暁星高校版「ちはやふる」、全国9連覇した強さの源泉
<名将に聞くコーチングの流儀#11>競技かるた部顧問・田口貴志氏
小倉百人一首を用いて行う「競技かるた」。“優雅で文化的なもの”というイメージがあるが、競技スポーツと同じく個人の力とチームワークを高めることが、好成績を収めるカギを握る。暁星高校(東京都千代田区)競技かるた部は“かるたの甲子園”と言われ、地区予選を含めて300校が参加する「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」で08年から16年まで9連覇を達成した強豪校だ。顧問を務める田口貴志教諭も一流選手の称号である「A級ライセンス」を保有する。名将でもあり名選手でもあるが、その指導方針は入門者や競技レベルが発展段階の部員に寄り添う“弱者の視点に立つ”という意外なもの。輝かしい実績を残す組織の運営と人材育成は、日頃どのように行われているのか。その指導方法に迫った。
─競技かるたについて教えてください。
田口「競技者が1対1で向かい合い、小倉百人一首の和歌の下の句が書かれた取り札をそれぞれが自陣を3段に分けて25枚並べます。そして、15分間、自分の陣地と相手の陣地の札の位置を覚えて試合を開始。読み上げられた和歌の取り札を取ります。相手の陣地の札を取ったら、自分の陣地の札を1枚、相手の陣地に送ります。自分の陣地の札をなくした方が勝ちです」
─競技かるたの醍醐味とは。
田口「独特の緊張感が張り詰めるなかで、読み上げられた瞬間に反応して相手より素早く札を取ることが1番の醍醐味です。聴覚・視覚・反射神経をフルに使い、『払い手』と呼ばれる札を飛ばすテクニックも必要になります。また、試合中は正座なので肉体的にも過酷です。心技体を常に整えていなければなりません。1つの試合は約80分かかり、終わると疲労困憊です。小倉百人一首の教養的要素や文化的なイメージから優雅なものに思われがちですが、同時にスポーツの要素を合わせ持った競技と言えます」
「平日の練習では、試合形式の対戦を2回行うことが基本です。休日は最長9時間の練習をすることもあります。和歌の暗記も最初は大変かもしれませんが、効率良く覚えられる独自の方法を考えて、競技かるたを『楽しい』『好き』と思ってもらうようにしています。この2つの思いはどんな困難も乗り越える最大の原動力です。数ある部活動のなかから、競技かるた部を選んでもらったわけですから、まずは生徒に好きになってもらうこと、そのためには楽しさを感じてもらうことを重視しています」
─2つの思いを感じてもらうためにどんな工夫をしていますか。
田口「新入部員でも入部初日からかるたを取ります。そのため、札を取るためのエッセンスを詰め込んだ「40枚かるた」を用いて指導しています。札が取れれば競技かるたが楽しくなりますし、楽しくなれば好きになるのにはそんなに時間はかかりません」
「40枚かるたの基本的な考え方は、特徴的な札から覚え、まずはその覚えた札を確実に取るというシンプルなものです。やるべき最低限のことをしっかりやりきるということでもあります。暗記は競技かるたに取り組むためには必要なことですが、この方法で壁を乗り越えています」
─具体的な方法は。
田口「40枚の選定は「決まり字」を基準にしています。決まり字とは、その歌の上の句を最初から読んでいき、その文字が読まれたらその歌がどの一首なのか判別がつく文字のことです。『む』『す』『め』『ふ』『さ』『ほ』『せ』で始まる和歌は、それぞれ1首だけの『1字決まり』なので、この7首をまず選びました」
「また、『う』『つ』『し』『も』『ゆ』で始まり、2文字目が決まり字となる『2字決まり』は、それぞれ2枚ずつあるので、この10首も入れる、というように選定しました」
「『40枚かるた』は、通常の100枚を使用する試合よりもずっと早く試合が終わり、1日4試合できます。数多く試合ができれば勝率は高まります。練習で勝てればますます楽しさを感じ、モチベーションが維持できます」
「たとえ80分間集中力を切らさず練習に臨んでも、2試合とも負けてしまったら、やっぱり落ち込みます。しかし1つでも勝てば、つまり成功体験を得ることができれば、次の日もやる気を持って練習に臨めます。0勝2敗でその日を終えるのと、1勝3敗で終えるのでは大違いです」
─習熟度が低い部員への指導を重視する一方で、有能な部員のモチベーションの維持も必要です。
