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「下町ロケット」支えるバルブ産業、新潮流のカギは女性

J―Win理事長 内永ゆか子氏×日本バルブ工業会広報副委員長 奥津良之氏
 バルブは産業プラントや建築設備、食品・医薬品工場などありとあらゆる場所で流体をコントロールする要。小説からテレビドラマにもなった「下町ロケット」で描かれたように、ロケットエンジンから人工心臓弁まで、多様な分野を縁の下で支える産業だ。ただ、世界的な潮流として押し寄せる製造業のデジタル化などの中で、新しいアイデアを生み出し、活力ある産業への変革が必須となっている。IBM役員など豊富な経験を持ち、現在はダイバーシティー(多様性)を推進する民間非営利団体(NPO)法人のジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J―Win)の内永ゆか子理事長と日本バルブ工業会の奥津良之広報副委員長が対談。バルブ産業の将来と女性技術者の活躍への期待について語った。

改善はもう限界、女性を触媒に


【高い信頼性が必用なバルブ】
内永 バルブと言えば「下町ロケット」で、ロケットを打ち上げる時の燃料発射の制御に関わる、ものすごい技術の集約だというのを知りました。番組を見た後に今回の対談の話をいただいて「あのすごい業界なんだ」と。材料、形状、エネルギーなど多様な要素が関係していて技術的に面白い分野ですよね。

奥津 技術者としてはやりがいのある産業分野だと思います。流体力学、材料、電気工学や、遠隔制御のためのITなど幅広い知識も必要です。バルブはきちんと動作する、漏れてはならないなど高い「信頼性」が要求されます。現場において最後のとりでと言われるゆえんです。
 日本製バルブの品質はとても高いと思います。ただバルブは他の機械と同様に米国や欧州で先行して原型が開発され、日本はそれを学んで品質を上げてきました。原理のイノベーション自体は経験していないのです。もう一つ、宿命的なことは、バルブはいわばエネルギーを消散させる機械です。高圧の流れを低圧に戻す、エネルギーを摩擦熱に変える、この時に有効エネルギーのロスがあります。したがって省エネルギーの視点から、他の制御方式はないのかと、バルブが悪者にされることがあったりもします。

内永 そんな風に言われてしまうのですね。でもバルブがなかったらより複雑なシステムになってそのコストの方が高くなると思います。バルブが取り付けられた後の最終形態の中でバルブのコスト比率は何%くらいになるのですか。

奥津 一つの産業プラントを造るとすると、土地を買収し土木工事が入って、建屋を作ってインフラ設備を入れて、大型の機械設備が納入という順番です。これで大部分の予算を使う。残りで制御機器やセンサー、バルブなどが取り付けられます。コスト低減要求は次第と厳しくなりますね。

内永 プラント完成時、実際に価値を作るのは後に取り付けたものの方と思えるのですが、そのコスト構造だと、イノベーションが生まれにくいのですね。

IoT時代に出遅れ感】
奥津 イノベーションの事例として今、IoT(モノのインターネット)時代に向かって、全ての製造機械プロパティーをコンピューターが読める情報にしてインターネットでつなぎ管理しようとしています。コンピューターが読み込めるプロパティーデータにバルブも例外ではありません。ドイツをはじめ欧州連合(EU)、米国もそれに積極的です。今回も日本は出遅れているように感じられます。
 
内永 本当ですね。スペックを作った段階で発注先が決まってしまうから、根っこにどこまでつっこめるかが生命線なのですが、日本はあまりやらないですよね。スペック作りに関して「そんなことやらなくてもちゃんと何でも作れるよ」という風に見受けられます。国際標準規格はとにかく陣地取りなんです。自分たちにアドバンテージがあるものを提案しないといけない。
 開発って根本原因とか構図とか、本質的にきっちりわかってないとできない。改善活動だけではイノベーションは起きません。かつては改善で良かったのですが、ビジネス変化が非常に速い今は追いつきません。だからパラダイムシフトに一番大事なのは根本を掘り下げること。日本人はなぜ革新的なことが苦手なのかってずっと考えてきましたが徹底的に「なぜ」をやらないからではと。日本は教育からしてやっていない。

