トランプは科学技術に何をつぶやくのか。米国で強まりつつある“稼ぐ研究”
日本の学術界への影響は?海外との共同研究、雇用に結びつくなら
20日(日本時間21日未明)のトランプ氏の米大統領就任を前に、学術界に緊張が漂っている。気候変動など新大統領の“つぶやき”一つで学術分野が大きく揺さぶられる懸念もあり、日本の学術界への影響も無縁ではない。民間企業なら攻撃的なつぶやきに対する対価として、米国での投資計画と雇用を献上できるが、科学者が差し出せるものは少ない。「研究がどう国益に資するか」など、より丁寧な説明が求められそうだ。
オバマ政権は、科学技術政策で“オープン”を多用した。オープンサイエンスやオープンデータなど、研究成果やデータを世界で共有し、分野横断的な活用を促した。学際領域を活性化させ、データに基づく政策設計に貢献し、日本の学術界や産業界も少なからず恩恵を受けた。
トランプ政権の誕生後は、これまでの言動からみて、オープンという単語は減る見通しだ。具体的な方針は2月の米予算教書(大統領の予算方針)で示されるが、政権交代期であり、科学技術政策は抽象的な内容に留まると考えられる。このため、詳細は3月の各省庁別の事業予算の提示まで待つ必要がある。
ただ、その間もつぶやきは止まらないだろう。例えば公費でサポートする米国研究者と外国企業との応用分野の共同研究について、トランプ大統領はどんな反応を示すのか。伝統的に小さな政府を志向する共和党としては、産業界に任せるべきだと応用領域の縮小を求める声も多い。
一方で「共和党の伝統と違い、新大統領は雇用に結びつくなら支持する可能性はある。研究者が国益をどう説明するかだ」と、科学政策が専門の政策研究大学院大学の角南篤副学長は指摘する。
例えばロボットやAI(人工知能)分野は省人化で雇用が減るかもしれないが、生産性や競争力を高める武器にもなる。ロボット研究の大家である米マサチューセッツ工科大学のロドニー・ブルックス教授は、「ロボットが仕事を奪うと誤解する政治家は多い。だがロボットは人間を手伝い、能力を拡張する道具。独BMWは高齢の従業員が長く働けるようにロボットを使う」と強調する。
研究予算が新大統領の目にとまった時に国益を説明できる準備も必要だ。角南副学長は、「科学のための研究は認められにくい。日米の共同研究も米国の国益に資することを説明し、協力を一層深めることが重要。外交カードを増やすことにもなる」と説明。科学技術振興機構の浜口道成理事長も、「科学技術によって社会課題を解決することと、トランプ氏の求める雇用創出は相反するものではない」と指摘する。
米国で強まりつつある“稼ぐ研究”。日本はこれとうまくつきあい、自国の経済再生や世界の科学技術の発展に生かす必要がある。
日本学術振興会理事長・安西祐一郎氏「国際地位高める機会」
今は日本が基礎科学の振興と若手育成について国際的な地位を高める絶好の機会だ。米国は新大統領、英国は欧州連合(EU)離脱など各国の研究振興機関が揺れている。経済に陰りが出れば基礎への投資は厳しいからだ。
日本が世界の若手研究者にどんなメッセージを発信するかが重要だ。国際協調で基礎研究を支える仕組みを実現したい。生命科学やAIなど科学技術と法制度、倫理で国際協調が必要な分野での貢献につながる。
新政権内では(予算などで)せめぎ合いながら進むだろう。米国が浮き沈みしてもそれは競争だ。日本が研究者に報いる施策を打てば響く。科学は世界や未来への貢献だ。力強く推進する。
日本学術会議会長・大西隆氏「学術の総合力問う」
研究は時間をかけて結果を出すため、政治に直接左右されるわけではない。日本学術会議は地球環境問題に取り組んでいる。温室効果ガス排出による温暖化の進行はさらに深刻になっている。
地球環境を観測して警告を発し、対策を促すことは科学者の使命だ。各国の報道では自国中心主義的な世論が強まっているとされる。南北格差や紛争の継続など、国際的に解決されていない深刻な問題が難民問題などを引き起こしている。
科学技術は新たな価値を生み、産業や雇用を広げてきた。研究の価値を国際社会に説明していくためにも自然科学と人文・社会科学との連携はより重要になる。文理の隔てなく、学術の総合力が問われている。
科学技術振興機構理事長・浜口道成氏「社会課題は変わらない」
大統領が代わっても世界が抱える課題は変わらない。環境や食料、貧困など、科学技術が解決すべき大きな問題が残っている。研究者が理想を掲げても、経済活動に結びつかなければ具体的な活動にはならなかった。
例えば青色発光ダイオード(LED)は消費電力を減らし、途上国に光と学ぶ機会をもたらした。トランプ氏が求めているのは仕事を作れるかどうか。科学技術で経済を回しながら社会課題を解く。この本質と共通する部分はある。
米国の科学技術政策の変化幅はこれまでの政権交代よりも大きくなる。2月の米科学振興協会(AAAS)総会で情報を集めてくる。大統領の新しい科学顧問とも確固とした関係を築いていく。
理化学研究所理事長・松本紘氏「恣意的な評価を懸念」
科学技術の発展には国際協調・協力が欠かせない。国際的な頭脳循環で多くの業績が生み出されている。これは歴史からも自明だ。理化学研究所でも米国機関と数多くの協力協定を持ち、共同研究の与える成果は大きい。
国際協調なしに自国の科学技術の進展が望めない歴史を知れば、自国の利益のために一国主義のようなやり方ではなく、オープンサイエンスを推し進めるのではないか。利益を追求するビジネスマンとしての一面に期待する。
