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パナソニック、電池を左右する1ナノメートルの世界を解明へ
連載「EVドミノ」バッテリー・インサイド②
全固体電池もリチウムイオン電池も、わずか10億分の1メートル(1ナノメートル)単位の〈界面〉が性能のカギを握る。電解質や電極材料という主要材料が注目されがちだが、両者が接する界面をイオンがスムーズに流れなければ狙った性能は出ないからだ。これまで見る術のなかった超微細な世界の解明に、異分野から電池業界に入った研究者が光を当て始めた。
界面でリチウムイオンが動きにくくなる現象は、電池の研究者や技術者の注目の的だ。全固体電池の固体電解質の研究をリードする東京工業大学の菅野了次教授は、界面の状態を模した「モデル系」を作成し、メカニズムを研究している。菅野教授の固体電解質を使った全固体電池は、界面の問題を感じさせないくらいスムーズに稼働しているが、「固体電池も界面のメカニズムは調べなければいけない」(菅野教授)と力を込めて語る。
一方、大手自動車メーカー出身で、長年電気自動車(EV)の研究に携わってきた元技術者は、界面の問題を理由に、「固体電解質と電解液のどちらが主要になるか、今は判断できないのではないか」と話す。リチウムイオン電池や鉛電池は、界面の状態を良くする材料の組み合わせノウハウを長年積み重ねて進化した。それに比べ全固体電池は知見が少なく、期待よりも高性能電池の量産化が遅い可能性もあると指摘する。
現在のリチウムイオン電池も、充放電サイクルを繰り返した時に界面から劣化することが少なくない。界面を知ることはとても重要だ。
パナソニックテクノロジーイノベーション本部の野村優貴主任研究員は、全固体電池の正極と電解質の界面でリチウムイオンが動く様子を、透過型電子顕微鏡(TEM)を使って観察することに成功した。1~10ナノメートルの超微細な界面に、光が当てられた瞬間だ。野村主任研究員は、「これまでの材料開発は宝探し。これからは界面の設計から材料を考えられるようになる」と話す。
これまでの材料開発は、「どんな化合物の充放電特性がいいか仮説を立てて、たくさんの化合物を合成し、実際に電池を作成して特性を確認する」(野村主任研究員)ということを繰り返していた。有望な化合物が見つかれば、似た構造の化合物を合成して電池の特性を試す。力わざだった。
今回開発した「オペランドTEM解析技術」は、数ミリメートル角の小さな試料電池を作成し、安定的に充放電した状態で観察できるように顕微鏡のホルダーを改造した。1ナノメートル単位を見分ける分解能があり、正極材料内のリチウムイオンの濃度分布を解析できる。さらに結晶状態やいくつ電子が飛んでいるかまで可視化できる。この情報をもとに、次の電極材料の化合物を作成する時に、どんな改良を加えればさらに特性がよくなるか見当を付けられる。パイオニアリングリサーチセンターアドバンストアナリシスチームの井垣恵美子課長は、「例えば、100回の材料実験の試行錯誤を、ヒントがあれば5分の1くらいに絞れるかもしれない」と期待を寄せる。
野村主任研究員が新しい解析方法を開発できたのは、もともと電池の専門ではなかったからだ。電池の研究者がイオンの動きをリアルタイムに調べる時、通常は大型放射光施設の「SPring-8(スプリング8)」を使う。だが、スプリング8の分解能は100ナノメートルで、電極内でのイオンの平均的な状態はわかるが、1~10ナノメートルの界面での状態をピンポイントで見ることはできない。
これに対し、野村主任研究員の学生時代からの専門は電子顕微鏡だ。パナソニックに入社後に材料開発を2-3年経験し、その後で再び電子顕微鏡の専門に戻った。両方を経験したことで、「電池内の界面のような微細な部分を見るなら、TEMを応用しない手はない」(野村主任研究員)と思ったという。
そこで、電子顕微鏡の中で電池を動かす技術を持つファインセラミックスセンター(名古屋市熱田区)と、化合物を構成する元素や電子の構造を分析する「電子エネルギー損失分光法(EELS)」に詳しい名古屋大学と共同で、このオペランドTEM解析技術を開発した。
パナソニックは、社内の材料開発のスピードを上げるために、この解析技術を使いはじめたばかり。強みの源泉となると期待を寄せる。一方、電池の研究全体にとって、この発見は二つの意味があるだろう。一つは、界面のメカニズム解明への前進、もう一つは異分野の研究者との連携がもたらす可能性だ。昔からあるのに、わかっていないことも多い電池。新しい視点が研究を加速することに期待したい。
①全固体電池ブームをつくった研究者が語る最前線/東京工業大学・菅野了次教授
②電池を左右する1ナノメートルの世界を解明へ
③コバルト、リチウム・・・資源不足の事実と誤解
