平成と歩んだJR、令和時代への宿題
民営化の歪み、問われる連携
1987年(昭62)に誕生したJRグループ各社にとって、平成の30年余は自らの歴史と重なる。その間の社会環境の変化は、各社を当初の思惑とは異なる未来へと導き、成功した会社がある一方で歪みも生んだ。完全民営化を達成した各社を縛る国の「指針」を巡っては、きしみも現れ始めている。国鉄時代を知らない世代が主役となっていく新たな時代を前に、各社の持続可能性やグループ連携のあり方が問われている。
国鉄分割民営化から32年。各社には「平成とともに歩み、育てられた」(JR東日本の深沢祐二社長)との思いがある。当初、最優先したのは鉄道の再生だ。
JR西日本の来島達夫社長は「脆弱(ぜいじゃく)な基盤からスタートし、利用客に支えられた」と振り返る。国鉄末期は新幹線や大都市圏で稼いだ利益を、巨額赤字の補填に充てたため「新幹線に十分な投資が回せていなかった」(JR東海の金子慎社長)。
JR本州3社は、旧国鉄が残した長期債務の一部を背負いながらエリアに特化して鉄道サービスを磨き、成長してきた。顧客満足を念頭に置いた社員の意識改革とともに、積極的に新型車両の投入や競合他社との対抗策を打ち出し、輸送ニーズに合わせてネットワーク拡充にも取り組んだ。
収益の拡大と生産性の改善に努めた結果、3社は発足後から現在まで消費税の税率変更を除いて、乗車距離に応じた普通運賃を引き上げずに鉄道事業を運営してきた。競争力は回復し、初期目的としていた鉄道の再生はおおむね達成した。
早期に完全民営化を実現した本州3社も、何で稼ぐ企業であるかはまるで異なる。大動脈である東海道新幹線を擁するJR東海は、飛行機に対抗するため輸送サービスの磨き上げに専念した。
92年に速達型「のぞみ」を投入。JR東海の金子社長は「のぞみ中心ダイヤを組んで、利用者数も増えた」と話す。現在も9割以上の営業利益を運輸業から得ており、営業利益率も30%台後半に突入。「経営基盤を固めたことで、リニア(中央新幹線)を建設できる」(金子社長)までに至った。
一方、JR東とJR西は大都市圏の輸送を軸としつつ、駅構内や駅周辺で商業施設やホテルを開発するなど鉄道事業以外に多角化を進めてきた。
ともに営業利益の3割程度を非運輸業で稼いでおり、今後も割合を高めていく考え。JR東は01年にICカード「Suica(スイカ)」を導入し、電子マネーとしても普及した。「スイカを共通基盤化し、地方の生活サービスと連携する」(JR東の深沢社長)と構想する。
JR本州3社の成長を実現した要因の一つが、95年以降続く超低金利の恩恵にある。債務返済の前倒しとともに、事業多角化や設備更新など投資環境も追い風になった。反対に低金利に苦しめられたのがJR北海道とJR四国、後に上場を果たしたJR九州だ。
分割民営化時に、ドル箱路線がなく、鉄道事業で苦しい環境が見込まれた3社には国鉄末期に車両や施設などの経営資源を優先して配分した上で、経営安定基金を設定し、運用益で赤字を補填する設計だった。当初、国債の10年平均値から割り出された利回りは年7・3%。もくろみ通り行かず、金利は下落していった。
JR北とJR四は運用益の減少とともに、営業基盤の抱える問題によって厳しい経営状況だ。地方では少子化や過疎化の加速と高速道路網の整備による輸送モード転換の影響が著しい。両社は鉄道の赤字を埋めるため、事業の多角化に取り組むが、自助努力の限界は明白になっている。
両社をグループとして助けるべきだとの意見も挙がる。しかし、上場したJR東らに、株主の利益を損なうことになる支援の実施は不可能だ。現実には人材やシステム、技術、営業などに限られる。
JRグループの協力関係は現在、鉄道輸送やホテルチェーン間の連携が代表例だ。このほかシニア向け会員組織や各種企画きっぷ、観光キャンペーン「デスティネーション・キャンペーン(DC)」やマルス発券システムの共同運用。さらに将来の課題に備えて基礎技術を研究する鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が挙げられる。
国鉄分割民営化で生まれた“兄弟会社”ではあるが、発足から30年間、各社間に資本関係はなかった。16年にJR九が上場したのを機に、上場4社は「それぞれの判断で」(JR各社)時をほぼ同じくして互いの株式を持ち合う関係に移った。
