【連載】挑戦する地方ベンチャー No.1 宮城県仙台市 TESS (前編)

テレビで見た足こぎ車いすに衝撃、ベンチャーに飛び込む

■宮沢賢治への憧れ
 TESSの代表取締役鈴木堅之氏が「足こぎ車いす」に出会ったのは、13年前、テレビの前だった。「たまたま見ていたニュース番組で、東北大学の半田康延教授が開発した『足こぎ車いす』が紹介されていました。足が不自由な人でもスイスイと足で車いすをこいでいる様子に『なんだこれは!』と衝撃を受けました」。
 
 鈴木氏のルーツは意外にも宮沢賢治。大学時代に宮沢賢治にとにかく憧れ、宮沢賢治に関する仕事に就きたいと思っていたところ、岩手県に宮沢賢治の理念に基づいた理想郷を目指して設立される福祉施設があると知り、飛び込んだ。
 福祉施設で仕事をしていく中で、障がい者が生活していくためにはリハビリが不可欠だと知った鈴木氏は、リハビリを学ぶために専門学校に通うも、資金が尽きて退学。教員免許を持っていたため公立学校の先生となる。障がい者をサポートする仕事に就きたいと悶々としていた中でちょうど出会ったのが、「足こぎ車いす」だったのだ。
 足こぎ車いすが普及し、小さい頃から使用すれば、子供たちが走れるようになるかもしれない。障がい者が自立する手段の1つになるかもしれないと思い、前身企業の門をたたいた。

■相手にされなかった
 2002年に入社した前身企業は半田教授を中心に電気刺激治療の研究開発がメイン。社内でも足こぎ車いすを担当したのは鈴木氏一人だった。
 「医療関係者や大学関係者からは「そんなもので本当にリハビリの効果が得られるはずがない」とあまり相手にされていなかったんです」(鈴木氏)。
 大学は億単位の資金を投入し、電気刺激治療は大手企業からも注目されていた。しかし外部協力者が現れずに資金繰りが悪化。2008年に会社をたたむことになってしまった。

 そこで同年11月に足こぎ車いすの利権を譲り受け、TESSを設立。しかし金融機関はベンチャーへの出資を渋っている時期で相手にしてもらえなかった。足こぎ車いすを製造するにも、車いすメーカーからも自転車メーカーからも断られた。同年12月には資本金380万円を使い果たしあわや倒産か、という状態になってしまったのだ。

■子供が「乗りたい」車いす
 そのピンチをぎりぎりで救ったのが、地元商工会。担当者に足こぎ車いすのビデオを見せると感激してすぐに金融機関に取り次いでくれ、日本政策金融公庫の挑戦支援融資制度を受けることができた。
 また、製造に関しては、パラリンピックで使われるような高機能車いすメーカーのオーエックスエンジニアリング(千葉県若葉区)にダメもとで設計依頼。すると、予想外に承諾を得られ、「作成してもらった図面を見ると、今までの試作機とは比べものにならないほどかっこいいデザインで、高性能な足こぎ車いすになっていて驚いた」(鈴木氏)。
 出来上がった試作機を病院で試してみると、子供たちが「乗りたい」と寄ってきた。足が不自由な患者も車いすをこぐことができ、これを機に、同社と量産モデルの製作を開始したのだった。
(ニュースイッチ編集部=昆 梓紗、取材協力=トーマツベンチャーサポート)

<会社概要>
株式会社TESS
所在地:〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-40東北大学連携ビジネスインキュベータ404号室(T-Biz)
設立:平成20年11月5日
http://www.h-tess.com/

※プロローグにて「毎月第2、第4月曜日」とお伝えしていましたが、「毎月第1、第2月曜日」更新に変更となりました。

COMMENT

足が動かない方が車椅子に乗るのに、誰も発想したことのない衝撃的な車椅子「足こぎ車椅子」。 今まで足が動かなかった方が、この車椅子に乗ることで、足が動きリハビリにもなるというウソのような本当の話に、可能性を感じています。 TESS社の資金繰りに地元の商工会が活躍したエピソードなどは大変地域での支援の有効性について考えさせられるものです。 このような可能性ある技術に目利きできる方が地域にいるかどうかというのが、地域の企業は非常に重要であると感じます。

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