奥津 むしろやってはいけないことになっていたのかもしれません。テストで模範解答があるから、従来教育では違う発想を描きにくいのかもしれません。

内永 そうですね。私が今、女性活用を後押しする背景には、改善にはもう限界があるというのがあります。
 私自身は日本IBM在籍中はダイバーシティーのプロでも何でもなく、技術屋でずっとやってきました。1990年代にIBMが赤字になった時の企業戦略の一つが「多様性」でした。以前のIBMは成功体験の塊でしたが、後に会社を立て直した上司が成功体験を捨て多様性をと大号令をだしました。大型システムから、ソフトウエアやサービスへと大胆にビジネスを変えた時期でしたが、その仕組み作りで過去の体験に縛られないことの重要性を目のあたりにしました。
 今の時代は、ITとネットワークが進化し、まったく違うアプローチの考えがどんどん出てきます。だから今までと同じニーズに対しても、今までとは違うビジネスモデルが必要。そのためには発想する人たちが過去の成功体験に固執していたのでは限界なのです。

【変革に必要な多様性】
奥津 バルブ産業にもダイバーシティーが必須ですね。
 
内永 その第一歩となるのが女性です。それは女性の方がイノベーティブな発想をするというのではありません。女性はこれまでの成功体験のグループに入っていない、男性が作ってきた社会に対してアウトサイダーです。すると男性はあまり疑問を持たないことでも、女性は「なぜそれがいいのですか」ということを素朴に言います。それが物事を変えていくきっかけだと思うのです。女性活用というと、女性だけのためと思われがちですが、女性が触媒となって議論が活性化したりすることで企業の競争力向上のきっかけになるということなのです。皆さんが思う以上に、皆さんの発想に刺激を与えるのではないかと。本当は外国の方とかいろんな人に可能性があります。グローバル企業が多様性にかけるというのは生き残りのために必死なのです。

奥津 日本人には「武士道」を基調とする人生観がありますよね。会社が戦場だとしたら、上司の指示は絶対的に頑張りますと。そういった日本の歴史があって、ここへきて我々産業界はもう新しいものを思いつかないという閉塞(★ルビ へいそく)感さえある。成熟したバルブ産業をイノベーティブにするための新しい人材は女性ではないのかとすら思います。
 バルブ産業でも例えば、研究開発分野やデータ統計解析などのITアナリスト業務、あるいは海外に行ってもらう仕事もあるし、国際会議での交渉はむしろ女性の方が得意なのではとも思います。イノベーションが育まれるのではないでしょうか?

内永 そういう発信はとても大切ですね。これからIoT時代の違う世界が開けてきてという時に技術的にいいものを持っている日本から、女性が出ていくことはとても素晴らしいことです。それと私の経験からいえば、国際的な交渉事にも向いていると思います。にもかかわらず世界の中で日本は女性を活用していないということでも有名です。

奥津 世界経済フォーラムの2015年版「ジェンダー・ギャップ指数」という調査では145カ国中101位でしたね。

【理工系女性の活躍モデルを】
内永 そうなんです。それで国際会議などに行くと、皆さんが私を助けてくれるんです。日本から出てきた女性はシンボリックで注目されサポートを得られやすい。ぜひ女性男性の混合で行くのが良いと思います。世界の人はビックリしますよ。変わったねと思われることは大事な一歩です。
 日本で技術系の女性が少ないのは大学で理工系女性が少ないからですが、ではなぜ少ないのか。理工系出身で活躍しているロールモデルが見えにくいことに起因しています。それとご両親の理解がなかなか得られない。「機械科に行ってどうするの?お嫁に行かれないわよ」とか。ですから、親御さんたちに対しても啓発が必要ですね。
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
さまざまな設備や機械になくてはならない、縁の下の力持ちであるバルブ。その魅力を理解し、実力を発揮する女性が少しでも増えることを期待します。

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