「未来の自動運転車は運転席から考えない方がいい」(デザイナー・原研哉)
「『車を所有する不合理』に、社会がいかに気付くかに興味がある」
自動運転時代が到来した。ヒューマンエラーを防ぎ安全を高めることにとどまらず、無人走行を実現する完全自動運転の技術も近い将来実用化されそうだ。現代の交通インフラは、自動車を核として構築されてきた。自動運転という新たな要素が加わるときに、都市や道路、そして人々の移動はどう変わるのか。日本デザインセンター(東京都中央区)代表で武蔵野美術大学教授を務める原研哉氏は、デザイナーとして日本の文化に深く根ざした作品に数多く取り組んでいる。近未来の自動運転社会の姿を聞いた。
ー原さんは以前、日本の自動車社会の未来を展望する展覧会を開催されたとお聞きします。その中で自動運転は、どう位置づけられましたか。
「日本車には賢い『小ささ』と優れた『環境性能』があります。徐々に『移動する都市細胞』というべき存在へと発展しそうだと感じています。エネルギー自給や通信機能をもつ独立したシステムが、毛細血管の中の血球細胞のように街の中を走り回るのです。こうした要素を持つ日本車は、自動運転に最も近い存在なのではないかと思っています。また近年の日本車は、軽自動車の傾向に顕著なように、四角く、ゆったりした室内へと変わってきており、欧州車のドライビング志向とは違った考え方へと進化し始めています」
「このような傾向を背景として、自動運転の時代には車のビジョンも新しいものが生まれるでしょう。よりコンパクトで、合理的になっていく。いまの自家用車は駐車している時間の方が圧倒的に長いし、長距離移動も少ない。ずっと同じままだとは思えません」
「間違いを犯しやすい人間が、白線を越えてはならないというルールだけで、猛スピードですれ違っている今日の状況を、未来人は『アンビリーバブル(信じられない)』と感じるかもしれません。彼女をドライブに誘ってOKがもらえたら、相当の信頼を獲得しているということになる(笑)。そんな変化も当然あるでしょう」
ー新しい車のビジョンを、もう少し具体的にお願いします。
「僕は運転免許を持っていませんが、乗客としては毎日、車を使います。未来の自動運転車のことは、運転席から考えない方がいいと思っています」
「これまでの自動車は自己実現やステータスが求められました。しかしパッセンジャーとしての自動車への要求は合理的な移動のみです。正確な時間で目的地につくことや、安心して乗れる清潔さや快適性が大事です。格好いい車でなくとも、パーソナルな空間移動をスムーズに実現したい。仕事をしながら、映画を見ながら、シャワーを浴びながら、あるいは寝ながら移動できればいい。移動時間というものの意味が変わってきます」
「これからは『遊動の時代』、つまり移動を常態と考えるような生活感になっていくかもしれない」
ー大きなパラダイムシフトですね。ただ人間には所有欲がありますし、マイカーの普及によって自動車産業は社会をリードしてきました。
「メーカーの方々は既に分かっていると思います。高性能な車が安く買えるようになると、車はステータスとはいえない。あえて買うなら趣味的なものになる」
「僕はマイカーの自動運転には興味がありません。むしろ『車を所有する不合理』に、社会がいかに気付くかに興味がある。たとえば渋滞という不合理や所有コストの不合理。これが是正される社会が、いずれ来るのではないでしょうか」
「こうした変化は産業構造の高度化にもつながると思います。産業は、20世紀的な『モノづくり』から『価値づくり』へとシフトします。製造業の国から、世界のモデルになる高効率・循環国家へと転換していくべきでしょう」
ー自動運転で、移動のあり方はどう変わるのでしょうか。
「あくまで感覚的な予想ですが、都市の中はもっと低速・スムーズに移動できるようになると思います。都市間の長距離移動は自動運転の高速移動レーンが整備されて、人が運転する車は入れなくなるかもしれません」
「モノの輸送、すなわち物流はヒトの移動より先に自動化されると思います。トラック輸送は人工知能(AI)による全体制御で、同じルートを往復する必要はなくなるでしょう。おそらくは小型化されて、最適なルートでブラウン運動をするように輸送車が動き回るようになるでしょう。今のように物流拠点で大型トラックから荷物を下ろし、積み替えて運ぶ無駄もなくなり、高効率になると思います」
ー人々の生活そのものにも変化がありますか。
「僕は特定の住所に家があって、そこに『定住』していると思っているのですが、冷静に振り返ってみると家にいる日数より移動している日数の方が長いことに気付きます。『定住』の反対語を『遊動』といいますが、これからは『遊動の時代』、つまり移動を常態と考えるような生活感になっていくかもしれないと思います」
原研哉氏インタビュー 後編はこちらから
<プロフィール>
1958年岡山県生まれ。1983年武蔵野美術大学大学院デザイン専攻修了。日本デザインセンター代表。長野オリンピック開・閉会式プログラム、EXPO2005愛知公式ポスターでは日本の美意識を伝えるデザインを展開。2002年より無印良品アートディレクター、代官山蔦屋書店、森ビル、GINZA SIX、MIKIMOTOなどのVIをはじめ、領域を超えたデザインプロジェクトを多数手がける。2008〜09年に展覧会『JAPAN CAR』をパリ/ロンドンのサイエンスミュージアムにて開催、日本車の可能性を世界に問いかけた。現在、外務省「JAPAN HOUSE」総合プロデューサー。世界インダストリアルビエンナーレ大賞、毎日デザイン賞、東京ADC賞グランプリ、亀倉雄策賞、原弘賞など、内外の受賞多数。2003年より武蔵野美術大学教授。著書『デザインのデザイン(岩波書店)』『白(中央公論新社)』『日本のデザイン(岩波書店)』『白百(中央公論新社)』は、多言語に翻訳され、世界に広く読者を持つ。>
