中小企業の事業承継、「サイレントマジョリティー」な実態
東商の支援事業から見えてきた課題と処方箋
東京商工会議所のビジネスサポートデスク東京東が始めた「社長60歳『企業健康診断』」事業が成果を出し始めている。地域金融機関との緊密な連携が事業承継準備に役立ち始めているのだ。そこで同東京西が開始したのに続き、東も事業エリアを墨田区から江東区にも拡大することになった。そうした中、事業承継の問題点も明らかになり始めた。典型的なケースを探った。
子どもに苦労をかけさせたくないと事業承継に反対する母親は少なくない。塗装工事業のA社は1985年の創業。従業員は6人で、社長は62歳となった。社長が継がせたい長男はIT企業のサラリーマンだ。
数年前まで会社は売り上げ低迷、業績は不振続き。資金繰りに追われる日々だった。塗装業だけでは生き残れないと他の工事分野に進出、昨年度からは単年度黒字に転換した。だが、純資産は800万円のマイナス。金融機関からの借入金は3500万円あり、個人保証もしている。
社長としては約5年後に事業承継するつもりだったが、もう少し業績改善し経営安定してから話そうと腹を割った話をせず、「断られればベテラン従業員に打診しよう」と考えていた。
そこに「企業健康診断」の受診勧誘。診断を受けると、数年後には純資産はプラスになる見込みであり、早期の対策着手が必要で、まず長男に診断結果を説明、話し合いをスタートすべきだとのフィードバックを得た。
そこで、長男を実家に呼び状況を説明。1年という具体的な期限を設け最終意思確認をすることになった。この社長に限らず、大半の中小企業経営者は会社を良くし、身内に会社を譲ろうと考えている。だが、妻は資金繰りの苦労などを知るがためか、大企業に勤めることを勧める。中小企業の事業承継促進には妻の理解・協力も不可欠だ。
金属加工業のB社は従業員21人を擁し、リーマン・ショック後の数年経営不振が続いたものの、現在では年間2000万円程度の営業利益を出す優良企業。
取引先は大手企業が多く、売上高・利益は安定。純資産はプラス8000万円で、株価は毎年上昇。社長は67歳で、娘が1人いるが事業には関与せず、承継意思は全くない。そこで、やむを得ず従業員に承継を打診したが断られてしまった。
ネックは個人保証だった。社長は金融機関から1億2000万円借り入れているが、すべて個人保証。打診された従業員には個人保証を肩代わりして経営を継ぐなど考えられないことだった。
ほかに代わりになる人がおらず「廃業するしかない」と悩んでいる中で“社長60歳『企業健康診断』”の話を聞いた。
診断の結果、M&A(合併・買収)の選択肢があると知り、株の集約と管理体制の整備に着手、顔の見える取引先から買い手候補をリストアップ。身支度を整え東商本部にある東京都事業引継ぎセンターで専門的アドバイスを受けている。
<東京商工会議所ビジネスサポートデスク(東京東)課長・奥津裕介氏に聞く>
コーディネーターとして同事業の中心的役割を果たしている中小企業診断士で、東商ビジサポデスク東京東課長の奥津裕介氏に事業承継を取り巻く課題を聞いた。
―「社長60歳『企業健康診断』」事業がうまくいっていると聞いていますが。
「15年度は298社の相談実績だったが、16年度は396社に伸びた。社長60歳『企業健康診断』の事業は16年10月に始めたが、25社を診断、20社には診断結果をフィードバックし、うち半分の会社には専門家の支援が入り、アクションがとられつつある」
―事業承継の重要性は何十年も前から指摘されてきたが、ほとんど進まなかった。
「企業経営者にとっては今日、明日のことではない。シンポジウムなどを聞いてその時は理解しても、具体的にアクションを起こすところまでには続いていかない。誰かがおせっかいを焼いてほんとに腰を上げさせないと」
―そのために経営相談事業をしているのでは。
「経営相談には廃業を考える人を含め困っている人は来るが、順調にやっている人はあまり来ない。相談に行くと経営が不振なのではと思われると気にする人もいる。今までは本気で事業承継支援をする組織がなかったと言われても仕方ない」
―事業承継については中小企業庁も何か勘違いをしているのではないでしょうか。サイレントマジョリティーの事業承継はいまだ圧倒的に親族承継。M&Aは希(まれ)ですが。
「親族承継が重要だというのは分かります。承継の多くは身内。親族、従業員などの第三者、最後がM&Aの順。私たちはM&Aがふさわしい案件は事業引継ぎセンターに回しています。とにかく企業の健康診断を受けて将来を考えてほしい」
―事業承継をうまく進めるこつは何ですか。
