#1
人間が生物を絶滅させることは「失敗」なのか?
【なぜ?なに?失敗】#1 動物ライター 丸山貴史氏インタビュー
「失敗」と聞いて何を思い浮かべるだろう。取り返しのつかないもの?それとも成長するための礎?見方によって答えは変わる。そこで多様な有識者になぜ失敗が起きるのか、失敗とは何かを聞いてみた。>
現在地球上に生き残っている生物の陰には、おびただしい数の絶滅した生物たちがいる。彼らはそれぞれの時代で強者として繁栄したが、環境の変化により絶滅していった。絶滅は進化の「失敗」だと言えるのだろうか。
そんな絶滅した生物たちを個性あふれる文章で紹介した『わけあって絶滅しました。 世界一おもしろい絶滅したいきもの図鑑』が好評だ。同書には「やさしすぎて絶滅」「デコりすぎて絶滅」「笑いすぎて絶滅」など、一見ユニークな絶滅理由が並ぶ。著者の丸山貴史氏に、進化の「成功」「失敗」、生物の生存戦略について聞いた。(取材・昆梓紗)
―本書にはさまざまな理由で絶滅した生物が紹介されていますが、大規模な火山の噴火や隕石など、容易には避けがたい理由も多くあります。
進化というのはゆるやかに環境に適応していくものなので、突然の環境変化が起きると対応ができません。そのため、地球規模で環境が変化すると、たくさんの生物が絶滅してしまうんです。
―ある方面に特化しすぎて絶滅する生物も多く紹介されていますね。
その一方で、ジェネラリストである有袋類のオポッサムは、白亜紀から生き残っています。彼らは特定の環境に適応しすぎていないので、どんな環境でも生きられるというのが強みです。だから、森でも住宅街でも暮らせます。でも、長く生きのびてはきましたが、あまり繁栄しているとは言えません。
しかし、環境に対して高度に適応し、数が増えたり、体が大きくなったりすると、ほかの生物を押しのけて繁栄することができます。でも、環境に適応しすぎてしまったものは、それが少しでも変化するとガタガタっと崩れていく。これは生き残りに失敗したとも言えますが、ある時期に天下を取る戦略と考えれば成功しています。
例えば中生代に生息していた魚竜は、イカに似たべレムナイトを主食にしていたため、ベレムナイトが減少すると絶滅してしまいました。それでも、数千万年は繁栄しているので、戦略に失敗したとは言えません。太く短く生きるか、細く長く生きるかの違いですね。ビジネスで言うと、時流に乗って一山築き、すぐに撤退する企業と、昔ながらの商売を堅実に続ける老舗の違いでしょうか。
―繁栄しすぎると絶滅するリスクも高まるということでしょうか。
繁栄のひとつのパターンとして、大型化があります。体が大きくなると、戦いにおいては有利ですが、多くの食べ物や広い生活空間も必要です。そのため、個体数を増やすのは難しく、環境の変化にも弱くなります。例えば、住んでいる森が道路で分断されると、異なる血族と交尾することが難しくなり、近親交配が進んで自滅することがあります。バリ島に生息していたバリトラなどがその例です。現在でも大型哺乳類のほとんどは絶滅の危機にあります。
―「やみくもに上陸して絶滅」など、選択ミスをして絶滅した動物も登場しています。
デボン紀後期のイクチオステガは、初めて陸を歩いた脊椎動物です。でも、重力に耐えるよう体を頑丈にしすぎて動きはのろくなり、しかも当時はまだ陸には獲物となるような生物があまりいませんでした。ただし、後に両生類は上陸に成功するのですから、彼らの試みも無駄ではなかったと思います。
―「細く長く生きる」ことが成功でしょうか、「一時代を築いて繁栄する」ことが成功なのでしょうか。
どちらも成功で、長生き派のジェネラリスト、繁栄派のスペシャリストということだと思います。両者の間にグラデーションはありますが、基本的にはトレードオフの関係です。
―絶滅は生存戦略の「失敗」と言えるのでしょうか。
ある時期までは成功していた戦略も、突然の環境の変化が起これば通用しなくなります。地球の誕生以来、環境は刻々と変化し続けていますから、生物にとって絶滅は、失敗ではなく必然だと言えるでしょう。
―現在一番栄えている生物は何だと考えていますか。
