「上野東京ライン」開業1カ月~一番得をしたのは誰だ?
JR「混雑率緩和は思った以上に効果」。百貨店・観光地はこれから。そして日立社員は一部に恩恵
宇都宮、高崎、常磐各線を東京、品川に直接接続する上野東京ラインが開業、1カ月が経過した。JR東日本では、上野東京ラインの開業で、大宮や赤羽から新宿を経由して横浜方面へ向かう湘南新宿ラインから上野東京ラインへ乗客がシフトする現象がみられるなど、首都圏の通勤時間帯における人の流れが変わりつつある。栃木県や上野周辺の商業施設、商店街では、上野東京ラインの開業により広域からの集客を目指し、さまざまな施策を実施している。
■所要時間短縮、混雑も緩和■
上野東京ラインは、上野―東京間に新線を敷設して、宇都宮、高崎両線が東京駅まで乗り入れ、東海道線と相互直通運転。上野、東京両駅での乗り換えを不要とし、所要時間の短縮や通勤時間帯の混雑緩和を狙っていた。
JR東日本は開業前、朝の通勤時間帯で最も混雑率が高い上野―御徒町間の混雑率が200%から180%程度に低減できると見込んでいた。3月の上野―御徒町間の混雑率は170%程度で、鉄道事業本部運輸車両部の増山弘治課長は「思ったより効果があった」と話す。
並行する路線だけでなく、大宮や赤羽から、湘南新宿ラインで横浜方面に向かう旅客数が数千人減っており、波及効果も出ている。増山課長は上野東京ラインの開業により、「通勤時間帯の全体の流れが変わった」としている。ただ、3月は春休み期間で学生の通学がなくなり全体の利用者数が減少するため、4月以降の輸送状況を推移を注視する考えだ。
■輸送障害訓練徹底■
上野東京ラインの開業にあたり、JR東日本が注力したのは輸送障害への対応だ。高崎、宇都宮両線が東海道線と相互直通運転することから、事故などの影響が広域に広がる恐れがある。01年に開業した湘南新宿ラインは、高崎線と東海道線、宇都宮線と横須賀線が相互直通運転し、輸送障害が多く発生した。
JR東日本では、湘南新宿ラインの苦い経験を生かし、開業前に輸送指令の訓練を徹底。さまざまな状況をシミュレーションして、正常運転に戻す訓練を繰り返した。また、湘南新宿ラインの開業当初、路線の接続で車両や運転士の手配が遅れたため、なかなかダイヤを元に戻せず、輸送障害の影響が長引いた。上野東京ラインでは、東京駅をベースに車両や運転士の手配を行っており、安定性を確保している。
上野東京ラインの開業後1カ月間で、上野や東京で折り返し運転が発生するような輸送障害は、3月31日の鶴見駅で発生した人身事故をはじめ、4回発生した。これは、湘南新宿ラインの開業1カ月に比べ、大幅に減少している。しかも、運行本数が15分に1本程度の湘南新宿ラインに比べ、上野東京ラインは10分に1本と本数が多い。JR東日本では湘南新宿ラインの経験を生かして、輸送障害の低減につなげている。
■百貨店、手応え■
上野東京ライン沿線に立地している百貨店への来店客数への影響はまだ未知数だ。東京駅に隣接する大丸東京店は「特に食品売り場でお客さんの数が増えた印象だ。旅の出発点として弁当などを買う人が多いのではないか」と手応えを語る。
上野東京ライン開業によって始発・終着駅から通過駅になった上野では当初、客数減少の懸念があった。松坂屋上野店は「消費増税前の駆け込み需要や改装などがあり、前年同月との比較は難しい」としつつ「開業のタイミングで北関東などの食材を使った弁当を販売するなど食品街の『ほっぺタウン』で盛り上げた。横浜からのお客さまが増えたり上野への注目が高まったりと、(上野東京ラインを)プラスにとらえている」という。JR横浜駅に近い横浜タカシマヤは特に催事などは実施せず、客足などへの影響もなかったと見ている。
首都圏の相互直通の効果では先例がある。13年3月、東京メトロ副都心線と東急東横線が相互直通になった際には、東武百貨店池袋店は「横浜からも『北海道展』などの催事に来てもらえた」と効果を語る。各店舗が魅力ある仕掛けを打ち出した際には、アクセス改善が追い風になると言えそうだ。
■ビジネスにも好影響■
上野東京ライン開業でビジネスにもプラス効果が出ている。日立製作所は東京都千代田区の東京駅前に本社を置く一方、茨城県日立市や同ひたちなか市に複数の工場があり、多くの従業員が行き来する。同社の関係者は「東京駅から常磐線特急に乗り、そのまま日立市の日立事業所に行けるようになった。また常磐線の混雑も緩和された。便利になったのは間違いない。ただ茨城県の事業所に行く従業員は秋葉原地区のビルで働いている人が多く、その意味では多くの人が恩恵を受けている訳ではない」という。
上野東京ライン開業で地盤沈下が懸念されていた上野駅のお膝元・東京都台東区。しかし、地元商店街は「横浜方面からの来場者増加が見込める」と歓迎ムードだ。地元16商店街(1000店舗)が加盟する上野商店街連合会を傘下に持つ上野観光連盟の茅野雅弘事務総長は「肌感覚ではあるが、開業前に比べて上野を訪れる人が1―2割は増えている。上野公園の桜を見に来た人もいるが、上野東京ラインが後押ししていることもあるだろう」と実感している。