田口「もちろんです。ただ、有能な部員は指導をしなくても自己を高められます。未熟な部員の競技レベルが上がれば、うまい人も危機感を抱いて、より一層、練習に励むようになるのです。そうした好循環を生み出すことが伝統になっているので暁星高校は成果を残せたのだと思います」
「私は組織に停滞感が生まれるのは特定の人に成功体験が偏るからだと思います。組織は強い人やできる人の論理で動きがちです。だけどそれでよいのかは疑問です。弱い人やなかなか成果が出ない人も、成功体験があれば絶対に変わります。成功体験を得られれば楽しい。楽しければモチベーションは上がる。こうして1人ひとりのモチベーションが高くなり、活躍する人が続々と出てくる組織が、結果を出す条件だと思います」
─そのように考えるようになったきっかけは。
田口「就任1年目の94年に全国大会でベスト8に進出しました。そのときはひたすら猛特訓を課していました。その後も95年ベスト4、96年ベスト8、97年ベスト4と常に上位に進出するのですが、あと一歩のところで勝てない。そのときにある思いが湧きました」
「チーム全体、特に初心者にもっと目を向けるべきではないかと。それから、有能な部員を鍛えるだけではなく、結果が出せていない選手や競技レベルが成熟していない選手の指導を重視するようになりました」
─指導者が工夫を凝らしても結果が出ない場合、どのように部員を導きますか。
田口「やるべきポイントを絞って徹底させます。まず基礎に戻り、自陣の守備を重視したかるたを指導します。欲張らず、自分の陣地の札に集中し、絶対に相手に取らせないことです。じっくり基礎を徹底するだけで勝率は上がります。弱者は弱者なりに、最低限のことをしっかりやりきれば強みになるいうことです。この心がけは社会に出ても基本になると思います」
「また、精神的なことの参考になればと、私物の漫画を部室に置きました。生徒も空き時間に読んでいるようです。ちばあきおの「キャプテン」や井上雅彦の「スラムダンク」などのスポーツ漫画は、「練習や努力は嘘をつかない」ということを伝えていると思います」
─思うような成果が出ないとき、指導者はどのようにモチベーションを維持するべきですか。
田口「名選手だった指導者は「何でできないの」という言い方をしてしまうことがあります。会社でも仕事ができる人はこのように言ってしまいがちです。時にはハードルを下げてやることや「できなくて当然」と言ってやることも、指導者やリーダーには必要だと思います。世代によって、すぐに成熟する学年と時間のかかる学年があります。しかし、指導者としては慌てず長い目で見て、最後は1人ひとりに部活動を通して自信や充実感を得てもらいたいと思います」
─指導者の思いはどうしたら伝わりますか。
田口「明確な答えはないと思います。ただ、逃げず1人ひとりに正面から向き合うことが1つの答えに成りうるでしょう。実は私の胸にしこりとして残っていることがあります。ある代の主力選手だった部員のことです。大事な大会の前に練習に気持ちが入っていないように見えました」
「そこで私は勝負に打って出て、団体戦のメンバーから外しました。しかし思惑は外れ、納得できなかった彼は退部してしまったのです。最悪のシナリオになってしまいました。突き放すのではなく、彼に対してはきっと別の導き方があったのでしょう」
「一方で、この出来事が起こったことでチームに緊張感が生まれたのか、その後の大会では好成績を残すことができました。そのときの厳しい対応は、正しかったのかどうか、いまだに答えは出ていません。しかし指導者は結果を恐れず、しかるべきときには毅然とした態度で臨み、正論を突きつけることも必要だと思っています」
「今はさまざまな点において、昔と環境が変わってきました。指導方法に悩むリーダーも多いと思います。厳しい指導にはつい及び腰になりがちですが、いざという時はしっかり向き合って勝負しなければいけないのです」
(聞き手=成島 正倫)
できる人や強い人だけでなく、弱い立場の人にとっても居心地が良い組織をつくる。弱者の力が、いずれチームの財産となり、チームワークが高まる。それが結果を残す組織をつくる方法だと思います。
〈略歴〉
たぐち たかし
