有能な次期社長の選び方。「ダメな会社を再生させて見たら分かる」
日本電産次期社長「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」
強烈なリーダーシップとカリスマ性によって、日本電産を1代で世界的なモーターメーカーに成長させた永守重信会長兼社長最高経営責任者(CEO)。その世代交代は、経済界から注目されてきた。その永守氏が見初めたのが、カルソニックカンセイや日産自動車で実績を積んできた吉本浩之副社長だった。今後の日本電産をどうかじ取りしていくのか。永守氏と吉本氏の二人三脚が始まる。
「経営力を見るには、ダメな会社を再生させて見たら分かる」。永守会長は吉本氏を選んだ理由を語る。吉本氏が日本電産に入社したのは2015年。
初めは日本電産トーソクの社長、その後に車載事業本部といずれも事業を成長軌道に乗せた。自分よりも20歳以上も若い吉本氏の年齢についても「その当時の私の経営のやり方より、彼の方が優れているんじゃないか」と評する。
15日の記者会見では吉本氏は座右の銘を問われ「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」と応じた。言うまでもなく、これは日本電産の経営を体現する永守氏の言葉だ。これを挙げるほど、「永守会長の経営哲学にひかれた。波長が自分にも合っている」(吉本氏)という。
永守氏の経営を象徴する一つのキーワードが“マイクロマネジメント”。部下に対して細かく管理し、指示することで、現場の生産性を最大限に引き出す。
この手法によって、日本電産は大きく成長した。吉本氏は、日本電産トーソクと車載事業の経営にあたり、このマネジメントを実践した。この手法を実現したことが、永守氏が後を継ぐのに十分と判断した要素といえる。
だが日本電産は永守氏の強烈なカリスマ性によって、グループ全体の統制が取れてきた面がある。これまでも幾度となく後継者と目された人が、永守氏の期待に応えられず、日本電産を去って行った。
当面は二人三脚の経営で手探りを続け、集団指導体制へ移行させていく。永守会長は「(役割分担は)まずは7割と3割でいくが、数年かけて逆転させていく」と、段階的にさらに権限を委譲する考えだ。
ポスト永守体制が日本電産最大の経営課題と指摘されてきた。カリスマなきあとの成長の軌跡をどう描くか。新たな挑戦が始まる。
「経営力を見るには、ダメな会社を再生させて見たら分かる」。永守会長は吉本氏を選んだ理由を語る。吉本氏が日本電産に入社したのは2015年。
初めは日本電産トーソクの社長、その後に車載事業本部といずれも事業を成長軌道に乗せた。自分よりも20歳以上も若い吉本氏の年齢についても「その当時の私の経営のやり方より、彼の方が優れているんじゃないか」と評する。
15日の記者会見では吉本氏は座右の銘を問われ「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」と応じた。言うまでもなく、これは日本電産の経営を体現する永守氏の言葉だ。これを挙げるほど、「永守会長の経営哲学にひかれた。波長が自分にも合っている」(吉本氏)という。
永守氏の経営を象徴する一つのキーワードが“マイクロマネジメント”。部下に対して細かく管理し、指示することで、現場の生産性を最大限に引き出す。
この手法によって、日本電産は大きく成長した。吉本氏は、日本電産トーソクと車載事業の経営にあたり、このマネジメントを実践した。この手法を実現したことが、永守氏が後を継ぐのに十分と判断した要素といえる。
だが日本電産は永守氏の強烈なカリスマ性によって、グループ全体の統制が取れてきた面がある。これまでも幾度となく後継者と目された人が、永守氏の期待に応えられず、日本電産を去って行った。
当面は二人三脚の経営で手探りを続け、集団指導体制へ移行させていく。永守会長は「(役割分担は)まずは7割と3割でいくが、数年かけて逆転させていく」と、段階的にさらに権限を委譲する考えだ。
ポスト永守体制が日本電産最大の経営課題と指摘されてきた。カリスマなきあとの成長の軌跡をどう描くか。新たな挑戦が始まる。
日刊工業新聞2018年2月16日記事から抜粋