同連盟は開業に備え、横浜中華街発展会協同組合(横浜市中区)と相互観光誘致を目的とした観光パートナーシップを3月に結んだ。早速、回遊キャンペーン「パンダラインラリー」を開始。両者に加え、恩賜上野動物園と横浜市立野毛山動物園が連携し、各所にスタンプを設置した。合わせて東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館の3館共通入場券も発売。3万冊を用意し、「予想通りの売れ行き」(茅野事務総長)という。
また地区内の40商店以上で無線LANの無料接続サービスをNTT東日本と連携して始めた。外国人観光客は2週間、日本人観光客は1回1時間を1日4回まで無料でWi―Fi(ワイファイ)に接続できる。観光情報を掲載したサイトをスマートフォンやタブレット端末(携帯型情報端末)に表示して、回遊性を高める狙いだ。今後は博物館や美術館にも導入を進める。
■北関東−産業立地・観光期待■
上野東京ラインの開業は北関東のアクセス向上につながっている。栃木県産業労働観光部は「観光客増加への期待はもちろん、企業誘致活動に弾みをつけたい」と意欲をみせる。栃木県は2014年の工場立地動向調査で、電気業を除く立地面積で全国2位に輝いた。これまでも東北道や北関東道などの道路網、東北新幹線停車といった交通アクセスの良さをアピールしてきたが「鉄道移動の選択肢が増えることは、経済活動にとって大きい」(産業労働観光部産業政策課)と歓迎する。企業立地を促すセールストークなどに「上野東京ラインによる利便性アップ」を盛り込んでいく方針。
鬼怒川や湯西川などの温泉に恵まれる栃木県。旅館・ホテルのおかみさんたちで構成する「日光市女将の会」は3月上旬、横浜駅で観光キャンペーンを展開した。日光東照宮では徳川家康400回忌の今年、「400年式年大祭」が行われるとあって多くの宿泊客を見込む。宇都宮駅で1回乗り換えるだけで済む“のんびり電車旅”をアピールしている。
宇都宮市内のギョーザ専門店では上野東京ラインの開業を機に、「横浜・中華街とは違う、宇都宮ギョーザの魅力とおいしさを神奈川県の人たちに知ってほしい」と訴える。同市内には約200軒のギョーザ店がある。宇都宮―横浜間の直通電車は池袋・新宿経由の「湘南新宿ライン」だけだったが、本数が倍増した。ギョーザ業界の関係者からは「電車1本で結ぶ横浜は『シウマイ』でも知られる。歴史ある食べ物をめぐって、切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」といった声も聞かれる。
■所要時間短縮、混雑も緩和■
上野東京ラインは、上野―東京間に新線を敷設して、宇都宮、高崎両線が東京駅まで乗り入れ、東海道線と相互直通運転。上野、東京両駅での乗り換えを不要とし、所要時間の短縮や通勤時間帯の混雑緩和を狙っていた。
JR東日本は開業前、朝の通勤時間帯で最も混雑率が高い上野―御徒町間の混雑率が200%から180%程度に低減できると見込んでいた。3月の上野―御徒町間の混雑率は170%程度で、鉄道事業本部運輸車両部の増山弘治課長は「思ったより効果があった」と話す。
並行する路線だけでなく、大宮や赤羽から、湘南新宿ラインで横浜方面に向かう旅客数が数千人減っており、波及効果も出ている。増山課長は上野東京ラインの開業により、「通勤時間帯の全体の流れが変わった」としている。ただ、3月は春休み期間で学生の通学がなくなり全体の利用者数が減少するため、4月以降の輸送状況を推移を注視する考えだ。
■輸送障害訓練徹底■
上野東京ラインの開業にあたり、JR東日本が注力したのは輸送障害への対応だ。高崎、宇都宮両線が東海道線と相互直通運転することから、事故などの影響が広域に広がる恐れがある。01年に開業した湘南新宿ラインは、高崎線と東海道線、宇都宮線と横須賀線が相互直通運転し、輸送障害が多く発生した。
JR東日本では、湘南新宿ラインの苦い経験を生かし、開業前に輸送指令の訓練を徹底。さまざまな状況をシミュレーションして、正常運転に戻す訓練を繰り返した。また、湘南新宿ラインの開業当初、路線の接続で車両や運転士の手配が遅れたため、なかなかダイヤを元に戻せず、輸送障害の影響が長引いた。上野東京ラインでは、東京駅をベースに車両や運転士の手配を行っており、安定性を確保している。
上野東京ラインの開業後1カ月間で、上野や東京で折り返し運転が発生するような輸送障害は、3月31日の鶴見駅で発生した人身事故をはじめ、4回発生した。これは、湘南新宿ラインの開業1カ月に比べ、大幅に減少している。しかも、運行本数が15分に1本程度の湘南新宿ラインに比べ、上野東京ラインは10分に1本と本数が多い。JR東日本では湘南新宿ラインの経験を生かして、輸送障害の低減につなげている。