1969年、大分県生まれ。早稲田高校から早稲田大学第一文学部へ進学後、本格的に競技かるたに取り組む。4年生時に全国学生かるた選手権大会個人戦優勝。大学卒業後、地方公務員を経て94年から暁星高校国語科教諭。着任と同時に同校競技かるた部顧問。独自の指導で、かるた甲子園と言われる「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」で08〜16年まで9連覇を達成。自身は選手として98年に競技かるた第44期名人戦出場、準名人に輝いた。漫画「ちはやふる」では監修を務めた。>
独自のエッセンスで暗記の壁を突破
─競技かるたについて教えてください。
田口「競技者が1対1で向かい合い、小倉百人一首の和歌の下の句が書かれた取り札をそれぞれが自陣を3段に分けて25枚並べます。そして、15分間、自分の陣地と相手の陣地の札の位置を覚えて試合を開始。読み上げられた和歌の取り札を取ります。相手の陣地の札を取ったら、自分の陣地の札を1枚、相手の陣地に送ります。自分の陣地の札をなくした方が勝ちです」
─競技かるたの醍醐味とは。
田口「独特の緊張感が張り詰めるなかで、読み上げられた瞬間に反応して相手より素早く札を取ることが1番の醍醐味です。聴覚・視覚・反射神経をフルに使い、『払い手』と呼ばれる札を飛ばすテクニックも必要になります。また、試合中は正座なので肉体的にも過酷です。心技体を常に整えていなければなりません。1つの試合は約80分かかり、終わると疲労困憊です。小倉百人一首の教養的要素や文化的なイメージから優雅なものに思われがちですが、同時にスポーツの要素を合わせ持った競技と言えます」
「平日の練習では、試合形式の対戦を2回行うことが基本です。休日は最長9時間の練習をすることもあります。和歌の暗記も最初は大変かもしれませんが、効率良く覚えられる独自の方法を考えて、競技かるたを『楽しい』『好き』と思ってもらうようにしています。この2つの思いはどんな困難も乗り越える最大の原動力です。数ある部活動のなかから、競技かるた部を選んでもらったわけですから、まずは生徒に好きになってもらうこと、そのためには楽しさを感じてもらうことを重視しています」
─2つの思いを感じてもらうためにどんな工夫をしていますか。
田口「新入部員でも入部初日からかるたを取ります。そのため、札を取るためのエッセンスを詰め込んだ「40枚かるた」を用いて指導しています。札が取れれば競技かるたが楽しくなりますし、楽しくなれば好きになるのにはそんなに時間はかかりません」
「40枚かるたの基本的な考え方は、特徴的な札から覚え、まずはその覚えた札を確実に取るというシンプルなものです。やるべき最低限のことをしっかりやりきるということでもあります。暗記は競技かるたに取り組むためには必要なことですが、この方法で壁を乗り越えています」
─具体的な方法は。
田口「40枚の選定は「決まり字」を基準にしています。決まり字とは、その歌の上の句を最初から読んでいき、その文字が読まれたらその歌がどの一首なのか判別がつく文字のことです。『む』『す』『め』『ふ』『さ』『ほ』『せ』で始まる和歌は、それぞれ1首だけの『1字決まり』なので、この7首をまず選びました」
「また、『う』『つ』『し』『も』『ゆ』で始まり、2文字目が決まり字となる『2字決まり』は、それぞれ2枚ずつあるので、この10首も入れる、というように選定しました」
「『40枚かるた』は、通常の100枚を使用する試合よりもずっと早く試合が終わり、1日4試合できます。数多く試合ができれば勝率は高まります。練習で勝てればますます楽しさを感じ、モチベーションが維持できます」
「たとえ80分間集中力を切らさず練習に臨んでも、2試合とも負けてしまったら、やっぱり落ち込みます。しかし1つでも勝てば、つまり成功体験を得ることができれば、次の日もやる気を持って練習に臨めます。0勝2敗でその日を終えるのと、1勝3敗で終えるのでは大違いです」
成功体験が人を変える
─習熟度が低い部員への指導を重視する一方で、有能な部員のモチベーションの維持も必要です。
田口「もちろんです。ただ、有能な部員は指導をしなくても自己を高められます。未熟な部員の競技レベルが上がれば、うまい人も危機感を抱いて、より一層、練習に励むようになるのです。そうした好循環を生み出すことが伝統になっているので暁星高校は成果を残せたのだと思います」
