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「起業のチカラ・セレクション Extra edition」西尾周一郎×秋好陽介

「音楽業界の革命を誰かがやるなら僕がやりたい」(西尾)「僕は新しい働き方をつくる根拠のない自信がある」(秋好)
 3回に渡ってお届けした「起業のチカラ・セレクション」。若手起業家と第一線で活躍する経営トップの対談企画の中で、唯一、上場前の若手起業家の組み合わせがあった。西尾周一郎さんと秋好陽介さん。秋好さんのランサーズは今やクラウドソーシング最大手の一角として急成長。クレオフーガの西尾さんも音の共有サービスで独自の存在感を発揮している。この3年間で二人の成長は凄まじい。セレクション番外編として紹介する。

 <業界革命は気付いた僕らの役割>

 西尾「音楽クリエーターを支援するための『流通革命』をやりたいんです。音楽業界はレコード会社やプロダクションの力が強く、クリエーターの力は弱い。それでもCDが売れた時代は食べていけましたが、今はリスナーの価値観が多様化したことや、インターネットなど音楽の入手経路が増えたことから、CDが売れなくなった。結果、クリエーターにお金が入りにくくなっています。今は野菜も生産者から買う時代。クリエーターが作品をネット上で発表し、気に入った企業がそれを買うといった、新しい流通の仕組みをつくりたい」

 秋好「『個人を支援する』サービスという点では同じです。うちは仕事を発注したい企業や個人と、受注したい個人をマッチングし、オンライン上のみで直接取引するサイトです。仕事内容は企業ロゴマークの作成や記事作成などさまざま。僕らが目指すのは『時間や場所にとらわれない働き方』をつくること。こういう業態はクラウドソーシングと呼ばれ、時代の流れもあって注目されています」

 西尾「音楽業界の既得権益を崩すことにもなりかねないし、大変なことだという覚悟はあります。でも僕がやらなくても誰かがやること。なら僕がやりたい」

 秋好「うちも業界革命と言われています。昔なら間に代理店などが入っていたところを省略しているので。でも気持ちは西尾さんと同じ。必要なことだし、僕らがやらなくてもいずれ誰かやる。ならば気づいた僕らがやりたいですね」

 西尾「今は企業と組んだ音楽コンテストサイトを企画しています。例えばゲーム会社と組み、ゲーム内のBGMをコンテスト形式で募集する。入賞した音楽が実際のゲーム内で使われる。自分の音楽が使われたと喜んでもらっています。ネットだけで完結するサービスは新しいサービスが出てくると一気にユーザーが奪われる危機感があるので、ネットと現実の世界をつなぐことが重要だと思っています」

 秋好「僕は新しい働き方をつくるためにも、ネットだけで仕事が完結するようにしたい。それは『できる』という根拠のない自信がある。2008年12月のサービス開始当初は『仕事をネット上だけで発注する人がいるのか』とさんざん言われたんです。でも今は会員数8万人を超える業界最大級。8000個近くのロゴマークを納品しているし、ランサーズだけで月40万円稼ぐ人もいる。例えば奈良県に住むデザイナーと都内のメーカーが、3年間一度も会わずに1000万円以上取引している。こういう世界を増やしたいですね」

 <価値あることは、世に広める責任がある>

 西尾「うちのサイトの登録者数は6000人。来年は一万人が目標です。クリエーターだけが集まるニッチなサイトなので広告収入で回すのは難しい。無料で使ってもらいながらいかにお金を払ってもらうか。収益モデルづくりには苦労しています。使ってもらわないことには始まらないので、企業とタイアップしたり、メディアに取り上げてもらったりして登録者数が増える。こういうことの繰り返しなのかなと思っていて」

 秋好「西尾さんの事業は価値があることだと思う。それは世に広める責任があるんです。業界を変える必要があると思ったら、それを他の人に伝えなきゃいけない。自己満足ではダメなんです。西尾さんも僕もエンジニアタイプ。『いいサービスをつくれば広がる』って思うかもしれないけど、必ずしもそうじゃない」

 西尾「そうですね。最近、着信音素材を集めたスマートフォン(多機能携帯電話)向けアプリケーション(応用ソフト)が50万回以上ダウンロードされるなど手応えを感じています。サービスの本質と端末は関係ないですが、今はパソコンに触れる時間、テレビを見る時間をスマートフォンが奪っている。そこで使えるものを提供するのは大事ですよね」

 秋好「既存のスマートフォンアプリは基本的にユーザーがお金を払って使うもの。うちは、ユーザーが電車で移動中や家事の合間など細切れ時間で簡単な仕事をし、お金を稼げるアプリを作りたい。今、当サイトの流通総額は7億円。来年3月までに20億円を目指しています。成長カーブの伸び率が上がっているのは、新サービスが好評だったから。ユーザーの声に応えて時給で働ける仕組みをつくったんです。成長には新商品を投入して需給バランスを改善することが欠かせません」

