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拡大するサブスク#2 バンドル化進展への課題は?

中央大学教授・実積寿也氏に聞く
拡大するサブスク#2 バンドル化進展への課題は?

トヨタ自動車はサブスクリプション「キントセレクト」を試験的に始めている(レクサス高岳

 モノからコトへ-。サブスクリプション(継続課金)ビジネスが拡大している。もともと定額制だった不動産や、限界費用の小さいコンテンツやソフトウエアに加えて、自動車や飲食物などの耐久消費財や消費財にまでサブスクが広がっている。一方で、一人の消費者としては飲食や家電、車、コンテンツ、通信など、いくつものサブスクプランを比較して計ることが求められる。目の前のモノへの購買欲ではなく、月々の利用量など、先を見据えたコト消費をシミュレーションして自分に適したプランを選ぶ。この負荷は大きく、サブスクをまとめて預けるバンドル(セット販売)化が進むと見込まれる。(全2回、取材・小寺貴之)

 これは、コンテンツ料や交通料金などの、超過分や節約分をバンドル内で融通できる点が魅力だ。消費者に望まれてバンドル化が広がり、一人の消費行動のデータが丸ごとバンドルの提供者に流入する。バンドルを抑えた事業者は新たなプラットフォーマーとして支配的な立場に立つことになる。そのためバンドル間と、バンドル内での寡占と競争のバランスを社会はケアしていく必要がある。競争政策に詳しい中央大学教授・実積寿也(じつづみ・としや)氏に話を聞いた。

インタビュー/中央大学教授・実積寿也氏


-ケーブルテレビがインターネットやコンテンツ、電話をまとめて提供したように、デジタルな生活を支えるインフラ的なサービスはバンドルにまとめられると想定されます。通信や決済、コンテンツ、小売り、移動などのサブスクをまとめるバンドル事業者は産業構造的に強い地位に立つことになります。GAFAに代表されるデジタルプラットフォーマーへの議論のように、何らかの規制が要るのでは。

 「バンドル自体は悪ではない。眼鏡のフレームとレンズ、靴と靴ひも、組み立て済みのパソコン、コーヒーとケーキのセット、コース料理など、この世にはバンドル化された商品が無数にある。取引相手が嫌がるのに買わせる行為がよくない。バンドル化された商品しか選べない状況になれば問題だが、個々のサブスクとサブスクのバンドル、モノやサービスの単品売りは共存する。当面は消費者の選択肢は増える。消費者に望まれる限りバンドル化は進むだろう」

 「日本の携帯電話通信は3社寡占のイメージが強いが、MVNO(仮想移動体通信事業者)を含めると選択肢の数自体は多い。消費者の選択の結果、特定の事業者にシェアが集中して独占が生まれること自体は問題ではなく、その独占者が非効率を生むことこそが問題である。電気や水道、鉄道などは自然に独占が進む。こうした産業では政府が競争に代わって価格の高騰を抑制する。だが最適な価格水準の計算が難しい。市場にはできるだけ介入せずに、自由競争によって価格が決まることが望ましい」

 「消費者のバンドル間での移動を阻害しないように、データポータビリティーについての議論は必要になるだろう。デジタルな生活の多くを委ねるとなると、他社に切り替える際に、どのバンドルが自分に適しているかをシミュレーションすることも必要になる。個人データを自分自身で活用できないと新規参入者が成功できない」

-事業者はデータが集まるほど、サービスを最適化でき、データを提供する個人にはサービスを個別化して提供できます。一方でサービスの公平性や提供責任はどう考えればいいでしょうか。消費者はデータだけ持っていても仕方なく、お金やサービス、信用に変えないと意味がありません。ただ個人によってデータの価値が変わると、人生に値段がつけられたようで社会の反発が予想されます。

 「事業者にとってサービスの個別化は効率を高めるための試みだ。提供可能なサービスを需要に合わせて個人単位で最適化し、需給の効率を最大化する。効率と公平はまったくの別物だ。公平性は人によって価値観が違うため達成が非常に難しい。同じ製品やサービスでも、相手や場所によって値段が変わることはある。企業はデータから価値をどれだけ引き出せるか、今まさに競争している。データにいくらの値段をつけるかは企業によってまちまちだ。公的機関がデータ価値の妥当性を計ることは難しい。また個人の自由な選択の結果、損をする人は一定数存在しうる。そのため、結果の平等はより難しい。公平性については、情報と選択肢が消費者に十分に与えられているかどうかという『機会の平等』をこそが議論されるべきだろう」

-通信や移動は、生活の質を大きく左右します。公共交通のようにサービスに大きな地域差が出ることについては。

 「電話や電力、郵便はユニバーサルサービス制度として採算地域の利益を投入することで不採算地域のサービスを支えている。ブロードバンド(インターネット通信網)のユニバーサルサービス化も20年近く検討されてきたが、まだ実現していない。全国一律の義務化は産業競争の視点ではマイナスに働く可能性がある。新聞や宿泊施設をはじめ、都市部から普及が始まる5G(第5世代通信)など、地域限定のサービスは無数にある。タクシーや鉄道に対しては地域からの要望が強いが、不採算地域にコストをかけ過ぎると、ビジネスを維持できなくなる」

-ケーブルテレビの番組配信では、基本プランに入れてもらえないと事業が成立しない中小事業者もありました。地方の公共交通はすでに厳しく、バンドルに含まれないと維持できないということが起こりえませんか。