「私は組織に停滞感が生まれるのは特定の人に成功体験が偏るからだと思います。組織は強い人やできる人の論理で動きがちです。だけどそれでよいのかは疑問です。弱い人やなかなか成果が出ない人も、成功体験があれば絶対に変わります。成功体験を得られれば楽しい。楽しければモチベーションは上がる。こうして1人ひとりのモチベーションが高くなり、活躍する人が続々と出てくる組織が、結果を出す条件だと思います」
─そのように考えるようになったきっかけは。
田口「就任1年目の94年に全国大会でベスト8に進出しました。そのときはひたすら猛特訓を課していました。その後も95年ベスト4、96年ベスト8、97年ベスト4と常に上位に進出するのですが、あと一歩のところで勝てない。そのときにある思いが湧きました」
「チーム全体、特に初心者にもっと目を向けるべきではないかと。それから、有能な部員を鍛えるだけではなく、結果が出せていない選手や競技レベルが成熟していない選手の指導を重視するようになりました」
正論を突き付けて勝負する
─指導者が工夫を凝らしても結果が出ない場合、どのように部員を導きますか。
田口「やるべきポイントを絞って徹底させます。まず基礎に戻り、自陣の守備を重視したかるたを指導します。欲張らず、自分の陣地の札に集中し、絶対に相手に取らせないことです。じっくり基礎を徹底するだけで勝率は上がります。弱者は弱者なりに、最低限のことをしっかりやりきれば強みになるいうことです。この心がけは社会に出ても基本になると思います」
「また、精神的なことの参考になればと、私物の漫画を部室に置きました。生徒も空き時間に読んでいるようです。ちばあきおの「キャプテン」や井上雅彦の「スラムダンク」などのスポーツ漫画は、「練習や努力は嘘をつかない」ということを伝えていると思います」
─思うような成果が出ないとき、指導者はどのようにモチベーションを維持するべきですか。
田口「名選手だった指導者は「何でできないの」という言い方をしてしまうことがあります。会社でも仕事ができる人はこのように言ってしまいがちです。時にはハードルを下げてやることや「できなくて当然」と言ってやることも、指導者やリーダーには必要だと思います。世代によって、すぐに成熟する学年と時間のかかる学年があります。しかし、指導者としては慌てず長い目で見て、最後は1人ひとりに部活動を通して自信や充実感を得てもらいたいと思います」
─指導者の思いはどうしたら伝わりますか。
田口「明確な答えはないと思います。ただ、逃げず1人ひとりに正面から向き合うことが1つの答えに成りうるでしょう。実は私の胸にしこりとして残っていることがあります。ある代の主力選手だった部員のことです。大事な大会の前に練習に気持ちが入っていないように見えました」
「そこで私は勝負に打って出て、団体戦のメンバーから外しました。しかし思惑は外れ、納得できなかった彼は退部してしまったのです。最悪のシナリオになってしまいました。突き放すのではなく、彼に対してはきっと別の導き方があったのでしょう」
「一方で、この出来事が起こったことでチームに緊張感が生まれたのか、その後の大会では好成績を残すことができました。そのときの厳しい対応は、正しかったのかどうか、いまだに答えは出ていません。しかし指導者は結果を恐れず、しかるべきときには毅然とした態度で臨み、正論を突きつけることも必要だと思っています」
「今はさまざまな点において、昔と環境が変わってきました。指導方法に悩むリーダーも多いと思います。厳しい指導にはつい及び腰になりがちですが、いざという時はしっかり向き合って勝負しなければいけないのです」
(聞き手=成島 正倫)
〈私のコーチングの流儀〉弱者の立場に立つこと
できる人や強い人だけでなく、弱い立場の人にとっても居心地が良い組織をつくる。弱者の力が、いずれチームの財産となり、チームワークが高まる。それが結果を残す組織をつくる方法だと思います。
たぐち たかし
1969年、大分県生まれ。早稲田高校から早稲田大学第一文学部へ進学後、本格的に競技かるたに取り組む。4年生時に全国学生かるた選手権大会個人戦優勝。大学卒業後、地方公務員を経て94年から暁星高校国語科教諭。着任と同時に同校競技かるた部顧問。独自の指導で、かるた甲子園と言われる「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」で08〜16年まで9連覇を達成。自身は選手として98年に競技かるた第44期名人戦出場、準名人に輝いた。漫画「ちはやふる」では監修を務めた。>
日刊工業新聞「工場管理2018年2月号」