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「STAP」問題から3年。研究不正、防止へ着々

理研、文科省の何が変わったのか
「STAP」問題から3年。研究不正、防止へ着々

理研は改革を余儀なくされた(会見する野依良治氏(右)=当時理事長)

 STAP細胞に関する論文が発表されたのは2014年1月30日の英科学誌ネイチャー。それから3年が経過し、改訂された文部科学省の研究不正行為への対応に関する指針を受け、大学や研究機関では不正防止に向けた取り組みを着実に進めている。

 STAP細胞は、当時理化学研究所の研究員だった小保方晴子氏らが発表した論文によると、オレンジジュースのような弱酸性溶液に体細胞を浸すだけで、脳や臓器など、さまざまな細胞へと変化する万能細胞になるとされた。だがその後、データの改ざんや文章の盗用などが指摘され、内容に疑惑の目が向けられた。

 理研自らが調査した結果、STAP細胞はES細胞(胚性幹細胞)に由来するものと断定、14年7月にネイチャーは掲載論文を撤回した。一連の不祥事を受け、同年8月に理研は不正の再発防止に向けた行動計画を策定し、理事長直轄の「研究コンプライアンス本部」の設置、研究記録の管理に関する規定の整備など改革を断行した。

 同じ14年8月、文部科学省は研究活動の不正行為への対応に関する指針の改訂版を公表し、15年4月に適用した。研究不正に対し、組織としての責任を持つことを求めたほか、研究倫理教育の実施や一定期間の研究データの保存も明記した。
                 

 また、文科省予算に関連した研究活動でのねつ造や盗用、改ざんによる不正について、一覧を公開する規定も新指針に盛り込んだ。現在12件の事案を文科省のホームページで公開する。

 個人名は公表しておらず、「『誰が悪いのか』ではなく、『何が悪いのか』を学んでもらいたい」と、研究公正推進室の広瀬登室長は趣旨を説明する。
               

倫理教育にeラーニング


 文科省の新指針を踏まえ、個々の大学や研究開発法人も研究の公正性を確保するための組織体制や、研究倫理教育の整備を進めた。東京大学は14年度から毎年9月に「研究倫理ウイーク」を設定しているほか、15年の同ウイークでは学生が教材開発を競う「研究倫理教材コンテスト」を開くなど、ユニークな活動を展開する。

 東北大学は、学部学生から教員までを6段階に分け、各段階のレベルに応じた研究倫理教育を体系化し、17年4月から実施する。

 大阪大学は、14年6月から論文の剽窃(ひょうせつ)をチェックするツール「アイセンティケイト」を導入したほか、15年3月には責任ある研究活動を推進するための啓発用リーフレットを作製し、大学院生や教員に配布した。

 eラーニング事業の移管に関する合意書を取り交わした(左から)CITIジャパンプロジェクト代表校の信州大学の濱田州博学長、公正研究推進協会の池田駿介専務理事、日米医学教育コンソーシアムの國友哲之輔副理事長

 多くの研究機関が研究倫理教育で活用するのが「CITIジャパンプロジェクト」が展開するeラーニングサービスだ。

 同プロジェクトは、信州大学や東京医科歯科大学など6大学の連携が母体となり、12年に発足。米国で研究倫理教材の作製・配信を手がける組織「CITI」と共同で、国際基準に沿った教材開発を進めてきた。16年度で文科省の予算支援が終了するため、17年度以降は公正研究推進協会に事業を引き継ぐ。

 手の空いた時間に、自分のペースで学べるのがeラーニングの利点。同サービスは、16年12月末時点で500を超える研究機関が導入しており、受講登録者数は41万人に拡大した。

 27日に都内で開いた報告会で、同プロジェクトの福嶋義光事業統括(信州大医学部教授)は「研究費申請のために嫌々受講した人もいたかもしれないが、アンケートをとると受講者の4分の3は『得るものがあった』など前向きな回答だった」と説明した。

 同協会の吉川弘之会長(元日本学術会議議長)は、「研究者には研究の自由が与えられているが、自由であることの論理的な帰結として不正は許されない。不正のない研究の推進を可能とする環境を実現したい」と意欲を示した。

 他方、文科省は新指針で大学などの組織責任を明示し、組織単位での対策を求めているが、不正を見抜く能力を組織に求めるべきかは判断が難しいところだ。
              

 例えば論文の査読では、専門分野ごとに研究者が分担して論文を審査するが、地方大学では一大学に数人しか専門家がいない分野も珍しくない。分野特有の不正を見抜くことは難しく、結局は管理体制や倫理教育など全組織的な対策に終始しかねない。

 各分野の特徴に合わせ、学会など研究領域ごとに責任を果たさせる仕掛けも必要かもしれない。

AI・ロボ活用、“最先端の目と腕”で検証


 研究不正を技術開発などによって防ぐ動きも相次いでいる。例えば論文に掲載する画像の使い回しは画像検索人工知能(AI)で照合できる。修整箇所を特定するAIも開発された。

 東大発ベンチャーのエルピクセル(東京都文京区)の朽名夏麿最高技術責任者は、「切ったり貼ったりした修整箇所は9割以上を検出できる」と胸を張る。

 画像検査AIは無償ソフトも流通する。啓発効果はあるものの、事前に不正が見つからないように試せるのが難点だ。そこで同社は雑誌編集部や大学管理部門により高精度のAIを販売し、不正を防止しようとしている。
(文=小寺貴之、斉藤陽一、冨井哲雄、大阪・小林広幸)
日刊工業新聞2017年1月30日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
研究室での実験を人間ではなくロボットにやらせる試みも始まった。人間よりも効率的に実験を行う上、実験記録が100%残るなどのメリットもある。実験用の双腕ロボットを開発した、産業技術総合研究所発ベンチャーのロボティック・バイオロジー・インスティテュート(東京都江東区)の高木英二社長は、「(実験記録の)100%のトレーサビリティーが担保できる」と強調する。再現性で困らないため、技術移転も早くなる。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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