種数や個体数では昆虫ですね。昆虫の体の設計は大きくなるのに向いていませんが、小さいことでさまざまな環境に入り込めます。しかも、飛翔力があり、短命で世代交代が早いので種分化もしやすい。それが多様性を生み、あらゆる陸上環境に適応していきました。
ただ、一番存在感のある種を挙げるなら、人間でしょうね。ホモ・サピエンスが登場してから25万年程度しか経っていないので期間的にはまだまだですが、急ピッチで増殖し、地球の環境を改変していますし。
―そんな人間が絶滅して、「〇〇すぎて絶滅」と紹介するとしたら。
それはもう、「増えすぎて絶滅」です。現状のままでは食料不足になるのは目に見えているので、100億人は生きられないでしょう。
最新刊の『続 わけあって絶滅しました。 世界一おもしろい絶滅したいきもの図鑑』には、数が多かったのに絶滅した生物としてロッキートビバッタを掲載しています。一時は12.5兆匹もの群れが観察されましたが、そのわずか28年後に絶滅しました。アメリカの人口が増え、産卵場所だった河原の砂地が農地化されたことで絶滅したと考えられています。いくら数が多くとも、短期間で滅びてしまうことは実際にあるんです。
―最新刊にはほかにどのような生物が掲載されていますか。
有名なところでは、半分だけ縞模様のあるシマウマのクアッガですね。最近では、シマウマに縞があるのはツェツェバエに刺されにくいからという説が有力です。クアッガはツェツェバエのいない南アフリカまで分布を広げたことで、縞模様の意味がなくなり消えかけていたのでしょう。しかし、そこは人間にとっても住みやすい環境だったため、ヨーロッパ移民による乱獲が進み絶滅しました。
また、「絶滅しそうでしてない」ものには古細菌がいます。地球に酸素がほとんどない時代に登場した生物で酸素を嫌うのですが、現在でも動物の腸内や海底火山の噴出口など酸素の少ない場所で生き残っています。
さらに今回は、キノコ、ネズミ、ミトコンドリアなど「わけあって繁栄」したものも掲載しました。
―人間が絶滅させた生物も多く紹介されていますが、生物を絶滅させたことは人間の「失敗」と言えるのでしょうか。
前回は読者から、「人間は残酷だ」という意見を多くいただきました。そこで今回は、人間が絶滅させることに対し、いくつかの意見を掲載しています。例えば、有史以前の狩猟による絶滅は、現代人が責任を感じるべき問題なのでしょうか。現在も私たちは、農業や漁業、畜産業で得た生物を食べていますが、数が少ない生物を食べてはいけないのはなぜなのでしょう。
正解はないし、いろいろな意見があっていいと思います。ただし、今後も人間が生物を絶滅させ続けるとしたら、それは明らかな「失敗」です。そうならないためにも、さまざまな生きものの絶滅理由を知ることは有意義なのではないでしょうか。
【略歴】
1971年、東京生まれ。法政大卒業後、ネイチャー・プロ編集室勤務を経て、ネゲブ砂漠にてハイラックスの調査に従事。
現在は、図鑑の編集・執筆・校閲などを行っている。『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』、『おもしろい!進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典』(高橋書店)などの執筆を手掛ける。
連載・なぜ?なに?失敗(全6回)
【01】動物ライター 丸山貴史氏(8月19日配信)
【02】元JAL機長 小林宏之氏(8月20日配信)
【03】元芝浦工業大学大学院教授 安岡孝司氏(8月21日配信)
【04】離婚式プランナー 寺井広樹氏(8月22日配信)
【05】恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表 清田隆之氏(8月23日配信)
【06】感性リサーチ社長 黒川伊保子氏(8月24日配信)
特集・連載情報
「失敗」と聞いて何を思い浮かべるだろう。取り返しのつかないもの?それとも成長するための礎?見方によって答えは変わる。そこで多様な有識者になぜ失敗が起きるのか、失敗とは何か、それぞれの失敗論を聞いてみた。