 「バンドルのメニューに含めることで、不採算事業への負担を他の事業から集めることは可能かもしれない。だが特定のサービスがバンドルのメニューに含まれないことに抗議することは難しいだろう。企業としては不採算が見込まれる事業をバンドルに取り込むことは考えにくい。不採算事業から得られるデータや経済的波及効果に、それを支えるだけの価値があるかどうか。例えば、携帯電話のカバー率については電波免許の審査基準とすることで企業努力を促してきた。そうした形で社会が事業者に努力を求めることはありえる。ただ短期的な経済原理に反するため一筋縄ではいかないだろう」

-決済や移動などのサブスクをバンドルとして提供すると、人間の消費行動のデータが丸ごと流入します。バンドルを提供する事業者が新しいプラットフォーマーとして支配的な立場に就き、各サブスク事業者はプラットフォーマーの手のひらの上で競争させられることになります。商取引の公正性はどのように担保されることになりますか。

 「プラットフォーマーが提供するデータがサブスク事業者にとって新しいサービスを開発する材料になり競争力になるのであれば、調達価格の妥当性だけでは判断できないだろう。下請けいじめのように不当な要求があったとしても、他の選択肢があるならばサブスク事業者は別のプラットフォーマーに移る。ポイントは、複数のプラットフォーマーによる競争市場が存立できるか否かだが、これはなかなか難しい。競争当局には慎重な競争環境整備などが求められる。競争が維持できれば、厚生経済学の第一定理が予想するとおり、いつかは効率的な均衡に達する。その場合も、社会が競争均衡に達するまで待てるかは不明だし、途中で技術進歩により新しいプラットフォーマーが出現し、競争プロセスが最初から始まる可能性もある。さらに、現実問題としては公正取引委員会のリソースは限られている。公取委の規制の在り方としては、一罰百戒を狙うことにならざるを得ない」

-支配力を計ることはできますか。

 「市場支配力の計測には、問題となる市場の範囲を求める必要がある。それにはSSNIP(小幅だが実質的で一時的ではない値上げ)というテストなどが提案されている。製品価格を5%や10%値上げしてもシェアが下がらなければ、その市場ではその製品しか選択肢がなく、一つの市場だと画定できる。その市場に事業者が一つしかなければ独占状態にあることになる。ただ、このテストが単独で使われたことはなく、この5%や10%という数字が適切なのかは議論の余地がある」

 「そもそも検索や地図、SNSなどは無料サービスとして提供され、広告やゲームなど別のサービスで稼いでいる。支配力を支えるサービスはゼロ円や、企業側の持ち出しでまかなわれている。ゼロ円だと、単価を上げるというSSNIPの仮定が成り立たず、競争状況の評価の前提となる市場画定ができない。その意味で、供給者に着目した競争規制はプラットフォーマーには十分に機能しない。消費者側から把握していく必要がある」

 「問題は、事業者によってバンドル内容が変わる点だ。例えば、通信会社は通信を軸にバンドルを作るだろう。特定のサービスで独占的な地位を築いて他のメニューで競争を促すことになる。あるバンドルはコンテンツと通信と決済、別のバンドルは通信と決済と交通サービスというように、内容の異なるバンドルは直接比較できず、どうシェアを計算するか問題になるだろう。OECDのデジタル経済政策委員会も似た問題意識をもっているが、解決策の議論はこれからだ」

-消費者側からのアプローチとは。

 「強い市場支配力をもつプラットフォーマーができると、事業者間の取引だけでは市場の歪みを捉えきれない。消費者側からでなければ抑えが効かない。消費者もテクノロジーを駆使して賢くなり、問題があれば声を上げ、社会としてブレーキを踏める環境をつくるべきだ」

-すでに日本の消費者は世界的にも厳しいです。産業競争力と両立しますか。
 「今後、データを託す相手への信頼(トラスト)がより重要になる。日本人の厳しい目にさらされてきたサービスや事業体として、信頼性をPRすることができるだろう。例えば、日本食は世界的なブームになっている。はじめは生魚を食べることに驚かれたが、生魚を新鮮に流通させる物流や調理技術など、日本食を支える仕組みと文化が理解され、支持されるようになった。これは日本ならではのトラストが日本食というブランドを育てたともいえる。データについても、消費者の厳しい目で使いこなすことで、日本で育ったサービスや事業体への信頼につながるだろう」 
中央大学教授・実積寿也氏

拡大するサブスク#1



日刊工業新聞2019年7日1日(中小・ベンチャー)に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
サブスクは、モノからコトへという転換の中で課金体系にフォーカスが当たった、不思議なブームです。プラットフォーマーを目指すサブスク事業者も多く、投資や支持を集めやすいのだと思います。各分野でサブクスが広がり、プラットフォーマーが育ったてきた段階で、消費者の側からプラットフォーマーを束ねるバンドル事業者が力を持つようになるのだと思います。このポジションを狙っている大企業は多く、情報銀行やMaaSなどのプラットフォーム構想には描かれています。 一人の小市民としては3社か5社くらいに集約されると、競争が働いてそうな安心感やコスト、選択肢の数に納得して、丸ごとデータを預けられるのかなと思います。とはいえ日本からグローバルに戦えるバンドル事業者が出てきてほしいとも思い、日本市場を3分割している時点で世界で戦える事業サイズになるのかとも不安になります。 一市民にもできそうなのは日本の消費者の厳しい目を可視化することです。サービスを理解し、コスパを比較し、毎年サービスの改善を求めたらいいのだと思います。サービスの改善プランを示させて、その達成率や努力を測り、PDCAを一緒に回す。日本のプロ消費者がどれだけ厳しく、賢いか世界に示せれば、日本企業や日本のデータへのトラストが認められるかもしれません。

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