優秀な頭脳が集まることを期待するなら、個々の科学者が国や大統領の恣意(しい)的な評価で「You’re fired!」(お前はクビだ!)と介入されることはあってはならない。自由な環境醸成は必須だ。
(文=小寺貴之)
オバマ政権は、科学技術政策で“オープン”を多用した。オープンサイエンスやオープンデータなど、研究成果やデータを世界で共有し、分野横断的な活用を促した。学際領域を活性化させ、データに基づく政策設計に貢献し、日本の学術界や産業界も少なからず恩恵を受けた。
トランプ政権の誕生後は、これまでの言動からみて、オープンという単語は減る見通しだ。具体的な方針は2月の米予算教書(大統領の予算方針)で示されるが、政権交代期であり、科学技術政策は抽象的な内容に留まると考えられる。このため、詳細は3月の各省庁別の事業予算の提示まで待つ必要がある。
ただ、その間もつぶやきは止まらないだろう。例えば公費でサポートする米国研究者と外国企業との応用分野の共同研究について、トランプ大統領はどんな反応を示すのか。伝統的に小さな政府を志向する共和党としては、産業界に任せるべきだと応用領域の縮小を求める声も多い。
研究者が国益をどう説明するかだ
一方で「共和党の伝統と違い、新大統領は雇用に結びつくなら支持する可能性はある。研究者が国益をどう説明するかだ」と、科学政策が専門の政策研究大学院大学の角南篤副学長は指摘する。
例えばロボットやAI(人工知能)分野は省人化で雇用が減るかもしれないが、生産性や競争力を高める武器にもなる。ロボット研究の大家である米マサチューセッツ工科大学のロドニー・ブルックス教授は、「ロボットが仕事を奪うと誤解する政治家は多い。だがロボットは人間を手伝い、能力を拡張する道具。独BMWは高齢の従業員が長く働けるようにロボットを使う」と強調する。
研究予算が新大統領の目にとまった時に国益を説明できる準備も必要だ。角南副学長は、「科学のための研究は認められにくい。日米の共同研究も米国の国益に資することを説明し、協力を一層深めることが重要。外交カードを増やすことにもなる」と説明。科学技術振興機構の浜口道成理事長も、「科学技術によって社会課題を解決することと、トランプ氏の求める雇用創出は相反するものではない」と指摘する。
米国で強まりつつある“稼ぐ研究”。日本はこれとうまくつきあい、自国の経済再生や世界の科学技術の発展に生かす必要がある。
《私はこう見る》
日本学術振興会理事長・安西祐一郎氏「国際地位高める機会」
今は日本が基礎科学の振興と若手育成について国際的な地位を高める絶好の機会だ。米国は新大統領、英国は欧州連合(EU)離脱など各国の研究振興機関が揺れている。経済に陰りが出れば基礎への投資は厳しいからだ。
日本が世界の若手研究者にどんなメッセージを発信するかが重要だ。国際協調で基礎研究を支える仕組みを実現したい。生命科学やAIなど科学技術と法制度、倫理で国際協調が必要な分野での貢献につながる。
新政権内では(予算などで)せめぎ合いながら進むだろう。米国が浮き沈みしてもそれは競争だ。日本が研究者に報いる施策を打てば響く。科学は世界や未来への貢献だ。力強く推進する。
日本学術会議会長・大西隆氏「学術の総合力問う」
研究は時間をかけて結果を出すため、政治に直接左右されるわけではない。日本学術会議は地球環境問題に取り組んでいる。温室効果ガス排出による温暖化の進行はさらに深刻になっている。
地球環境を観測して警告を発し、対策を促すことは科学者の使命だ。各国の報道では自国中心主義的な世論が強まっているとされる。南北格差や紛争の継続など、国際的に解決されていない深刻な問題が難民問題などを引き起こしている。
科学技術は新たな価値を生み、産業や雇用を広げてきた。研究の価値を国際社会に説明していくためにも自然科学と人文・社会科学との連携はより重要になる。文理の隔てなく、学術の総合力が問われている。
科学技術振興機構理事長・浜口道成氏「社会課題は変わらない」
大統領が代わっても世界が抱える課題は変わらない。環境や食料、貧困など、科学技術が解決すべき大きな問題が残っている。研究者が理想を掲げても、経済活動に結びつかなければ具体的な活動にはならなかった。
例えば青色発光ダイオード(LED)は消費電力を減らし、途上国に光と学ぶ機会をもたらした。トランプ氏が求めているのは仕事を作れるかどうか。科学技術で経済を回しながら社会課題を解く。この本質と共通する部分はある。
米国の科学技術政策の変化幅はこれまでの政権交代よりも大きくなる。2月の米科学振興協会(AAAS)総会で情報を集めてくる。大統領の新しい科学顧問とも確固とした関係を築いていく。
理化学研究所理事長・松本紘氏「恣意的な評価を懸念」
科学技術の発展には国際協調・協力が欠かせない。国際的な頭脳循環で多くの業績が生み出されている。これは歴史からも自明だ。理化学研究所でも米国機関と数多くの協力協定を持ち、共同研究の与える成果は大きい。
国際協調なしに自国の科学技術の進展が望めない歴史を知れば、自国の利益のために一国主義のようなやり方ではなく、オープンサイエンスを推し進めるのではないか。利益を追求するビジネスマンとしての一面に期待する。
優秀な頭脳が集まることを期待するなら、個々の科学者が国や大統領の恣意(しい)的な評価で「You’re fired!」(お前はクビだ!)と介入されることはあってはならない。自由な環境醸成は必須だ。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年1月20日