さず精油を抽出できる。
真空技術とマイクロ波加熱技術が実現する不純物のない精油。「香りに触れた方からは『トップ(香りの立ち上がり)が良い』と評価して頂いてます」(栁井仁司専務)と胸を張る。
開発の裏にある独自技術
成功は偶然ではない。連続式装置の場合、「タンクを真空にする技術は、吸引車で培ってきたノウハウ。当社の要素技術が生かされているのです」。山本琴一社長はこう解説する。とりわけ処理タンク内の圧力を一定に保ちながら原料を絶えず出し入れする技術、ここが当社の真空技術がいかんなく発揮されている。
「もっと大量に処理したい」とのニーズに応え開発した連続式装置は、乾燥機能も付加しているため、最終残渣は乾燥状態で出てくるため、家畜の餌として使える。「もともと廃棄物であった柚子の皮が、精油と芳香蒸留水と飼料の三つの有価物に変換する」(開発部の山中恭二マネージャー)。まさに資源循環で価値創造する姿を体現する。
こうした精油抽出装置は、柚子以外の柑橘類や、植物から有効成分を抽出できることから、一次産業、二次産業において活用の可能性が期待されている。従来法では不可能だったフレーバーを抽出できることから新商品開発の切り札となる可能性もある。さらに果皮からの精油抽出のみならず、コーヒーや紅茶のフレーバー抽出やトマトの濃縮など着実に用途を広げつつある。
一方で、販路開拓の難しさも実感している。特殊車両とは異なる産業分野となるだけに、いかに関連する市場との接点を見いだすかが目下の課題。「数年前から食品関係の展示会への出展を重ね、ようやく手応えを感じるようになってきました」(同)。新たな事業の柱として育成する構えだ。
地域に根ざしたものづくり貫く
「特殊車両もマイクロ波抽出装置も販売先は全国だが、地域に根ざしたものづくりを貫きたい」と語る山本社長。事実、装置に用いられるサニタリー仕様の食品タンクは当初、県外企業に外注していたが、数年かけて地元企業が製作できるよう取り組んできたという。
エンジニアリング企業を標榜する同社だが、「ハイテクの集団ではない。むしろローテクをベースに経験を積み上げてきた技術者集団」と自負する山本社長。その原動力はユーザーニーズに応えること。産業領域の融合が進むいまだからこそ、技術に裏打ちされた「土佐にあって土佐になかった企業」としての存在感が発揮されそうだ。
【企業情報】
▽所在地=高知県高知市布師田3981-7▽社長=山本琴一氏▽創業=1971年▽売上高=106億円(2019年3月期)