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【囲碁棋士×AI棋士#01】捨て石の美学にイノベーションを見た

「囲碁はAIと自分の力を高めあえる唯一の競技」(趙名誉名人)
【囲碁棋士×AI棋士#01】捨て石の美学にイノベーションを見た

電王戦3局、趙治勲名誉名人(右)とAI開発チームの加藤氏

 棋士と人工知能(AI)が、新たな“定石”を作るパートナーになろうとしている。日本棋院とドワンゴなどが開いた囲碁電王戦で、囲碁AIと趙治勲(ちょう・ちくん)名誉名人(60)が対局。趙名誉名人はAIの印象深い手として「捨て石の美学」を挙げた。趙名誉名人は「AIから学んで(自分が)強くなる」としつつ「囲碁はAIと自分の力を高めあえる唯一の競技」と語った。

 趙名誉名人は囲碁AI「DeepZenGo」に2勝1敗で勝ち越した。しかし「私が勝っていると思っていた場面で実は劣勢など、拮抗(きっこう)した勝負だった」と振り返る。

 日本の囲碁AIは棋士が開発に参加し、成長させてきた。能力が飛躍的に上がったのは深層学習という技術で布石のバランスを身につけたためだ。

 DeepZenGo開発チームの加藤英樹代表(63)は「過去の大量の棋譜から統計処理で大局観を抽出した」と説明する。趙名誉名人はAIの捨て石の手について「この手が確立されれば、55年間、私が学んできた定石が覆る」と評した。

 ただ、AIと棋士は敵対する関係ではない。囲碁は東京大学など29大学の授業に採用されているが、AIは競技人口を増やす起爆剤になるかもしれない。趙名誉名人は「囲碁はAIとの協働を体験する良いモデル」と期待する。

 3月に米グーグル・ディープマインドのアルファ碁が韓国のイ・セドル九段を4勝1敗で下した。日本ではドワンゴと東京大学らが開発した「DeepZenGo」が趙治勲名誉名人と対局した。

 囲碁における人工知能(AI)と人間の戦いが注目を集めている。勝ち負けばかりが話題になりがちだが、人間が強いと思われていた序盤の大局観でAIが勝るなど、従来と異なる知見が得られつつある。11月19、20、23日に開かれた第2回囲碁電王戦で激闘を繰り広げた趙治勲名誉名人とAI「DeepZenGo」の開発者である加藤英樹氏に聞いた。

趙名誉名人に聞く「棋士はどうしても損得を考えてしまう」


 ―AIと対局し、印象深い手はなんですか。
 「AIが石を捨てるようになったことだ。囲碁は石をとりあうゲーム。だが石をとっている内は半人前で、石を捨てられるようになって一人前。捨て石の美学がある」

 「アルファ碁もZenも、棋士よりも石を捨てる。Zenと対局していて、捨てすぎだと思ったほどだ。だが破綻せず、布石のバランスがとれている。従来のAIにない大きな変化だ。棋士はどうしても損得を考えてしまう。AIは自然体で正しい手を打てるのだろう」

 ―AIの弱点も見えてきました。
 「布石のバランスはアルファ碁もZenも伯仲している。ただ中盤から終盤に弱く、どちらもたくさんミスをする。形勢が悪くなると悪手を重ねる。人間のように勝負手を打たず、素直に負けてくれる。私はAIキラーになろうかと思う」

 ―他の競技に比べると、囲碁はAIを冷静に受け入れたように見えます。
 「日本の囲碁界は挑戦する立場だからだ。50年前、日本は世界のトップだったが20―30年前に韓国に抜かれ、ここ10年は中国が台頭している。日本でトップに立ってもまだ上には上がある。AIが参入してきたら、AIから学んで強くなる」

 ―AIに今後、求める力は。
 「もっと強くなってほしい。AIは悪魔でも天使でも、強くなるためなら勉強する。AIは疲れを知らず、無限に相手になってくれる。また囲碁は強くならないとトップの戦いを理解できないが、AIで広く学ぶ場ができた」

 「より高度な対局を楽しめる人が増える。テレビゲームなど人間が作り込んだゲームでは、人間はAIに勝てなくなる。囲碁ではAIも神には届かない。囲碁は人間がAIに唯一勝てるゲームになる」

DeepZenGo開発チーム代表・加藤英樹氏「本当の状況判断、人間が勝る」


 ―囲碁は人類対AIの代表戦になりました。重圧は。
 「特に意識したことはない。棋士の先生方には何年も協力してもらっていて、関係は変わらない。Zenが棋士に勝てるようになったことはうれしい。若手が勉強に使ってくれ、囲碁に貢献できるようになってきたことはとてもうれしい」

 ―大局観は人間、理詰めの計算はAIが有利とされていました。AIと人間の役割分担は。
 「深層学習でAIは布石のバランスを身につけた。大量の棋譜から大局観を統計処理で抽出している。囲碁は序盤、手が多すぎて人間には読み切れないため、AIがリードしやすい。これが棋士には感性が良いように見える」

 「AIが下手な手を打たなければリードを守れる。ただ現在のAIは勝負所がわからず、勝負手も打てない。棋士は窮地に追い込まれても、相手をかく乱したりばくちを打つ。まだAIにできることは一部だ。本当の状況判断は人間が勝る」

 ―AIの手には棋士が「人間は打てない」と表現する手があります。AIは新しい手を創造したのですか。
 「人とAIの手に違いはある。ただ手が有効か、価値を決めるのは人間だ。例えばAIは二兎を追う手を好む。複数の手をてんびんにかけ統計的に勝率が最大化する手を選ぶ。人間は一手一手に狙いがあり、結果として曖昧な手は打たない。手を解釈し新しい手を紡ぐのは棋士の力だ」

 ―フリープログラマーの尾島陽児氏と二人三脚でここまで来ました。在野の研究者に勇気を与えたと思います。
 「この生き方は他人にはお勧めしない。企業や大学で研究している方が楽だ。尾島さんや先生たち。私は人に恵まれた。好きなことをコツコツと積み上げていたら幸運にも評価された」
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2016年12月8日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
お二方のインタビューは、イノベーションや創造はどう見えるのかを表現されているのだと思います。AIがプロ棋士とエンジニアの立場からどう見えるか。囲碁界や情報化された社会が、どのように新技術を使いこなしていくのか。このプロセスはいろんな職種、コミュニティーにとって参考になるものだと思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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