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求む!大企業のOBたち。プロの経営人材が事業承継を担う
天竜精機社長の前職は、大手メーカーの営業本部長
「親族だけでなく社内にも適当な後継者が見当たらない」「息子が継ぐが、適切な参謀役がいない」。こんな人材難で事業承継に踏み切れない企業は少なくないだろう。もともと中小企業は、大企業ほど人材が豊富なわけではない。まして世代交代のタイミングで有能な人材がちょうど控えているとも限らない。そこで有望視されるのが、大企業で経営を経験したOBだ。社長を任すのか、それとも参謀に迎えるのか。どちらにしても、これら人材と中小企業をつなぐマッチングが今後は重要となる。
コネクターの自動組立機などを手がける天竜精機(長野県駒ヶ根市)の小野賢一社長の前職は、日立ハイテクノロジーズの営業本部長である。社長就任時の売上高は約19億円(2014年12月期)。それが2017年12月期には約27億円まで伸びる計画だ。典型的な地方の中小企業である天竜精機が大企業で幹部を務めたプロ経営者を迎えたことで、成長路線に乗ってきた。
創業は1959年。もともとオーナーの芦部一族が100%株式を保有し、代々経営を引き継いできた。前社長の芦部喜一氏は3代目。その芦部氏が持ち株の7割をセレンディップ・コンサルティング(名古屋市中区)に譲渡し、セレンディップが送り込んだ小野社長に経営を託した。
親族にも社内にも経営を引き継ぐ適任者がいなかったためだが、「明確な成長戦略が描けないといった本音もあったようだ」と小野社長は明かす。
小野社長は日立ハイテクノロジーズ時代、プリント基板実装関連装置を扱う事業部を統括していた。同事業部では主にボンダーや実装機を手がけ、山梨や熊谷の生産子会社を含めて従業員は600人あまり。中規模のメーカーにも匹敵する陣容だ。
ただ日立グループが事業を再編成する中、同事業部はリストラを余儀なくされる。当時55歳だった小野氏はリストラを遂行しつつ、最後は「自分が退職すれば、部下の3人が残れる」と会社を去る。
そして数カ月の充電期間を経て2014年3月、人材派遣業者の紹介で投資コンサルのセレンディップと知り合った。そして同社の高村徳康会長、竹内在社長から「天竜精機という会社を調査してもらえないか」と依頼され 「気軽な気持ちで」承諾。
訪問調査を重ねていたところ、今度は中期経営計画の提出を求められた。その後、オーナーおよびセレンディップなどとの関係者を交えた泊まりがけのミーティングで、小野氏は天竜精機の成長戦略を熱く語り、社長就任に至る。
実はオーナー側は、セレンディップ以外とも売却交渉を進めていた。提示金額はそちらのほうが高かったが、プロの経営人材を送り込んでくれる提案がなく、芦部氏の首を縦に振らせることができなかったという。
セレンディップが天竜精機の株式を7割取得する契約を結んだのは2014年9月、11月に小野氏が天竜精機の社長に就任した。残りの3割の株式を引き続き創業家が保有する背景には、売り手である芦部氏自身が「将来に期待を持てる」と考えている証拠でもあるだろう。
昔ながらの中小企業であった天竜精機は、大企業OBをトップに迎えて急速に体制を整える。事業計画や原価管理、採用計画など大企業では当たり前のことも、小野社長が就任してから本格的に導入。それまで管理職の仕事も曖昧で、実質的には社長と少数の役員の下に、社員がぶら下がっている状態。製品ごとの損益計算もなされていなかった。
トップ営業をスタートして早々に「実は天竜精機を切ろうと思っていた」という本音を小野社長は聞かされたという。成長事業と位置づけていたリチウムイオン電池自動組み立て装置の営業でも、顧客からはのれんに腕押しで手応えがない。
ただ社内体制を整え、営業、製品開発に力を集中していったことで徐々に評価を高め、同分野の売上高は2015年12月期の1億円から、2017年12月期には7億円まで伸びる見通しだ。今では同社の業績躍進を支える原動力となっている。
顧客からも評価の声
主要顧客のコネクターメーカーからは「『最近、良い意味でお宅は変わった』という言葉をもらえるようになった」と小野社長は手応えを口にする。
