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どこまで進むのか、製薬会社の“脱・自前主義”

上がる創薬難易度、外部委託進み知見散逸
どこまで進むのか、製薬会社の“脱・自前主義”

CMC業務を受託する事業者も出てきている(スペラファーマの開発分析研究本部)

 製薬企業が“自前主義”からの脱却を図っている。創薬の難易度の上昇などが背景にあり、医薬品開発受託機関(CRO)をはじめとする受託サービス企業は業容を拡大しつつある。だが製薬企業は外部委託を増やしすぎると、長期的な競争力の低下を招く可能性が否定できない。自社内で保有すべき中核の機能や技術は何なのか、絶え間ない検証が求められる。

 「もともと製薬業界は武田薬品工業も含めて、自前主義で閉鎖的な会社が多かった。しかし、それでは創薬が立ちゆかなくなってきている」。

 武田薬品の子会社として7月に発足し、創薬支援サービスを手がけるアクセリード ドラッグディスカバリーパートナーズ(神奈川県藤沢市)の池浦義典社長は、業界動向をこう分析する。

 生活習慣病の薬の開発が一巡し、製薬企業の研究対象は、がんや中枢神経など未充足の医療ニーズが多く残る領域に移りつつある。創薬手法も化学合成による低分子医薬品以外に、抗体をはじめとするバイオ医薬品が求められるようになった。

 米タフツ大学(マサチューセッツ州)の調査によると、2000―10年、新薬1品目の開発に要したコストは25億5800万ドル(約3000億円)。

 開発失敗案件のコストも勘案されているため、額が大きい。ドルベースでは90―00年のコストに比べると2・45倍に膨らんだ。

 製薬企業にとって、自社で創製した新薬はライセンス費用の支払いが不要なことなどから利益率が高い。だが創薬難易度が上がり続けている環境下では自前主義に拘泥できず、大学やベンチャー企業から創薬シーズを導入する例も増えている。

活況呈すCRO


                  

 アクセリードは新薬候補物質の探索手法であるハイスループットスクリーニング(HTS)関連の事業を武田薬品から引き継ぎ、自社グループ外の製薬企業からの受託も目指している。

 近年、製薬業界では、HTSの対象となる化合物群を企業同士で相互利用する事例がある。HTSの一部または全部を外部委託するケースが出てきても不思議ではない。

 ただしアクセリードは研究コンサルティングなどの踏み込んだ業務も展開する方針を掲げており、グループ外の製薬企業は武田薬品への知見の流出を恐れて委託をためらう可能性もある。

 だが池浦アクセリード社長は、「他のCROさんも、多くの会社から請けている」と指摘。情報漏えい対策を整えていることを顧客に理解してもらえれば、自社の事業は拡大可能とみる。

 実際、CRO市場は活況を呈している。日本CRO協会は、加盟CRO26社の売上高が17年に前年比13・6%増の1957億円になると予測。「CROに対する信頼感の増加とともに業績が伸びている」(植松尚会長)。具体的には臨床試験が手順通りに進んでいるかを確認するモニタリング業務や、市販後の安全性データを収集・分析するGVP関連業務の受託が増える。

 だが製薬企業が外部委託を加速することで懸念されるのが、中長期の競争力減退だ。あるCROの首脳は「製薬企業は、内部に臨床開発の分かる人間が少なくなっていることに危機感がある」と分析。

 一方で「この化合物は臨床試験がうまくいきそうかどうか教えて、との助言を求められることもある。そこは自分でやらないといけないのでは」とも話す。

 製薬業界への経営指導を手がける野村総合研究所の山田謙次プリンシパルはCROの知見やコスト競争力を高く評価しつつも、「(新薬候補物質について)どの適応を狙うかや、臨床試験に出せそうなものは何なのかを考えることは本来は製薬企業の仕事」と指摘する。
アクセリードはHTSの設備を訴求するなどしてグループ外企業からの受注を目指す

「外部に託すのみでは知見が失われる」


 製薬企業は創薬や臨床開発などの機能で外部委託の範囲を拡大し、自前主義からの脱却を図っている。だが製薬は他の産業に比べると、まだまだ水平分業を進める余地が大きいとの指摘がある。

