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「アベノミクス」の人手不足を考える! 実力中堅メーカー・経営トップの真贋

正田寛しげる工業会長×小林義信ウラノ会長 「幼少期からの教育」「成長産業に携わる自信や誇りを共有」
「アベノミクス」の人手不足を考える! 実力中堅メーカー・経営トップの真贋

正田しげる工業会長(左)と小林ウラノ会長

 安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」は国内に景気回復をもたらした一方、日本が抱える深刻な労働力不足の現実を顕在化させた。日本経済がデフレに苦しんだ「失われた20年」は、労働力人口が減少の一途をたどると知りながらも、人材余剰からこの問題は潜在化していた。ところが景気の好転につれて全国的に人手不足が広がったことで、とりわけ日本の競争力の源泉であるモノづくり人材をいかに確保し、定着させるかがあらためて問われている。独自技術で日本の製造業を支える中堅2社の経営トップと、これからの人材問題を考える。
 
 しげる工業会長(群馬県太田市)正田寛氏に聞く

 ―群馬県太田市は自動車産業の集積地だけに、稼働率向上に伴う人手不足の問題が色濃く表れているのでは。
 「県内の生産活動が活発化していることは幹線道路の渋滞が慢性化している様子からうかがえる。当社の場合、毎年50人から60人の定期採用を実施しているが、これだけでは目下の生産拡大に対応できない状況にあり、派遣社員など非正規雇用を増やしている。生産増に伴い人手を増やした結果、管理職1人が目配りしなければならない従業員の数が急増したことから14年には通常、年1回の管理職への昇格を年2回実施した」

 ―中でも不足感が強いのはどのような職種や年齢層ですか。
 「30代前半の現場のリーダー的存在となる中核人材。これに限らず若年世代の全般的な傾向として、教えられたことは忠実にこなすが予想外の事態が発生したときに自ら考え対処できないケースが目に付く。教育の問題かもしれないが」

 ―労働力人口の減少に対応するにはどんな施策が必要ですか。
 「人材の獲得や育成の難しさは今に始まった問題ではない。労働力人口の減少が日本全体に重くのしかかる現実を、政府や産業界だけでなく地域のあらゆる関係者が認識し、危機感を共有するべきだ」

 ―先細っていく労働力を奪い合うのではなくパイそのものを増やす努力をするべきだと言うことですか。
 「急激に進む人口減少を放置すれば、日本経済そのものが成り立たなくなる。縮小のスパイラルから脱却し持続的な成長を遂げるには、さまざまな角度からの取り組みが求められる。5月初旬に私が会頭を務める太田商工会議所は群馬県教育委員会との間で人口減に関する初の意見交換の場を設けた」

 「群馬県の場合、毎年6000人が高校を卒業するが、約4000人が県外に流出してしまう。日本屈指のモノづくりの町で県内経済のけん引役である太田市でも、人材を惹きつけられない厳しい現実がここにある。商工会議所としても、結婚や出生率向上へ向けた取り組みのひとつとして婚活事業を開催するなど模索を続けているが、幼少期からの教育も含めた大局的な取り組みが必要だ」
 
 
 ウラノ会長(埼玉県上里町)小林義信氏に聞く

 ―米ボーイング向けをはじめとする航空機のチタン材加工で長崎県に進出して9年になります。人材面での成果が顕著だったそうですね。
 「そもそも長崎に新工場を構えたのは地元自治体の熱心な誘致がきっかけだが、長崎進出を契機に(本社工場がある)埼玉と一体となって航空機産業に取り組んだことが、チタン材加工で国内シェアトップの地歩を固める原動力となった」

 「長崎は、造船業で発展してきた地域だけに、地元工業高校や伝統ある高等専門学校(高専)から優秀な人材を数多く採用できたことと、量産までの期間が長い航空機に特化した専用工場として、腰を据えて技術習得に取り組めたことが大きい。長崎工場では毎年20人ほどの新卒採用を行ってきたが応募が110人を超えた年もある。ただ、そんな長崎でも昨年から人が採りにくくなりつつある」

 ―景気回復の影響ですか。
 「就労の場を都市部に求め、若年層の県外流出が加速している。これからは優秀な人材を手放さない経営が問われる」

 ―定着の確保のカギは賃上げをはじめとする処遇改善でしょうか。
 「年間利益額に基づいて賞与を決定する成果配分方式が、世代や階層を問わず稼働率向上への高いモチベーションにつながっている。加えて2015年度は手当充実にも踏み切り昇給額は大幅増となったが、賃上げや福利厚生の充実といった待遇改善だけでは人材をつなぎとめることはできない。むしろ航空機産業という安定・成長市場をつかんだことが大きい」

 「航空機向けチタン加工のトップ企業としての経営理念を明確に打ち出し、成長産業に携わる自信や誇りを従業員に共有してもらう。そんな一体感こそ人材確保や定着のカギ。海外の展示会や商談会に積極的に参加させるのも、世界で自社技術がどう評価されているのか肌で感じてもらうためだ」

 ―今後の人員計画は。
 「15年度は約50人を採用したが、目下の人手不足感がすぐに解消されるわけではない。長崎では16年2月に新工場が完成する予定で現在、全社350人の従業員も数年後には500人規模となる。それだけに経営理念の共有や目標達成への一体感が成長を実現する原動力として一層重要になる」

日刊工業新聞2015年05月25日深層断面から抜粋
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
高精密・高精度の加工技術が航空機をはじめ多様な産業分野に用いられているウラノと、富士重工業の一次サプライヤーで内装品を手がけ、自動車産業を支えるしげる工業-。独立系と下請型の違いこそあれ、数百人規模の従業員を抱える両社は超優良の中堅企業だ。その経営トップでさえ、人材不足への懸念を強めている現実からうかがえるのは、より多くの企業が人材不足にあえいでいる状況だ。

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