④EV航続距離を2倍に?!巨大プロジェクトの全貌
研究者たちの注目の的
界面でリチウムイオンが動きにくくなる現象は、電池の研究者や技術者の注目の的だ。全固体電池の固体電解質の研究をリードする東京工業大学の菅野了次教授は、界面の状態を模した「モデル系」を作成し、メカニズムを研究している。菅野教授の固体電解質を使った全固体電池は、界面の問題を感じさせないくらいスムーズに稼働しているが、「固体電池も界面のメカニズムは調べなければいけない」(菅野教授)と力を込めて語る。
一方、大手自動車メーカー出身で、長年電気自動車(EV)の研究に携わってきた元技術者は、界面の問題を理由に、「固体電解質と電解液のどちらが主要になるか、今は判断できないのではないか」と話す。リチウムイオン電池や鉛電池は、界面の状態を良くする材料の組み合わせノウハウを長年積み重ねて進化した。それに比べ全固体電池は知見が少なく、期待よりも高性能電池の量産化が遅い可能性もあると指摘する。
現在のリチウムイオン電池も、充放電サイクルを繰り返した時に界面から劣化することが少なくない。界面を知ることはとても重要だ。
パナソニックテクノロジーイノベーション本部の野村優貴主任研究員は、全固体電池の正極と電解質の界面でリチウムイオンが動く様子を、透過型電子顕微鏡(TEM)を使って観察することに成功した。1~10ナノメートルの超微細な界面に、光が当てられた瞬間だ。野村主任研究員は、「これまでの材料開発は宝探し。これからは界面の設計から材料を考えられるようになる」と話す。
右の一連の図がオペランドTEM解析で可視化されたリチウムイオンの濃度分布。充電時に正極材の界面でリチウムイオンが通りにくくなっていることがわかる。
力わざの材料開発が変わる
これまでの材料開発は、「どんな化合物の充放電特性がいいか仮説を立てて、たくさんの化合物を合成し、実際に電池を作成して特性を確認する」(野村主任研究員)ということを繰り返していた。有望な化合物が見つかれば、似た構造の化合物を合成して電池の特性を試す。力わざだった。
今回開発した「オペランドTEM解析技術」は、数ミリメートル角の小さな試料電池を作成し、安定的に充放電した状態で観察できるように顕微鏡のホルダーを改造した。1ナノメートル単位を見分ける分解能があり、正極材料内のリチウムイオンの濃度分布を解析できる。さらに結晶状態やいくつ電子が飛んでいるかまで可視化できる。この情報をもとに、次の電極材料の化合物を作成する時に、どんな改良を加えればさらに特性がよくなるか見当を付けられる。パイオニアリングリサーチセンターアドバンストアナリシスチームの井垣恵美子課長は、「例えば、100回の材料実験の試行錯誤を、ヒントがあれば5分の1くらいに絞れるかもしれない」と期待を寄せる。
野村主任研究員が新しい解析方法を開発できたのは、もともと電池の専門ではなかったからだ。電池の研究者がイオンの動きをリアルタイムに調べる時、通常は大型放射光施設の「SPring-8(スプリング8)」を使う。だが、スプリング8の分解能は100ナノメートルで、電極内でのイオンの平均的な状態はわかるが、1~10ナノメートルの界面での状態をピンポイントで見ることはできない。
異分野の目が切り拓く
これに対し、野村主任研究員の学生時代からの専門は電子顕微鏡だ。パナソニックに入社後に材料開発を2-3年経験し、その後で再び電子顕微鏡の専門に戻った。両方を経験したことで、「電池内の界面のような微細な部分を見るなら、TEMを応用しない手はない」(野村主任研究員)と思ったという。
そこで、電子顕微鏡の中で電池を動かす技術を持つファインセラミックスセンター(名古屋市熱田区)と、化合物を構成する元素や電子の構造を分析する「電子エネルギー損失分光法(EELS)」に詳しい名古屋大学と共同で、このオペランドTEM解析技術を開発した。
パナソニックは、社内の材料開発のスピードを上げるために、この解析技術を使いはじめたばかり。強みの源泉となると期待を寄せる。一方、電池の研究全体にとって、この発見は二つの意味があるだろう。一つは、界面のメカニズム解明への前進、もう一つは異分野の研究者との連携がもたらす可能性だ。昔からあるのに、わかっていないことも多い電池。新しい視点が研究を加速することに期待したい。
連載「EVドミノ」掲載記事
①全固体電池ブームをつくった研究者が語る最前線/東京工業大学・菅野了次教授
②電池を左右する1ナノメートルの世界を解明へ
③コバルト、リチウム・・・資源不足の事実と誤解
④EV航続距離を2倍に?!巨大プロジェクトの全貌
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電気自動車(EV)社会の実現のカギと期待される『全固体電池』開発の最前線を追う。