 西尾「音楽クリエーターを支援する会社として社会的にインパクトを与えるため、将来は新規株式公開(IPO)を目標としています。外部資本やIPOへの考えは?」

 秋好「最近、サイバーエージェント系の会社が参入するなど競合が増えました。IT業界は変化が速く競争も激しい。今は先頭を走っていますが気を抜くとすぐ追い抜かれる。99%は焦りです。勝負の分かれ目はスピード。外部資本はスピードを上げる、会社を成長させるための選択肢。仕事を扱う会社なので、信頼を得るためにIPOもいずれ通る道なのかな」

 <地道な努力の積み重ね>

 西尾「営業のため、今年東京支社をつくりました。ITベンチャーには、ものすごいスピードでやっている会社も多いので、刺激になります。でも、本社は岡山県で変えるつもりはない。僕が目指すのは、音楽クリエーターが地方にいながら活躍できるプラットフォームを確立すること。作曲は場所を選びませんから。ITサービスの企画、開発も同じ。東京に行かないと道が開けないのではなく、地方から全国へサービスを広めたい」

 秋好「当社の拠点は鎌倉市(神奈川県)。ITベンチャーが集まる渋谷への移転も考えましたが、新しい働き方を作る会社こそ、その働き方を体現したいと、あえて中心を離れました。『地元の岡山で働きたい』という人はたくさんいると思うので頑張ってほしい」

 西尾「現在の社員は5人。入社希望者はいますが、ただ人を集めるだけではうまくいかない。ベンチャーだからこそ採用が難しい部分があります」

 秋好「会社のベクトルと社員のベクトルが一致しないとお互い不幸になりますね。当初はそういう人を探すのに苦労しましたが、勉強会を主催したりホームページに社員の顔を載せたり地道な努力を積み重ねるうちに改善してきました」

 西尾「ミスマッチを防ぐために、採用する際に『うちは音楽クリエーターを支援するサービスだから』と確認するようにしています」

 秋好「社員とビジョンを共有し続けるためにどうしたらいいか。答えはないけど、僕はとにかくしゃべるようにしています。社員に何か頼むときは、それが必要な理由を話す。たとえゴミ掃除でも『みんなで気持ちよく働くため』と伝えることが重要なんです。実は一時期、会社の雰囲気が悪くなったことがありました。それは会社の状況を僕だけが知っていて社員に見えなかったから。情報共有のための朝会を始めてから変わりました。でも、いくらしゃべっても伝わらないこともある。15人くらいの会社なんですけどね」

 西尾「数字など、どうしても言えないこともあります。優秀な幹部にいくら相談しても最後は『で、社長どうするの?』。自分の決断が会社の運命を決める。経営者としての責任と孤独を感じています」

 秋好「答えはないですね。早く決断し、間違ったらすぐに方向修正するというサイクルをどれだけ回せるか。ただ、意思決定の速度を上げると、意思決定の品質が下がることもある。この調整が悩みです。今まで丁寧な意思決定で伸びてきた、という変な成功体験もあるので」

 西尾「いかに最善の選択肢を得るのか。悩みは尽きませんね。大変なことは多いですが、辞めたいと思ったことはなくて。やりたいことは尽きないし、クリエーターに喜んでもらうのも楽しい。もし、会社が何らかの形で終わっても、また会社を作ると思います」

 <プロフィール>
 西尾周一郎(にしお・しゅういちろう)
クレオフーガ社長。岡山県出身。幼い頃から楽器に親しみ、将来の夢は音楽クリエーターかエンジニア。岡山大学在学中に音楽講座のメールマガジン配信を始め、音楽クリエーター発掘のコンテストサイトを立ち上げた。在学中の07年に起業、以来、岡山で活動してきたが、2012年1月に東京支社を立ち上げた。「クリエーター支援で日本の音楽業界を元気にしたい」。33歳。

 秋好陽介(あきよし・ようすけ)
 ランサーズ社長。大阪府出身。大学時代から中小企業のホームページを作成したり、インターネットに関する本を出版するなど個人で活動。05年ニフティ入社。そこで、企業がフリーランサーに仕事を発注する難しさを知る。企業と個人が出合い、仕事ができる場をつくりたいと08年にリート(現ランサーズ)設立。神奈川県鎌倉市から2013年に本社を渋谷に移転した。「新しい働き方をつくる」ことを使命とする34歳。
日刊工業新聞2012年08月27日最終面を一部加筆・修正
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
対談はまだランサーズの本社があった鎌倉の小町通りのカフェで行われた。当時、ランサーズの社員はまだ10人ちょっと。この対談でランサーズの広報として立ち会っていたのが、現在、ニュースイッチのファシリテーターと務めて頂いているデフタ・パートナーズの山口 豪志さんである。

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