モノづくりの現場も着実に実力を付けており、「2015年12月期に10%もあった仕損費が、既存製品では目標の2%にほぼ到達。新規の電池関連自動機など難易度の高い製品でも5%を割るラインに到達した」(小野社長)。
「成長・拡大を志向する中小企業の6割が中核人材に不足感を感じている」-。中小企業庁の調査でこんなデータが示されている。
中核人材とは高い専門性や技能を有し、組織の責任者として複数の従業員を指揮、管理できる人材のことだ。成長・拡大志向企業に中核人材が不足すると何が起きるか。同調査で最も多い回答が「新事業・新分野への展開が停滞」で58%を占めた。以下、「需要増加に対応できず機会損失が発生(57%)」、「技術・ノウハウの承継が困難(47%)」と続いた。
事業承継には一般に、5~10年単位の時間がかかる。大企業OBなど経営スキルの高い人材を招聘し、経営に参画してもらうことは、承継後に第二創業の発射台を整備する上で極めて有効な手段だ。
高いスキルや豊富な経験を持つ大都市圏の人材と地方の企業のマッチングを図る内閣府の「プロフェッショナル人材事業」。地域企業に「攻めの経営」を促し、こうした事業を担うプロ人材の活用を経営者に提案する。
内閣府のプロフェッショナル人材活用ガイドブックにはさまざまなケーススタディが掲載されている。例えば鶏卵総合企業のアキタ(広島県)はメガバンク出身者を採用し、銀行とのやり取りや財務バランスを改善した結果、全国展開の足がかりを築いた。
高知県の廣瀬製紙では、新社長が事業拡大や顧客開拓に動くも社員の賛同を得られず、従業員の意識改革を図るべく大手電機メーカーで液晶パネル工場の立ち上げなどを経験したプロ人材を採用。社長の二人三脚で意識改革を進め、シェアに甘んじない企業体質を築いた。
天竜精機の小野社長も、大手メーカーの部長、本部長クラスは「日本の製造業において、非常に忍耐強く経営マネジメントを実践してきた層」と指摘する。後継者不足で中小製造業の廃業が増えていることを危惧し、「行政が主導して、能力のある人材の活躍を仲介するような取り組みが必要では」と訴える。
同時に「経営能力だけではダメ。従業員が将来に夢を持てるように働きかけ続けられるメンタリティを持っていることも不可欠」と、大企業から転じるであろう将来の中小企業社長候補たちにエールを送る。
内閣府・プロフェッショナル人材戦略全国協議会は29日14時から東京都台東区のヒューリックホールでシンポジウム「プロ人材が切り拓く地方創生―魅力的な『ミッション』が地域と企業のこれからを変える―」を開く。プロフェッショナル人材を採用した地域企業による事例発表やパネル討論会などを行う。
日刊工業新聞2017年9月20日>
コネクターの自動組立機などを手がける天竜精機(長野県駒ヶ根市)の小野賢一社長の前職は、日立ハイテクノロジーズの営業本部長である。社長就任時の売上高は約19億円(2014年12月期)。それが2017年12月期には約27億円まで伸びる計画だ。典型的な地方の中小企業である天竜精機が大企業で幹部を務めたプロ経営者を迎えたことで、成長路線に乗ってきた。
適任者がいないより、成長戦略描けず
創業は1959年。もともとオーナーの芦部一族が100%株式を保有し、代々経営を引き継いできた。前社長の芦部喜一氏は3代目。その芦部氏が持ち株の7割をセレンディップ・コンサルティング(名古屋市中区)に譲渡し、セレンディップが送り込んだ小野社長に経営を託した。
親族にも社内にも経営を引き継ぐ適任者がいなかったためだが、「明確な成長戦略が描けないといった本音もあったようだ」と小野社長は明かす。
小野社長は日立ハイテクノロジーズ時代、プリント基板実装関連装置を扱う事業部を統括していた。同事業部では主にボンダーや実装機を手がけ、山梨や熊谷の生産子会社を含めて従業員は600人あまり。中規模のメーカーにも匹敵する陣容だ。
ただ日立グループが事業を再編成する中、同事業部はリストラを余儀なくされる。当時55歳だった小野氏はリストラを遂行しつつ、最後は「自分が退職すれば、部下の3人が残れる」と会社を去る。
そして数カ月の充電期間を経て2014年3月、人材派遣業者の紹介で投資コンサルのセレンディップと知り合った。そして同社の高村徳康会長、竹内在社長から「天竜精機という会社を調査してもらえないか」と依頼され 「気軽な気持ちで」承諾。