上場4社は完全民営化した際、国土交通相から国鉄改革の趣旨を踏まえて当分の間配慮すべき「事業経営の指針」が提示された。運賃制度でJR他社との連携・協力の確保、路線の適切な維持や駅施設の整備に当たって利用者利便の確保などが盛り込まれている。
運賃制度に関しては鉄道事業運営の根幹に関わる部分だ。JR線では、経路が複数の会社をまたいでも運賃を通算し、東海道・山陽新幹線や一部特急列車では料金も通算する。他社発券時の手数料とともに、各社間の取り決め「6社協定」の下で案分している。
これについて、あるJRの首脳は「見直す時期に来ているのではないか」との問題意識を持つ。すでに形骸化も始まっており、ICカード化やインターネット予約の浸透が、これを加速させている。
例えば東京都区内から大阪市内への移動時にJR東海の東海道新幹線の前後でJR東、JR西の在来線を乗り継げば、精算は3社に関わる。JR東海は在来線との通算、乗り継ぎをしない新幹線限定きっぷを企画。インターネット座席指定「エクスプレス予約」の導入で、発券も自社完結で済むようにした。
路線維持についても閑散線区では、地域とともに、その必要性を検討していかなければならない時期に来ている。高速道路網の整備が進み、地域の輸送モードとして鉄道の役割は変わってきた。生産性を高めて路線収支を改善する努力はもちろんだが、将来、地域を維持していくための最適な交通体系は各地域が考えるべきことだ。
各社の収益力に頼って、地域に必要とされなくなった路線を維持していては、国鉄時代の二の舞になりかねない。「どういう交通モードが地域にあっているのか、個別に提案していきたい」(JR首脳)とも見据える。
およそ5年後には大卒最後の国鉄入社組が定年を迎える。現在、本州3社の社長は同期入社だ。JR発足当初に採用を控えるなどしたため、社員構成はいびつで、急激に平均年齢も若返る。JR東の深沢社長は、今年の入社式で「国鉄はなぜ倒産したか、しっかり伝えなければならない」との考えも示した。
国鉄は負の遺産だけではなく、技術や安全への意識など今日の鉄道に対する信頼の基盤を残した。先人のDNAである「インフラを長きにわたって提供してきた責任感」(JR東の深沢社長)を受け継ぐことが重要だという。DNAを共有するJR各社は今後も、時代に合ったグループの連携を模索していく。
(文=小林広幸)
本州3社、サービス磨く
国鉄分割民営化から32年。各社には「平成とともに歩み、育てられた」(JR東日本の深沢祐二社長)との思いがある。当初、最優先したのは鉄道の再生だ。
JR西日本の来島達夫社長は「脆弱(ぜいじゃく)な基盤からスタートし、利用客に支えられた」と振り返る。国鉄末期は新幹線や大都市圏で稼いだ利益を、巨額赤字の補填に充てたため「新幹線に十分な投資が回せていなかった」(JR東海の金子慎社長)。
JR本州3社は、旧国鉄が残した長期債務の一部を背負いながらエリアに特化して鉄道サービスを磨き、成長してきた。顧客満足を念頭に置いた社員の意識改革とともに、積極的に新型車両の投入や競合他社との対抗策を打ち出し、輸送ニーズに合わせてネットワーク拡充にも取り組んだ。
収益の拡大と生産性の改善に努めた結果、3社は発足後から現在まで消費税の税率変更を除いて、乗車距離に応じた普通運賃を引き上げずに鉄道事業を運営してきた。競争力は回復し、初期目的としていた鉄道の再生はおおむね達成した。
早期に完全民営化を実現した本州3社も、何で稼ぐ企業であるかはまるで異なる。大動脈である東海道新幹線を擁するJR東海は、飛行機に対抗するため輸送サービスの磨き上げに専念した。
92年に速達型「のぞみ」を投入。JR東海の金子社長は「のぞみ中心ダイヤを組んで、利用者数も増えた」と話す。現在も9割以上の営業利益を運輸業から得ており、営業利益率も30%台後半に突入。「経営基盤を固めたことで、リニア(中央新幹線)を建設できる」(金子社長)までに至った。
一方、JR東とJR西は大都市圏の輸送を軸としつつ、駅構内や駅周辺で商業施設やホテルを開発するなど鉄道事業以外に多角化を進めてきた。
ともに営業利益の3割程度を非運輸業で稼いでおり、今後も割合を高めていく考え。JR東は01年にICカード「Suica(スイカ)」を導入し、電子マネーとしても普及した。「スイカを共通基盤化し、地方の生活サービスと連携する」(JR東の深沢社長)と構想する。
