「再生医療」商業化へ、製薬会社が大規模投資に踏み切る
2030年に1兆円市場に
再生医療の発展は日進月歩の勢いで進み、研究中心のアカデミアから商業化の段階へ移行しつつある。国もさまざまな制度を通して後押しし、製薬各社は量産化に向けて困難を抱えつつも着実に準備を進めている。関連技術を側面から支えようとする企業も現れ、産業の裾野も広がり始めた。(文=大阪・田畑元)
経済産業省によると、再生医療分野の市場規模は国内だけで2030年に1兆円、50年には2・5兆円になると予測する。日本では再生医療等製品の普及を迅速化するため、条件・期限付きの早期承認制度や先駆け審査指定制度など、独自の支援制度が整備されてきた。こうした制度を活用し、製品化にめどがついた製薬各社などは商業化に向けて大規模な投資に踏み切る。
大日本住友製薬は約36億円を投じて「再生・細胞医薬製造プラント」(SMaRT、大阪府吹田市)を建設し、18年3月に稼働した。約1800平方メートルの製造用フロアを持ち、無菌室、準無菌室などを整備。日立製作所と共同開発した自動培養装置や海外ベンチャー製の超高速セルソーターなど最新の機器を備える。将来は年間数百人分の製剤を製造する計画だ。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療で注目される加齢黄斑変性を対象とする製品も同プラントで製造を予定し、22年の発売を目指し研究を進めている。同疾患を含め同社では現在六つの再生医療プロジェクトを抱え、30年には約2000億円の事業にしたい考えだ。
ロート製薬も再生医療への取り組みを強化する。現在、新潟大学と共同で肝硬変を対象とした再生医療等製品の開発を進めるほか、幹細胞培養の自動化技術を強化するなど、量産に向けた準備も並行して進めている。
同社のロートリサーチビレッジ京都(京都府木津川市)内にある「ロート幹細胞加工センター」では5台のロボットが稼働。細胞に与える栄養の供給源である培地の交換や細胞を集めて専用容器のバイアルに入れる作業まで全て自動で行う。人の手を介さないことでコストダウンや無菌環境の維持が図れるという。ここで肝硬変の再生医療等製品を製造する予定で、オファーがあれば他社から培養加工の受託製造なども請け負う考えだ。
自社の持つコア技術を再生医療分野に展開しようとする企業もある。大幸薬品は17年から大阪大学と共同で再生医療における幹細胞培養の汚染防止に関する研究を始めた。同社は二酸化塩素を用いた感染管理事業を経営の柱に位置付ける。
幹細胞は乾燥に弱く、温度や湿度の高い二酸化炭素(CO2)インキュベーター内で培養するが、その際のカビや菌の増殖による汚染が問題とされてきた。それに対し、二酸化塩素ガスの持つ菌やウイルスの除去機能を用いて解決を目指している。同社によると細胞の分化スピードや個数などに影響はなく、安全性を確認したという。現時点での成果を論文にまとめつつ、今後は有効性の検証の段階へ移行する。「事業化は10年単位で見ている」(関真一執行役員感染管理事業開発本部長)とし、長期で取り組む構えだ。
再生医療の商業化への取り組みが進む一方、実現には課題も多い。まず細胞製品は生産スピードを高めるなど効率化が困難と言われる。幹細胞を増やし、目的の細胞に分化誘導するまでに「1サイクルで80日以上かかることもある」(米田健二大日本住友製薬SMaRTプラント長)とし、自動化してもこの期間だけは短縮できない。細胞培養は作業者の技術に依存する部分もあり、安定生産を確保することも課題だ。生産速度の遅さが影響し、作業者の育成も思うように進まないのが現状だ。実際に製品が発売された後の薬価も未知数で、これまでの投資が回収できるかも見通せない。
再生医療技術の進歩は、これまで治療が困難だった疾患を持つ患者にとっては福音といえる。製薬会社にとっても「事業が失敗すれば、この先どこもやる会社はでてこない」(大手製薬会社役員)と、大きなチャレンジだと位置付ける。適正なリターンとさらなる技術革新の好循環で再生医療の安定市場が確立されれば、より多くの患者に治療機会が与えられることになる。
大日本住友製薬は1980年代終わり頃から再生医療に取り組み、現在は同分野で最先端を走る企業の1社だ。木村徹取締役常務執行役員(再生・細胞医薬事業推進担当兼研究統括)に、進捗(しんちょく)や商業化への課題を聞いた。
―再生医療事業の状況は。
「臨床段階に入ると発表できないものも多いが、世間が思っている以上に現場は進んでいる。生産性や安定性など技術面の課題はおおむね解決している。後は規制当局とのやりとりの中で、ルール作りを模索している段階にある」
―商業化への一番の課題は何ですか。
「事業として確立するには、高品質な製品を適正な薬価で提供して再投資に回すというビジネスモデルが、社会に受け入れられるかが一番の課題だ。製品は基本的に国内で生産してグローバル販売する予定だが、国境を越えての輸送にはまだ改善の余地があり、より使い勝手のいいものにしたい。将来は海外に工場を設ける必要があるかもしれない」
―今後はどう事業を展開しますか。
「慢性期脳梗塞のプロジェクトは臨床試験がうまくいかず、データを見直している段階で、今後の展開は未定だ。注目される加齢黄斑変性は検討事項があり、少し遅れているが、本年度には企業治験を始めたい」
「商用段階に進むと、今の生産設備では足りない。現在の設備の増強や新たな工場を立ち上げることも検討している。将来的なオプションとしてOEM(相手先ブランド)生産もあり得る。社内にも未発表のシーズがいくつかあり、それらを育てていきたい」