■百貨店、手応え■
上野東京ライン沿線に立地している百貨店への来店客数への影響はまだ未知数だ。東京駅に隣接する大丸東京店は「特に食品売り場でお客さんの数が増えた印象だ。旅の出発点として弁当などを買う人が多いのではないか」と手応えを語る。
上野東京ライン開業によって始発・終着駅から通過駅になった上野では当初、客数減少の懸念があった。松坂屋上野店は「消費増税前の駆け込み需要や改装などがあり、前年同月との比較は難しい」としつつ「開業のタイミングで北関東などの食材を使った弁当を販売するなど食品街の『ほっぺタウン』で盛り上げた。横浜からのお客さまが増えたり上野への注目が高まったりと、(上野東京ラインを)プラスにとらえている」という。JR横浜駅に近い横浜タカシマヤは特に催事などは実施せず、客足などへの影響もなかったと見ている。
首都圏の相互直通の効果では先例がある。13年3月、東京メトロ副都心線と東急東横線が相互直通になった際には、東武百貨店池袋店は「横浜からも『北海道展』などの催事に来てもらえた」と効果を語る。各店舗が魅力ある仕掛けを打ち出した際には、アクセス改善が追い風になると言えそうだ。
■ビジネスにも好影響■
上野東京ライン開業でビジネスにもプラス効果が出ている。日立製作所は東京都千代田区の東京駅前に本社を置く一方、茨城県日立市や同ひたちなか市に複数の工場があり、多くの従業員が行き来する。同社の関係者は「東京駅から常磐線特急に乗り、そのまま日立市の日立事業所に行けるようになった。また常磐線の混雑も緩和された。便利になったのは間違いない。ただ茨城県の事業所に行く従業員は秋葉原地区のビルで働いている人が多く、その意味では多くの人が恩恵を受けている訳ではない」という。
上野東京ライン開業で地盤沈下が懸念されていた上野駅のお膝元・東京都台東区。しかし、地元商店街は「横浜方面からの来場者増加が見込める」と歓迎ムードだ。地元16商店街(1000店舗)が加盟する上野商店街連合会を傘下に持つ上野観光連盟の茅野雅弘事務総長は「肌感覚ではあるが、開業前に比べて上野を訪れる人が1―2割は増えている。上野公園の桜を見に来た人もいるが、上野東京ラインが後押ししていることもあるだろう」と実感している。
同連盟は開業に備え、横浜中華街発展会協同組合(横浜市中区)と相互観光誘致を目的とした観光パートナーシップを3月に結んだ。早速、回遊キャンペーン「パンダラインラリー」を開始。両者に加え、恩賜上野動物園と横浜市立野毛山動物園が連携し、各所にスタンプを設置した。合わせて東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館の3館共通入場券も発売。3万冊を用意し、「予想通りの売れ行き」(茅野事務総長)という。
また地区内の40商店以上で無線LANの無料接続サービスをNTT東日本と連携して始めた。外国人観光客は2週間、日本人観光客は1回1時間を1日4回まで無料でWi―Fi(ワイファイ)に接続できる。観光情報を掲載したサイトをスマートフォンやタブレット端末(携帯型情報端末)に表示して、回遊性を高める狙いだ。今後は博物館や美術館にも導入を進める。
■北関東−産業立地・観光期待■
上野東京ラインの開業は北関東のアクセス向上につながっている。栃木県産業労働観光部は「観光客増加への期待はもちろん、企業誘致活動に弾みをつけたい」と意欲をみせる。栃木県は2014年の工場立地動向調査で、電気業を除く立地面積で全国2位に輝いた。これまでも東北道や北関東道などの道路網、東北新幹線停車といった交通アクセスの良さをアピールしてきたが「鉄道移動の選択肢が増えることは、経済活動にとって大きい」(産業労働観光部産業政策課)と歓迎する。企業立地を促すセールストークなどに「上野東京ラインによる利便性アップ」を盛り込んでいく方針。
鬼怒川や湯西川などの温泉に恵まれる栃木県。旅館・ホテルのおかみさんたちで構成する「日光市女将の会」は3月上旬、横浜駅で観光キャンペーンを展開した。日光東照宮では徳川家康400回忌の今年、「400年式年大祭」が行われるとあって多くの宿泊客を見込む。宇都宮駅で1回乗り換えるだけで済む“のんびり電車旅”をアピールしている。
宇都宮市内のギョーザ専門店では上野東京ラインの開業を機に、「横浜・中華街とは違う、宇都宮ギョーザの魅力とおいしさを神奈川県の人たちに知ってほしい」と訴える。同市内には約200軒のギョーザ店がある。宇都宮―横浜間の直通電車は池袋・新宿経由の「湘南新宿ライン」だけだったが、本数が倍増した。ギョーザ業界の関係者からは「電車1本で結ぶ横浜は『シウマイ』でも知られる。歴史ある食べ物をめぐって、切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」といった声も聞かれる。
日刊工業新聞2015年04月16日深層断面