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企業に最も価値を生む社長の在職期間は9年がベスト?

文=此本臣吾(野村総合研究所社長) 10年超えから次世代に反動現象
企業に最も価値を生む社長の在職期間は9年がベスト?

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 当社が上場企業の社長延べ267人の在職年数とその間の企業価値向上の関係を研究したところ、10年以上の長期にわたって在職した社長ほど企業価値を大きく向上させていることがわかった。

 ところが多くの場合、その長期在職社長の次の世代、さらにその次の世代になると、逆に企業価値が毀損(きそん)されていた。つまり、長期在職の社長は自分の代では確かに大きな成果を生み出すが(だからこそ長期間在職しているともいえる)、その反動が次世代、あるいは、次々世代に現れるわけである。

 しかも当代の社長の在職期間が長いほど、次世代、次々世代での反動は大きくなる。社長の在職が5―6年程度までであればこの「反動現象」はほとんど見られないが、9―10年を超えた頃から顕著になる。

社長と幹部経営層の経験値の差


 加えて、過去30年分のデータが継続的に取得可能な57社の幹部経営層(社長から数えて5―6人目までの階層)3146人分の在職期間を分析したところ、「反動現象」は、そのときの社長と幹部経営層の経験値(年数)の差が深く関連していることが判明した。

 社長の在職期間が長くなると、その間におのずと幹部経営層が数次にわたって世代交代することになる。その結果、社長一人に経営の経験値が蓄積され、幹部経営層との経験値の差が拡大していくのである。社長の在職年数が9年を超えるあたりになると、社長と幹部経営層の経験年数は4年から5年の開きが出てくる。

 社長と幹部経営層との経営の経験値が乖離(かいり)してくれば、幹部経営層は社長の意向を伺うだけになりがちで、社長との間での経営に関する健全な議論が成り立たなくなる。

 また、幹部経営層は社長からの指示をどう執行するかに汲々(きゅうきゅう)とし、どのような会社にしていくかということには思いが及ばなくなる。こうなると本来は次代を担うはずの若手の幹部経営層の育成どころではない。社長のみに「経営経験値」が蓄積されることが、次代や次々代での「反動現象」の原因と考えられる。

 しかし、社長の在職年数が長期化しても「反動現象」が現れないケースもある。ある会社では、歴代の社長の在職年数が10年以上に及ぶが、社長を支える幹部経営層の在職年数もまた、社長と同じぐらい長い。このため、社長だけに経営経験値が蓄積されることがない。

GEにみる継承プロセス


 また、次世代の幹部経営層候補チームが準備されており、現幹部経営層も交えて現実の経営テーマについてのディスカッションが行われている。社長交代の際には、この次世代候補チームから新社長が選ばれ、このチーム全体がそのまま幹部経営層として繰り上がって代替わりが一気に進む。

 つまり社長交代というより、幹部経営層ごと一気に入れ替わるイメージである。こうすることで、社長在職期間が長くても次世代幹部を適切に育成できるので「反動現象」をうまく抑えているのである。

 また、この会社では次世代の幹部経営層には、全員が懸念や疑問を率直にさらけだして腹落ちするまで議論するような場が非公式ながら常設されている。スポット的に設置されたのでは、その時は盛り上がってもお互いの価値観やビジョンを深く理解することはできない。常設されることで、回を重ねるごとに経営という全体最適のテーマについて同じ目線で議論ができるようになる。

 例えば米ゼネラル・エレクトリック(GE)では40人強の経営幹部候補が四半期ごとに2日間集まり現経営層も入って非公式に議論する場が設けられている。このような機会を通じて現経営陣から次世代の経営陣に価値観も受け継がれていく。場を重ねていく中で、次世代はこの数人で経営陣を担うだろうという顔ぶれのコンセンサスも形成されるという。

 経営の承継問題はとても難しい。会社の持続的な成長のためには、ある一定の周期で社長が代替わりし、その際にはあらかじめ十分に鍛えられてきた幹部経営層が一気に入れ替わる仕組みが必要ではないかと思う。
        

 
【略歴】此本臣吾(このもと・しんご)85年(昭60)東大院工学系研究科修了、同年野村総合研究所入社。95年台北支店長、00年産業コンサルティング部長、04年執行役員、10年常務執行役員、15年専務執行役員、16年から現職。著書に『2020年の中国』など。
日刊工業新聞2016年12月26日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
日本企業において10年程度の社長在任は案外少ないように感じる(定量的なデータがあるわけではないが)。4~6年か、それとも創業者を含む長期政権かに大きくわかれる。それと、4年ぐらいで定期的に社長交代のある会社は、意外と会長と社長の仲が悪くなる。取り巻きの経営幹部がまだ多く残って、それぞれの派閥的な動きになってしまうからではないか。社外取締役や指名委員会による外部の意向が反映されるようになったとはいえ、社長の最大の仕事の一つは後継者を選ぶことに変わりはない。そういえば、シャープの場合、町田さんが9年務めで片山さんに交代したが、結局こういう結果に。データはあくまでデータである。

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