「地域一体となった推進体制をつくること。特に地元金融機関の積極的協力が決め手になる。将来も存続してほしい企業なら経営者の重い腰を上げさせなければならない。それから親族、役員・従業員などへの譲渡のための制度改革推進もなお一層必要です」
(聞き手=石掛善久)
子どもに苦労をかけさせたくないと事業承継に反対する母親は少なくない。塗装工事業のA社は1985年の創業。従業員は6人で、社長は62歳となった。社長が継がせたい長男はIT企業のサラリーマンだ。
数年前まで会社は売り上げ低迷、業績は不振続き。資金繰りに追われる日々だった。塗装業だけでは生き残れないと他の工事分野に進出、昨年度からは単年度黒字に転換した。だが、純資産は800万円のマイナス。金融機関からの借入金は3500万円あり、個人保証もしている。
社長としては約5年後に事業承継するつもりだったが、もう少し業績改善し経営安定してから話そうと腹を割った話をせず、「断られればベテラン従業員に打診しよう」と考えていた。
そこに「企業健康診断」の受診勧誘。診断を受けると、数年後には純資産はプラスになる見込みであり、早期の対策着手が必要で、まず長男に診断結果を説明、話し合いをスタートすべきだとのフィードバックを得た。
そこで、長男を実家に呼び状況を説明。1年という具体的な期限を設け最終意思確認をすることになった。この社長に限らず、大半の中小企業経営者は会社を良くし、身内に会社を譲ろうと考えている。だが、妻は資金繰りの苦労などを知るがためか、大企業に勤めることを勧める。中小企業の事業承継促進には妻の理解・協力も不可欠だ。
ネックは個人保証
金属加工業のB社は従業員21人を擁し、リーマン・ショック後の数年経営不振が続いたものの、現在では年間2000万円程度の営業利益を出す優良企業。
取引先は大手企業が多く、売上高・利益は安定。純資産はプラス8000万円で、株価は毎年上昇。社長は67歳で、娘が1人いるが事業には関与せず、承継意思は全くない。そこで、やむを得ず従業員に承継を打診したが断られてしまった。
ネックは個人保証だった。社長は金融機関から1億2000万円借り入れているが、すべて個人保証。打診された従業員には個人保証を肩代わりして経営を継ぐなど考えられないことだった。
ほかに代わりになる人がおらず「廃業するしかない」と悩んでいる中で“社長60歳『企業健康診断』”の話を聞いた。
診断の結果、M&A(合併・買収)の選択肢があると知り、株の集約と管理体制の整備に着手、顔の見える取引先から買い手候補をリストアップ。身支度を整え東商本部にある東京都事業引継ぎセンターで専門的アドバイスを受けている。
「とにかく企業の健康診断を受けて」
<東京商工会議所ビジネスサポートデスク(東京東)課長・奥津裕介氏に聞く>
コーディネーターとして同事業の中心的役割を果たしている中小企業診断士で、東商ビジサポデスク東京東課長の奥津裕介氏に事業承継を取り巻く課題を聞いた。
―「社長60歳『企業健康診断』」事業がうまくいっていると聞いていますが。
「15年度は298社の相談実績だったが、16年度は396社に伸びた。社長60歳『企業健康診断』の事業は16年10月に始めたが、25社を診断、20社には診断結果をフィードバックし、うち半分の会社には専門家の支援が入り、アクションがとられつつある」
―事業承継の重要性は何十年も前から指摘されてきたが、ほとんど進まなかった。
「企業経営者にとっては今日、明日のことではない。シンポジウムなどを聞いてその時は理解しても、具体的にアクションを起こすところまでには続いていかない。誰かがおせっかいを焼いてほんとに腰を上げさせないと」
―そのために経営相談事業をしているのでは。
「経営相談には廃業を考える人を含め困っている人は来るが、順調にやっている人はあまり来ない。相談に行くと経営が不振なのではと思われると気にする人もいる。今までは本気で事業承継支援をする組織がなかったと言われても仕方ない」
―事業承継については中小企業庁も何か勘違いをしているのではないでしょうか。サイレントマジョリティーの事業承継はいまだ圧倒的に親族承継。M&Aは希(まれ)ですが。
「親族承継が重要だというのは分かります。承継の多くは身内。親族、従業員などの第三者、最後がM&Aの順。私たちはM&Aがふさわしい案件は事業引継ぎセンターに回しています。とにかく企業の健康診断を受けて将来を考えてほしい」
―事業承継をうまく進めるこつは何ですか。
「地域一体となった推進体制をつくること。特に地元金融機関の積極的協力が決め手になる。将来も存続してほしい企業なら経営者の重い腰を上げさせなければならない。それから親族、役員・従業員などへの譲渡のための制度改革推進もなお一層必要です」
(聞き手=石掛善久)
日刊工業新聞2017年7月10日