 「電機や半導体などの業界では水平分業が早く進んだ。だが薬は人の命に関わるので、安全性の担保を完璧にやらねばならない。外部化でそれが損なわれるという懸念が、製薬業界には強かったと思う」。ローランド・ベルガー(東京都港区)の服部浄児プリンシパルは、製薬企業が自前主義にこだわってきた背景をこう分析する。

 半導体では工場を持たないファブレス企業は珍しくなく、英アームのように設計図を他社へ提供してライセンス料を受け取るビジネスモデルもある。

 一方、日本の製薬業界ではマザー工場を残しているメーカーが大多数だ。近年、後発医薬品の普及に伴って先発医薬品の需要が急落したことを受け、稼働率が低い工場を売却して研究開発費の捻出を図る例は多い。ただ、他産業に比べれば、大胆な施策とまでは言えないとの見方もできる。

 だが製造に近い領域で言えば、武田薬品工業が2月に発表した施策は製薬業界を驚かせた。新薬候補物質の製造法開発などを手がけるCMC部門の一部事業を、武州製薬(埼玉県川越市)へ譲渡するとの内容だった。

 武田薬品は化学合成でつくる低分子医薬品については、治験薬の製造を全面的に武州製薬へ移管。製剤処方設計や試験法開発といった業務の一部も移した。武州製薬は譲受した事業を手がけるスペラファーマ(大阪市淀川区)を7月1日付で発足させている。

 ただし「武州のレベルまでできる日本の医薬品製造受託機関(CMO)は数社しかない」(野村総合研究所の山田謙次プリンシパル)。また、武田薬品と競合する大手製薬の生産幹部は、「(CMC部門の切り離しは)大胆すぎて当社では考えられない」と吐露する。この分野での水平分業が進むかどうかは不透明と言えそうだ。

 製薬各社の首脳は外部委託を推進する際、バランス感覚が重要になるとの認識は示している。武田薬品のクリストフ・ウェバー社長は、「外部に託すのみでは知見が失われる。がん、中枢神経、消化器領域では内部の強力な研究能力を維持したい」。

 アステラス製薬の畑中好彦社長は「治験薬製造から初期生産の部分は、できるだけ自社でやらないと研究開発の遅延につながる。外に出すとかえってコストが高くつく場合もある」と話す。

 エーザイの内藤晴夫最高経営責任者(CEO)は、極力、1案件ごとに1社のみと協業するよう心がけているという。「(成果が)2社の所有になるという意識が生まれ、一定の時機で仕事を達成しようとする責任も生じる」。

(文=斎藤弘和)

専門家の見方


【ローランド・ベルガープリンシパル 服部浄児氏】
 製薬企業は最低限の研究資源は維持しなければ、外部の創薬シーズの目利きができない。その成功確率を上げるために武田薬品などは疾患領域の絞り込みを進めてきたが、我々から見ると必要な会社はまだまだある。

 中堅どころは、せいぜい一つか二つの疾患領域に焦点を当ててはどうか。開発品単位ではなく、領域単位の入れ替えを大胆にやってもいい。そうでないと目利きの力は持ち得ない。

【野村総合研究所プリンシパル 山田謙次氏】
 製薬企業が自前主義でやっていた時代は、業務量が絶対的に少なかった。今は報告している副作用情報も桁違いに多い。薬の効く仕組みが複雑になり、副作用のリスクが高いが治せる病気も多いというトレードオフになっている。

 抱え切れないところを外部へ頼むのは合理的だ。ただ、ITで効率化を図らねばならない部分もある。医療界全体で電子カルテのデータの活用も進めていくべきだ。


 
日刊工業新聞2017年9月5日 /7日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
安易な“丸投げ”が増えるほど、企業は衰退への道を向かう。外部委託のあり方をこまめに検証し、状況に応じて柔軟に軌道修正をする姿勢が将来の新薬創出につながる。 (日刊工業新聞第二産業部・斎藤弘和)

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