訪問調査を重ねていたところ、今度は中期経営計画の提出を求められた。その後、オーナーおよびセレンディップなどとの関係者を交えた泊まりがけのミーティングで、小野氏は天竜精機の成長戦略を熱く語り、社長就任に至る。
創業家が今でも3割の株式を保有する理由
実はオーナー側は、セレンディップ以外とも売却交渉を進めていた。提示金額はそちらのほうが高かったが、プロの経営人材を送り込んでくれる提案がなく、芦部氏の首を縦に振らせることができなかったという。
セレンディップが天竜精機の株式を7割取得する契約を結んだのは2014年9月、11月に小野氏が天竜精機の社長に就任した。残りの3割の株式を引き続き創業家が保有する背景には、売り手である芦部氏自身が「将来に期待を持てる」と考えている証拠でもあるだろう。
昔ながらの中小企業であった天竜精機は、大企業OBをトップに迎えて急速に体制を整える。事業計画や原価管理、採用計画など大企業では当たり前のことも、小野社長が就任してから本格的に導入。それまで管理職の仕事も曖昧で、実質的には社長と少数の役員の下に、社員がぶら下がっている状態。製品ごとの損益計算もなされていなかった。
トップ営業をスタートして早々に「実は天竜精機を切ろうと思っていた」という本音を小野社長は聞かされたという。成長事業と位置づけていたリチウムイオン電池自動組み立て装置の営業でも、顧客からはのれんに腕押しで手応えがない。
ただ社内体制を整え、営業、製品開発に力を集中していったことで徐々に評価を高め、同分野の売上高は2015年12月期の1億円から、2017年12月期には7億円まで伸びる見通しだ。今では同社の業績躍進を支える原動力となっている。
顧客からも評価の声
主要顧客のコネクターメーカーからは「『最近、良い意味でお宅は変わった』という言葉をもらえるようになった」と小野社長は手応えを口にする。
モノづくりの現場も着実に実力を付けており、「2015年12月期に10%もあった仕損費が、既存製品では目標の2%にほぼ到達。新規の電池関連自動機など難易度の高い製品でも5%を割るラインに到達した」(小野社長)。
「成長・拡大を志向する中小企業の6割が中核人材に不足感を感じている」-。中小企業庁の調査でこんなデータが示されている。
中核人材とは高い専門性や技能を有し、組織の責任者として複数の従業員を指揮、管理できる人材のことだ。成長・拡大志向企業に中核人材が不足すると何が起きるか。同調査で最も多い回答が「新事業・新分野への展開が停滞」で58%を占めた。以下、「需要増加に対応できず機会損失が発生(57%)」、「技術・ノウハウの承継が困難(47%)」と続いた。
第二創業の発射台を整備
事業承継には一般に、5~10年単位の時間がかかる。大企業OBなど経営スキルの高い人材を招聘し、経営に参画してもらうことは、承継後に第二創業の発射台を整備する上で極めて有効な手段だ。
高いスキルや豊富な経験を持つ大都市圏の人材と地方の企業のマッチングを図る内閣府の「プロフェッショナル人材事業」。地域企業に「攻めの経営」を促し、こうした事業を担うプロ人材の活用を経営者に提案する。
内閣府のプロフェッショナル人材活用ガイドブックにはさまざまなケーススタディが掲載されている。例えば鶏卵総合企業のアキタ(広島県)はメガバンク出身者を採用し、銀行とのやり取りや財務バランスを改善した結果、全国展開の足がかりを築いた。
高知県の廣瀬製紙では、新社長が事業拡大や顧客開拓に動くも社員の賛同を得られず、従業員の意識改革を図るべく大手電機メーカーで液晶パネル工場の立ち上げなどを経験したプロ人材を採用。社長の二人三脚で意識改革を進め、シェアに甘んじない企業体質を築いた。
天竜精機の小野社長も、大手メーカーの部長、本部長クラスは「日本の製造業において、非常に忍耐強く経営マネジメントを実践してきた層」と指摘する。後継者不足で中小製造業の廃業が増えていることを危惧し、「行政が主導して、能力のある人材の活躍を仲介するような取り組みが必要では」と訴える。
同時に「経営能力だけではダメ。従業員が将来に夢を持てるように働きかけ続けられるメンタリティを持っていることも不可欠」と、大企業から転じるであろう将来の中小企業社長候補たちにエールを送る。
日刊工業新聞2017年9月20日>