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痛みの原因は何か?腰椎椎間板ヘルニアには正しい理解を

 現在、私が理事長を務めている病院グループは国内の脊椎内視鏡手術の10数%を行っています。その中には椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)、すべり症などがあります。中でも椎間板ヘルニアはよく知られている疾患ですが、誤解されたり、知られていない部分も多いのです。

 椎間板は脊椎を支える大切な軟骨組織で、椎体骨(首には七つ、胸部には12、腰には五つの椎体骨があります)と椎体骨の間でクッションのような役割をはたしています。このクッションはアンパンのような構造をしていて、アンコの部分がパンの部分からはみ出して、後ろにある神経を圧迫して痛み(坐骨神経痛など)を起こすと説明されています。

 しかし、MRIなどの検査でヘルニアがあっても痛みが消失している患者さんが結構いるのです。何らかの原因で椎間板に亀裂が入ると、髄核の中にあるTNF―αという物質が漏出し、この物質の働きでその周辺に炎症が生じ、痛みを起こします。ですからこのTNF―αの漏出が止まれば炎症が治まって痛みが無くなる。だからヘルニアは有っても痛みは無いということなのです。痛みが無くなれば、治療をする必要もまず無いので、大抵手術は必要ではありません。

 一方、脳や精神面が痛みに関与していることも分かっています。痛みの刺激が脳に伝わると脳内にドーパミンが産生され、それに伴ってミュウオピオイドといういわゆる脳内麻薬が放出され、痛みが抑えられているのです。楽しい気分でいる時にはこのシステムが強く働いて痛みが抑えられ、逆に不安や抑うつが強いと痛みが増幅されていきます。

 他に精神的な状態が痛みに大きく作用していることが分かっています。昔から「病は気から」と言われてきました。この言葉はまさに当たっているのです。

 心臓や胃腸などの内臓の病気と違って、骨や筋肉そして背骨の病気では、ほとんどの場合は患者さん自身がその症状の強さで手術が必要かどうか判断できるのです。しかし痛みは無くなっているにもかかわらず、画像上でヘルニアが有るというだけで手術をされている患者さんも結構いますし、中には「そのまま放置しておくと、寝たきりになったりすることもある」などと患者さんを脅かして手術に持っていく医師もいます。

 正しい情報が広まることでこの様な医療は淘汰(とうた)されていくと思われますし、また淘汰されるべきであると思っています。

(文=医療法人財団岩井医療財団理事長 稲波弘彦)
日刊工業新聞2016年12月2日
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
早期診断、早期治療が前提の医療の世界で、椎間板ヘルニアは“手術をしなくてよい”というケースがあるというのは新鮮だった。体の痛みは精神的な側面が関連している場合も多く、原因を丁寧にひもとくことが重要だ。それにより、過度な医療をなくすことができる。「やったほうがいい」医療だけでなく、「やらなくていい」医療も選択肢にいれることが必要だと思わされた。

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