2島会社、努力に限界
JR本州3社の成長を実現した要因の一つが、95年以降続く超低金利の恩恵にある。債務返済の前倒しとともに、事業多角化や設備更新など投資環境も追い風になった。反対に低金利に苦しめられたのがJR北海道とJR四国、後に上場を果たしたJR九州だ。
分割民営化時に、ドル箱路線がなく、鉄道事業で苦しい環境が見込まれた3社には国鉄末期に車両や施設などの経営資源を優先して配分した上で、経営安定基金を設定し、運用益で赤字を補填する設計だった。当初、国債の10年平均値から割り出された利回りは年7・3%。もくろみ通り行かず、金利は下落していった。
JR北とJR四は運用益の減少とともに、営業基盤の抱える問題によって厳しい経営状況だ。地方では少子化や過疎化の加速と高速道路網の整備による輸送モード転換の影響が著しい。両社は鉄道の赤字を埋めるため、事業の多角化に取り組むが、自助努力の限界は明白になっている。
両社をグループとして助けるべきだとの意見も挙がる。しかし、上場したJR東らに、株主の利益を損なうことになる支援の実施は不可能だ。現実には人材やシステム、技術、営業などに限られる。
国の「指針」、きしみ表出
JRグループの協力関係は現在、鉄道輸送やホテルチェーン間の連携が代表例だ。このほかシニア向け会員組織や各種企画きっぷ、観光キャンペーン「デスティネーション・キャンペーン(DC)」やマルス発券システムの共同運用。さらに将来の課題に備えて基礎技術を研究する鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が挙げられる。
国鉄分割民営化で生まれた“兄弟会社”ではあるが、発足から30年間、各社間に資本関係はなかった。16年にJR九が上場したのを機に、上場4社は「それぞれの判断で」(JR各社)時をほぼ同じくして互いの株式を持ち合う関係に移った。
上場4社は完全民営化した際、国土交通相から国鉄改革の趣旨を踏まえて当分の間配慮すべき「事業経営の指針」が提示された。運賃制度でJR他社との連携・協力の確保、路線の適切な維持や駅施設の整備に当たって利用者利便の確保などが盛り込まれている。
運賃制度に関しては鉄道事業運営の根幹に関わる部分だ。JR線では、経路が複数の会社をまたいでも運賃を通算し、東海道・山陽新幹線や一部特急列車では料金も通算する。他社発券時の手数料とともに、各社間の取り決め「6社協定」の下で案分している。
これについて、あるJRの首脳は「見直す時期に来ているのではないか」との問題意識を持つ。すでに形骸化も始まっており、ICカード化やインターネット予約の浸透が、これを加速させている。
例えば東京都区内から大阪市内への移動時にJR東海の東海道新幹線の前後でJR東、JR西の在来線を乗り継げば、精算は3社に関わる。JR東海は在来線との通算、乗り継ぎをしない新幹線限定きっぷを企画。インターネット座席指定「エクスプレス予約」の導入で、発券も自社完結で済むようにした。
路線維持についても閑散線区では、地域とともに、その必要性を検討していかなければならない時期に来ている。高速道路網の整備が進み、地域の輸送モードとして鉄道の役割は変わってきた。生産性を高めて路線収支を改善する努力はもちろんだが、将来、地域を維持していくための最適な交通体系は各地域が考えるべきことだ。
各社の収益力に頼って、地域に必要とされなくなった路線を維持していては、国鉄時代の二の舞になりかねない。「どういう交通モードが地域にあっているのか、個別に提案していきたい」(JR首脳)とも見据える。
国鉄のDNA、次の世代に
およそ5年後には大卒最後の国鉄入社組が定年を迎える。現在、本州3社の社長は同期入社だ。JR発足当初に採用を控えるなどしたため、社員構成はいびつで、急激に平均年齢も若返る。JR東の深沢社長は、今年の入社式で「国鉄はなぜ倒産したか、しっかり伝えなければならない」との考えも示した。
国鉄は負の遺産だけではなく、技術や安全への意識など今日の鉄道に対する信頼の基盤を残した。先人のDNAである「インフラを長きにわたって提供してきた責任感」(JR東の深沢社長)を受け継ぐことが重要だという。DNAを共有するJR各社は今後も、時代に合ったグループの連携を模索していく。
(文=小林広幸)
日刊工業新聞2019年4月30日