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『宮城の新聞』一人編集長の肖像 「科学とは、社会とは、教育とは何か」を問い続ける

「“なぜ”と考える知的好奇心なくして新しいモノや価値は生まれない」(大草芳江)
『宮城の新聞』一人編集長の肖像 「科学とは、社会とは、教育とは何か」を問い続ける

FIELD AND NETWORK取締役の大草さん

 2014年7月20日、東北大学川内北キャンパス講義棟(仙台市青葉区)をメーン会場にイベント『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』が開かれた。コンセプトは“子どもから大人まで科学の「プロセス」を五感で体験できる日”。メーカー、大学の研究室から、中学校や高校の物理部まで、延べ144団体が講座プログラムや体験ブースを出展。家族連れなど約7400人が参加する盛況ぶりだった。

 【諦めない性格】

 主催のNPO法人natural science(同)理事の大草芳江はこの様子を感慨深く見つめていた。07年に第1回を開催した時は出展団体数は1、来場者数は40人だった。続けていくうちに大きな波になった。大草は「思っていたより時間がかかった」と笑う。くじけそうになったことはないか、と問うと「私、諦めない性格なんです」。こともなげに微笑んだ。
 大草の活動は約10年前に始まる。東北大学大学院生命科学研究科在籍中の05年11月、仲間とともにFIELD AND NETWORK(同)を設立。塾情報提供サイト運営のほか、紙媒体とウェブ上で展開する「宮城の新聞」の発行を始めた。科学、社会、教育とはそもそも何なのかを探求する媒体。紙媒体は仙台市立中学校の生徒全員分にあたる約3万部を発行し、学校を通じて配布する。大草は編集長、発行人、記者を1人で務め、これまで全約350本の記事を掲載。約120人に単独インタビューした。対象は村井嘉浩宮城県知事らも含まれる。

 【バラバラが狙い】
 インタビューでは共通の質問をぶつける。「科学とは、社会とは、教育とは何か」。相手によってバラバラの答えが返ってくる点に狙いがある。「科学も社会も教育も、全て人間が作っていて動きがあり、不確実性があり柔らかいものであると、中高生にも分かるように伝えたい」。きっかけは自身の原体験だ。

 小学校から大学入学までずっと、いわゆる優等生だった。「周りが『いいね』と言う価値観にしがみついていた」。ある日、知的好奇心を失いつつある自分に気付き危機感を覚えた。「内発的なモチベーションがなく、あらゆる出来事に実感が湧かない」。このままでは自分の足で立てなくなる、とまで思い詰めた。進学先に東北大理学部を選んだのは“なぜ”を突き詰められる学部だと感じたからだ。

 【一つの答え】

 大学での学びや学生、起業家らとの議論を通じて大草は一つの答えに行き着く。“なぜ”と考える知的好奇心なくして新しいモノや価値は生まれない。“なぜ”の喪失は自分だけでなく、あらゆる技術がブラックボックス化した現代社会が抱えている問題そのものではないか。問題意識が新聞発行に駆り立てた。

 仙台市周辺は東北大など総合大学に加え、教育、福祉、薬学、工学など個別の専門分野に特化した多様な教育機関の集積がある。地域連携による科学教育を行いたいと、NPO法人を立ち上げ、冒頭の「サイエンス・デイ」や、塾形式の「ものづくり講座」の運営も始めた。大草の科学ジャーナリストとしての仕事も増え、かつて課題だったマネタイズの問題に光が差してきた。

 大草は瞳を輝かせる。「主体性を発揮するために大事なのが知的好奇心であり、知的好奇心こそが人間らしさ。誰もが主体性を発揮できる社会にしたい」。今年も「サイエンス・デイ」が近づく。(敬称略)
(文=仙台・森崎まき)
日刊工業新聞2015年05月25日 中小・ベンチャー・中小政策面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
大草さんに最初にお会いしたのが3年前、ソニーの出井元社長と若手起業家を囲んだ座談会だった。大草さんは、当時も自分のやっていることが社会に役立っているのか確信が持てないと話していた。その時、出井さんは「(大草さんのやっていることは)量や規模を追う成長期の画一的なアンチテーゼ。日本はまさに個人でもっと心を豊かにしていく時代になりつつある」と評価していた。いつまでも「なぜ」を追求していって欲しい。

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