ー原さんは以前、日本の自動車社会の未来を展望する展覧会を開催されたとお聞きします。その中で自動運転は、どう位置づけられましたか。
「日本車には賢い『小ささ』と優れた『環境性能』があります。徐々に『移動する都市細胞』というべき存在へと発展しそうだと感じています。エネルギー自給や通信機能をもつ独立したシステムが、毛細血管の中の血球細胞のように街の中を走り回るのです。こうした要素を持つ日本車は、自動運転に最も近い存在なのではないかと思っています。また近年の日本車は、軽自動車の傾向に顕著なように、四角く、ゆったりした室内へと変わってきており、欧州車のドライビング志向とは違った考え方へと進化し始めています」
「このような傾向を背景として、自動運転の時代には車のビジョンも新しいものが生まれるでしょう。よりコンパクトで、合理的になっていく。いまの自家用車は駐車している時間の方が圧倒的に長いし、長距離移動も少ない。ずっと同じままだとは思えません」
「間違いを犯しやすい人間が、白線を越えてはならないというルールだけで、猛スピードですれ違っている今日の状況を、未来人は『アンビリーバブル(信じられない)』と感じるかもしれません。彼女をドライブに誘ってOKがもらえたら、相当の信頼を獲得しているということになる(笑)。そんな変化も当然あるでしょう」
ー新しい車のビジョンを、もう少し具体的にお願いします。
「僕は運転免許を持っていませんが、乗客としては毎日、車を使います。未来の自動運転車のことは、運転席から考えない方がいいと思っています」
「これまでの自動車は自己実現やステータスが求められました。しかしパッセンジャーとしての自動車への要求は合理的な移動のみです。正確な時間で目的地につくことや、安心して乗れる清潔さや快適性が大事です。格好いい車でなくとも、パーソナルな空間移動をスムーズに実現したい。仕事をしながら、映画を見ながら、シャワーを浴びながら、あるいは寝ながら移動できればいい。移動時間というものの意味が変わってきます」
「これからは『遊動の時代』、つまり移動を常態と考えるような生活感になっていくかもしれない」
ー大きなパラダイムシフトですね。ただ人間には所有欲がありますし、マイカーの普及によって自動車産業は社会をリードしてきました。
「メーカーの方々は既に分かっていると思います。高性能な車が安く買えるようになると、車はステータスとはいえない。あえて買うなら趣味的なものになる」
「僕はマイカーの自動運転には興味がありません。むしろ『車を所有する不合理』に、社会がいかに気付くかに興味がある。たとえば渋滞という不合理や所有コストの不合理。これが是正される社会が、いずれ来るのではないでしょうか」
「こうした変化は産業構造の高度化にもつながると思います。産業は、20世紀的な『モノづくり』から『価値づくり』へとシフトします。製造業の国から、世界のモデルになる高効率・循環国家へと転換していくべきでしょう」
ー自動運転で、移動のあり方はどう変わるのでしょうか。
「あくまで感覚的な予想ですが、都市の中はもっと低速・スムーズに移動できるようになると思います。都市間の長距離移動は自動運転の高速移動レーンが整備されて、人が運転する車は入れなくなるかもしれません」
「モノの輸送、すなわち物流はヒトの移動より先に自動化されると思います。トラック輸送は人工知能(AI)による全体制御で、同じルートを往復する必要はなくなるでしょう。おそらくは小型化されて、最適なルートでブラウン運動をするように輸送車が動き回るようになるでしょう。今のように物流拠点で大型トラックから荷物を下ろし、積み替えて運ぶ無駄もなくなり、高効率になると思います」
ー人々の生活そのものにも変化がありますか。
「僕は特定の住所に家があって、そこに『定住』していると思っているのですが、冷静に振り返ってみると家にいる日数より移動している日数の方が長いことに気付きます。『定住』の反対語を『遊動』といいますが、これからは『遊動の時代』、つまり移動を常態と考えるような生活感になっていくかもしれないと思います」
原研哉氏インタビュー 後編はこちらから
1958年岡山県生まれ。1983年武蔵野美術大学大学院デザイン専攻修了。日本デザインセンター代表。長野オリンピック開・閉会式プログラム、EXPO2005愛知公式ポスターでは日本の美意識を伝えるデザインを展開。2002年より無印良品アートディレクター、代官山蔦屋書店、森ビル、GINZA SIX、MIKIMOTOなどのVIをはじめ、領域を超えたデザインプロジェクトを多数手がける。2008〜09年に展覧会『JAPAN CAR』をパリ/ロンドンのサイエンスミュージアムにて開催、日本車の可能性を世界に問いかけた。現在、外務省「JAPAN HOUSE」総合プロデューサー。世界インダストリアルビエンナーレ大賞、毎日デザイン賞、東京ADC賞グランプリ、亀倉雄策賞、原弘賞など、内外の受賞多数。2003年より武蔵野美術大学教授。著書『デザインのデザイン(岩波書店)』『白(中央公論新社)』『日本のデザイン(岩波書店)』『白百(中央公論新社)』は、多言語に翻訳され、世界に広く読者を持つ。>