東京・大田区の町工場、若者が離職しない会社文化はどう醸成されたか?
“モノづくりの集積地”と呼ばれる東京都大田区には3000以上の町工場が存在する。8割以上は従業員10人以下だといわれているが、近年、都立六郷工科高校(東京都大田区)のインターンシップ(就業体験)制度の活性化や日本工学院専門学校(同)の授業設置などで、新卒社員の入社が増えている。昔ながらの職人に憧れる若者は多いが、現場の厳しさからなかなか定着に結びつかない。“職人の卵”を確保・育成する現場の現状を探る。
「失敗を生かしてやっとこの体系にたどり着いた」―。金属の丸棒の切削加工を手がけるエステー精工の佐川光太郎社長は苦労を忍ばせる。高い技術を後世に残すべく早急に若手社員を必要としているが、新卒採用には工場見学、インターン、筆記試験、面接の4段階を設ける。数種類の筆記試験や3段階の面接など、大手と同じような内容だ。
同社が新卒採用を始めたのは8年前。高校や短大、訓練校などの教育機関に声をかけ、希望者を募っている。採用開始当初は興味を持ってもらえるだけでうれしく、希望があれば即採用していたという。しかし働く側と雇う側のニーズがかみ合わず、短期間で辞める事例が相次いだ。
そこで「人材を選んで採用する」方針に切り替えた。佐川社長は「採用に時間をかけることで、定着率を上げた。何度か会社に足を運んでもらい、当社に入社したいという熱意の有無をみるのも大事だ」と明かす。
現在、同社の現場では2人の若手社員が職人技を継承すべく腕を磨いている。優秀な社員と巡り会い、技術承継を進めている。
一方で、意図せず女性の新卒社員が集まる町工場がある。シナノ産業では4人の女性社員が現場で働いており、うち3人は新卒で入社した社員だ。柳沢久仁夫社長は「10年前に入社した女性社員が今でも働いているのが大きい。後に続く社員が安心して入ってこられる」と話す。
樹脂の切削加工を手がける同社では、切削油をあまり使わない。現場が汚れにくく、整理整頓もされている。モノづくり現場で働きたいという女性が、働く先を決める、決め手の一つとなっている。いわゆる“3K”の改善も採用および定着の重要なカギのようだ。
また、定着率向上で問題となるのは就労環境だけではない。製造現場で長らく定着してきた“見て学べ”という職人の文化がその一つだ。マニュアルや動画によるわかりやすい説明で教育を受けてきた若い世代に、このやり方は通用しない。
エステー精工では、新卒社員入社前に職人を教育したという。佐川社長は「“見て学べ”と言わないようにお願いした。丁寧な説明を心がけてもらっている。またインターン時には、既存社員全員に“教える”という行為をやってもらっている」と明かす。
現在同社では、作業のマニュアル化にも挑んでいる。職人、若手、双方の思いをくみ、働きやすい環境づくりを進める。
試験片製造や特殊部品の加工を手がける昭和製作所でも現場に「教える文化」を根付かせることで、高い定着率を実現している。
13年から新卒採用を開始した同社では既に20代、30代の先輩がいる。それぞれに「先輩は後輩に仕事を教える」という文化が根付いている。自然に教え合う現場ができあがっている。
舟久保利和社長は「アナログだが、コミュニケーションをとることが一番のこつだ」と明かす。
少人数の町工場では、教育に労力や時間を割きにくい。即戦力となる中途の人材を求める企業も多い。金属部品の加工や各種装置の組み立てを手がける関鉄工所もその一つだった。今年10年ぶりに新卒社員を採用した。関英一社長は「思ったより戦力になった。今後もタイミングをみて新卒をとってもいいと思った」と語る。
加工を手がける各企業は、図面は同じでも、どの程度の品質を求めるかが異なる。新卒社員は技術を身につけるのに時間はかかるが、この意識は自然に身につく。他方、中途社員は技術はあるが、意識を1度変える必要がある。ここに意外と時間がかかるという。
関社長は「最終的に技術を“身につけた”といえるまでの時間は変わらないことに気付いた」と明るい表情をみせる。今後も採用は増えていきそうだ。
また同社では、新卒採用が既存社員の教育にもつながっている。直近の先輩が仕事を教えるため、30代の社員に直属の後輩ができ、モチベーションが上がったという。教えることで自分の仕事を見直すため、理解も深まる。人材育成という効果も生んでいる。
若者の売り手市場が続く昨今、人材確保に悩む中小企業は多い。大田区では工業高校や専門学校、職業訓練校などの教育機関との連携が採用につながる、という恵まれた環境にある。中学生の就業体験が雇用につながった珍しい事例もある。