経済産業省によると、再生医療分野の市場規模は国内だけで2030年に1兆円、50年には2・5兆円になると予測する。日本では再生医療等製品の普及を迅速化するため、条件・期限付きの早期承認制度や先駆け審査指定制度など、独自の支援制度が整備されてきた。こうした制度を活用し、製品化にめどがついた製薬各社などは商業化に向けて大規模な投資に踏み切る。
製造プラント
大日本住友製薬は約36億円を投じて「再生・細胞医薬製造プラント」(SMaRT、大阪府吹田市)を建設し、18年3月に稼働した。約1800平方メートルの製造用フロアを持ち、無菌室、準無菌室などを整備。日立製作所と共同開発した自動培養装置や海外ベンチャー製の超高速セルソーターなど最新の機器を備える。将来は年間数百人分の製剤を製造する計画だ。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療で注目される加齢黄斑変性を対象とする製品も同プラントで製造を予定し、22年の発売を目指し研究を進めている。同疾患を含め同社では現在六つの再生医療プロジェクトを抱え、30年には約2000億円の事業にしたい考えだ。
大学と共同
ロート製薬も再生医療への取り組みを強化する。現在、新潟大学と共同で肝硬変を対象とした再生医療等製品の開発を進めるほか、幹細胞培養の自動化技術を強化するなど、量産に向けた準備も並行して進めている。
同社のロートリサーチビレッジ京都(京都府木津川市)内にある「ロート幹細胞加工センター」では5台のロボットが稼働。細胞に与える栄養の供給源である培地の交換や細胞を集めて専用容器のバイアルに入れる作業まで全て自動で行う。人の手を介さないことでコストダウンや無菌環境の維持が図れるという。ここで肝硬変の再生医療等製品を製造する予定で、オファーがあれば他社から培養加工の受託製造なども請け負う考えだ。
自社の持つコア技術を再生医療分野に展開しようとする企業もある。大幸薬品は17年から大阪大学と共同で再生医療における幹細胞培養の汚染防止に関する研究を始めた。同社は二酸化塩素を用いた感染管理事業を経営の柱に位置付ける。
幹細胞は乾燥に弱く、温度や湿度の高い二酸化炭素(CO2)インキュベーター内で培養するが、その際のカビや菌の増殖による汚染が問題とされてきた。それに対し、二酸化塩素ガスの持つ菌やウイルスの除去機能を用いて解決を目指している。同社によると細胞の分化スピードや個数などに影響はなく、安全性を確認したという。現時点での成果を論文にまとめつつ、今後は有効性の検証の段階へ移行する。「事業化は10年単位で見ている」(関真一執行役員感染管理事業開発本部長)とし、長期で取り組む構えだ。
課題も山積
再生医療の商業化への取り組みが進む一方、実現には課題も多い。まず細胞製品は生産スピードを高めるなど効率化が困難と言われる。幹細胞を増やし、目的の細胞に分化誘導するまでに「1サイクルで80日以上かかることもある」(米田健二大日本住友製薬SMaRTプラント長)とし、自動化してもこの期間だけは短縮できない。細胞培養は作業者の技術に依存する部分もあり、安定生産を確保することも課題だ。生産速度の遅さが影響し、作業者の育成も思うように進まないのが現状だ。実際に製品が発売された後の薬価も未知数で、これまでの投資が回収できるかも見通せない。
再生医療技術の進歩は、これまで治療が困難だった疾患を持つ患者にとっては福音といえる。製薬会社にとっても「事業が失敗すれば、この先どこもやる会社はでてこない」(大手製薬会社役員)と、大きなチャレンジだと位置付ける。適正なリターンとさらなる技術革新の好循環で再生医療の安定市場が確立されれば、より多くの患者に治療機会が与えられることになる。
インタビュー/大日本住友製薬 取締役常務執行役員・木村徹氏「現場の進歩 想像超える」
大日本住友製薬は1980年代終わり頃から再生医療に取り組み、現在は同分野で最先端を走る企業の1社だ。木村徹取締役常務執行役員(再生・細胞医薬事業推進担当兼研究統括)に、進捗(しんちょく)や商業化への課題を聞いた。
―再生医療事業の状況は。
「臨床段階に入ると発表できないものも多いが、世間が思っている以上に現場は進んでいる。生産性や安定性など技術面の課題はおおむね解決している。後は規制当局とのやりとりの中で、ルール作りを模索している段階にある」
―商業化への一番の課題は何ですか。
「事業として確立するには、高品質な製品を適正な薬価で提供して再投資に回すというビジネスモデルが、社会に受け入れられるかが一番の課題だ。製品は基本的に国内で生産してグローバル販売する予定だが、国境を越えての輸送にはまだ改善の余地があり、より使い勝手のいいものにしたい。将来は海外に工場を設ける必要があるかもしれない」
―今後はどう事業を展開しますか。
「慢性期脳梗塞のプロジェクトは臨床試験がうまくいかず、データを見直している段階で、今後の展開は未定だ。注目される加齢黄斑変性は検討事項があり、少し遅れているが、本年度には企業治験を始めたい」
「商用段階に進むと、今の生産設備では足りない。現在の設備の増強や新たな工場を立ち上げることも検討している。将来的なオプションとしてOEM(相手先ブランド)生産もあり得る。社内にも未発表のシーズがいくつかあり、それらを育てていきたい」
日刊工業新聞2019年6月26日