また“モノづくりの街”としての周知活動も一つのきっかけとなっている。昭和製作所の女性社員は、イベントで大田区のモノづくりに関する講演を聞いて魅力を感じ、同区の町工場への就職を希望した。シナノ産業の女性社員も「手を動かすモノづくりがしたい」と希望し、同区の町工場が多く集まる就職イベントに参加した。
人材を選んで採用 熱意重視、定着率向上で技術承継
「失敗を生かしてやっとこの体系にたどり着いた」―。金属の丸棒の切削加工を手がけるエステー精工の佐川光太郎社長は苦労を忍ばせる。高い技術を後世に残すべく早急に若手社員を必要としているが、新卒採用には工場見学、インターン、筆記試験、面接の4段階を設ける。数種類の筆記試験や3段階の面接など、大手と同じような内容だ。
同社が新卒採用を始めたのは8年前。高校や短大、訓練校などの教育機関に声をかけ、希望者を募っている。採用開始当初は興味を持ってもらえるだけでうれしく、希望があれば即採用していたという。しかし働く側と雇う側のニーズがかみ合わず、短期間で辞める事例が相次いだ。
そこで「人材を選んで採用する」方針に切り替えた。佐川社長は「採用に時間をかけることで、定着率を上げた。何度か会社に足を運んでもらい、当社に入社したいという熱意の有無をみるのも大事だ」と明かす。
現在、同社の現場では2人の若手社員が職人技を継承すべく腕を磨いている。優秀な社員と巡り会い、技術承継を進めている。
一方で、意図せず女性の新卒社員が集まる町工場がある。シナノ産業では4人の女性社員が現場で働いており、うち3人は新卒で入社した社員だ。柳沢久仁夫社長は「10年前に入社した女性社員が今でも働いているのが大きい。後に続く社員が安心して入ってこられる」と話す。
樹脂の切削加工を手がける同社では、切削油をあまり使わない。現場が汚れにくく、整理整頓もされている。モノづくり現場で働きたいという女性が、働く先を決める、決め手の一つとなっている。いわゆる“3K”の改善も採用および定着の重要なカギのようだ。
また、定着率向上で問題となるのは就労環境だけではない。製造現場で長らく定着してきた“見て学べ”という職人の文化がその一つだ。マニュアルや動画によるわかりやすい説明で教育を受けてきた若い世代に、このやり方は通用しない。
エステー精工では、新卒社員入社前に職人を教育したという。佐川社長は「“見て学べ”と言わないようにお願いした。丁寧な説明を心がけてもらっている。またインターン時には、既存社員全員に“教える”という行為をやってもらっている」と明かす。
現在同社では、作業のマニュアル化にも挑んでいる。職人、若手、双方の思いをくみ、働きやすい環境づくりを進める。
試験片製造や特殊部品の加工を手がける昭和製作所でも現場に「教える文化」を根付かせることで、高い定着率を実現している。
13年から新卒採用を開始した同社では既に20代、30代の先輩がいる。それぞれに「先輩は後輩に仕事を教える」という文化が根付いている。自然に教え合う現場ができあがっている。
舟久保利和社長は「アナログだが、コミュニケーションをとることが一番のこつだ」と明かす。
先輩社員も成長 教えることで理解も深まる
少人数の町工場では、教育に労力や時間を割きにくい。即戦力となる中途の人材を求める企業も多い。金属部品の加工や各種装置の組み立てを手がける関鉄工所もその一つだった。今年10年ぶりに新卒社員を採用した。関英一社長は「思ったより戦力になった。今後もタイミングをみて新卒をとってもいいと思った」と語る。
加工を手がける各企業は、図面は同じでも、どの程度の品質を求めるかが異なる。新卒社員は技術を身につけるのに時間はかかるが、この意識は自然に身につく。他方、中途社員は技術はあるが、意識を1度変える必要がある。ここに意外と時間がかかるという。
関社長は「最終的に技術を“身につけた”といえるまでの時間は変わらないことに気付いた」と明るい表情をみせる。今後も採用は増えていきそうだ。
また同社では、新卒採用が既存社員の教育にもつながっている。直近の先輩が仕事を教えるため、30代の社員に直属の後輩ができ、モチベーションが上がったという。教えることで自分の仕事を見直すため、理解も深まる。人材育成という効果も生んでいる。
若者の売り手市場が続く昨今、人材確保に悩む中小企業は多い。大田区では工業高校や専門学校、職業訓練校などの教育機関との連携が採用につながる、という恵まれた環境にある。中学生の就業体験が雇用につながった珍しい事例もある。
また“モノづくりの街”としての周知活動も一つのきっかけとなっている。昭和製作所の女性社員は、イベントで大田区のモノづくりに関する講演を聞いて魅力を感じ、同区の町工場への就職を希望した。シナノ産業の女性社員も「手を動かすモノづくりがしたい」と希望し、同区の町工場が多く集まる就職イベントに参加した。
日刊工業新聞2018年7月30日